第二幕 4 『侯爵令嬢の依頼』

 今日は休演日だ。


 昨日侯爵様から話があったように、ルシェーラ様を尋ねるためにカイトさんと待ち合わせして朝から侯爵邸を訪れている。


 現在はカイトさんとともに部屋に通されてお嬢様がいらっしゃるのを待っているところだ。


「お嬢様の話って何ですかね?」


「さあ…何だろうな?俺とカティアに、と言うのがよくわからないな」


 私とカイトさん…

 う〜ん、夜会のときにあんな話をしてたけど、何か関係あるのかなぁ?




 そうして待つことしばし、私達が待つ部屋のドアがノックされ、お嬢様がいらっしゃった。


「失礼しますわ。カイトさま、カティアさん、お待たせしてしまって申し訳ありません。それに、突然お呼び立てしてしまって…」


 と、開口一番に謝られた。

 侯爵家のお嬢様なのに平民の私に対しても丁寧で、分け隔てが無いのは閣下と同じだね。


 …口調は真逆だけど。


「あ、いえ。大丈夫ですよ、ちょうど今日は休演で予定もありませんでしたし」


「ああ、俺も特に予定は無かったから大丈夫だ」


「そう言ってもらえると助かります」


「それで、話というのは?」


 カイトさんが早速用件を尋ねる。

 幼馴染と言うだけあって、閣下に対するより随分と気安い感じだ。


「はい、実はお二人にお願いがありまして。その…私を冒険者の活動に連れて行ってほしいのですわ」


「…は?」


 思わず素で聞き返してしまった。


 え?何で?


「…また突拍子もないことを」


「ちゃんと理由はありましてよ?…わが家は代々武勇で名を馳せていますから、私も少しでも実戦経験を積みたいのです。お父様も先の大戦の功績で昇爵しましたし。それに、今は平和ですが、またいつグラナが侵攻してくるかも知れません。もしそうなった時、私とて貴族の責務として戦場に立つかもしれませんから」


「そういう事は兄上の役目だろう。それに、冒険者の活動…この場合お前が求めてるのは魔物とか盗賊の討伐だろうが、それと戦場では全然勝手が違うだろう」


 あ、お兄さんがいるんだ。

 でも、ブレゼンタムでお会いしたことはないし、遠くにいらっしゃるのかな?


 それにしても、戦争か…

 そうだよね、今は確かに平和だけど先の大戦もグラナ帝国は撤退しただけだから、また侵攻してくるかも…


「それはそうですけど、現状では戦場を経験することなんてできませんし、実戦経験なんて魔物討伐くらいしかありませんわ」


「はぁ…貴族が戦場に立つと言ったって指揮官としてであって、普通は直接戦闘なんてしないだろ」


「心構えの問題ですわ。それに、お父様はダードレイおじ様と肩を並べて戦ったって仰っていましたわ」


「閣下は特殊だろ…」


(それに、カイトさまだって…)


 ん?よく聞こえなかったけど…?


「んんっ!…まあ、お前の話は分かった。だが、閣下の許可が無ければ了承はできかねるな」


 そうだよねぇ…

 お嬢様が大怪我でもしたら大問題だろうし、責任取れないよ。


「…お母様の許可はもらってますわ」


「いや、閣下の許可が無ければ俺達が安心できん」


 コクコク。

 同調して頷いておく。


「うっ…わ、分かりましたわ。何とかお父様の許可も頂いて見せますわ。そうしたら受けてくださいます?」


 何だか無理やりにでも許可を取り付けそうな気が…

 だが、それよりも…


「あの〜…失礼ですが、そもそもお嬢様って戦えるんですか?」


 いかにも深窓の令嬢ってイメージのルシェーラ様が戦うところが想像つかない。

 でも、奥様の例もあるしなぁ…


「もちろんですわ。これでもお母様に手解きを受けているのですわよ」


「…こう見えてなかなかのもんだぞ。実力は俺も保証する。まあそうだな、もし閣下の許可が取れたならば俺は受けても構わん」


 へえ…カイトさんが保証するなら問題ないかな。


「じゃあ、私もいいですよ。でも明日からまた公演があるので、その後になりますけど」


「分かりましたわ!お父様が王都に発つ前に何としてでも許可を取り付けますわ!」


 そう言って、お嬢様は両手の拳を握って、むんっ!て感じで気合を入れるのだった。


 ホントに大丈夫なのかなぁ…?









 お嬢様の話を聞いたあと、少しお話したりお茶を頂いたりしてからお昼前に侯爵邸を後にした。


「何かおかしなことになりましたね?」


「そうだな…全く、一度言い出したら聞かないからな。閣下も苦労されるよ。それに、何だかんだ理由をつけてたが、あれは単に冒険に出たいだけだな」


「いかにもお嬢様ってイメージだったから、大分印象が変わりましたよ」


「ふ、見た目はあんなだが、中身は間違いなく閣下と奥方様の気性を受け継いでるよ」


「そうみたいですね…今日これからどうします?」


「そうだな…ギルドに行っておあつらえ向きの依頼が無いか見ておくか?」


「ああ、何だかんだで許可取っちゃいそうですしね…」








 と言う事で、ギルドにやってきました。


 今は昼間なので人はそんなにいない。


 二人で依頼掲示板の方に向う。

 さて、何か良い依頼はあるかな?


「討伐依頼ですよね…何があるかな?」


「そこそこ歯応えがないと、あいつは納得しなさそうだな…」


 そこそこ、ねぇ…


 定期駆除とかだとあまり手応えはないかな…

 それ以外だと、そもそも討伐依頼って比較的緊急性が高いことが多いからこの時間に来てもあまり残って無いんだよね…


「依頼受けるにしても数日後だから、通常の討伐依頼を見てもあまり意味はないですかね…」


「そうだな…ん?これなんかどうだ?」


 と、カイトさんが一つの依頼を指差す。

 どれどれ…?


「ブレゼンタム東の地下遺跡内の魔物駆除。期間は一ヶ月以内。魔物の脅威度はCランク程度の想定…ふむふむ、良さそうですね」


 内容的にはちょうど良さそうに思える。


 しかし、ブレゼンタムから東の遺跡…もしかしてアレかな?

 ゲームにもあった、その名もズバリ『ブレゼンタム東部遺跡』

 【俺】がプレイしてた頃は、特にイベントとか強力な魔物がいるとかでもなく、規模もそれほど大きくなかったと思う。


 お嬢様の実力は分からないけど、カイトさんが保証するくらいなら脅威度Cは問題にならないかな?


「コレ、受注します?期限も長いですし」


「そうだな…他に適当なものもないし、これにするか」


 そう言って、カイトさんは依頼票を掲示板から剥がした。

 そして二人でカウンターの方に向う。

 今は人が少ないので、すぐに受付できそうだ。

 毎度お馴染みのスーリャさんが受付にいたので、そちらに向かった。


「スーリャさん、こんにちは!」


「こんにちは、カイトさん、カティアさん。本日は依頼の受注ですか?」


「ええ、そうです、こちらを…」


 カイトさんが先程掲示板から剥がした依頼票を渡す。

 スーリャさんはそれを確認しながら、タブレットのようなものを操作する。


 …そう言えばあのタブレットみたいなやつって魔道具なんだろうけど、どうなってるんだろ?

 この世界って所々で結構ハイテクなんだよな…


「ブレゼンタム東の地下遺跡…先日発見されたばかりの古代遺跡ですね。調査隊が組織されているのですが、安全確保のための駆除依頼と言うことです。特に受注条件はありませんし、お二人であれば戦闘技能も問題ありませんので受注可能です。では、手続きいたしますので、ギルド証のご提示をお願いします」


 ふ〜ん…先日発見されたばかり、か。

 ゲームの時はそこまで価値がある場所とは思ってなかったけど、現実には考古学的・学術的な価値とか色々あるんだろうな。


「あ、そうだ、スーリャさん。今回の依頼ですが、俺たち以外の同行者もいるんですけど、それは問題ないですか?」


 あ、そうだ。

 肝心なとこだね、それは。

 何か規則とかに抵触するかもしれないし、ちゃんと確認しないとね。


「同行者…ですか?まあ、ギルド員以外の方に協力を仰ぐケースもありますし、特に問題にはならないはずですけど…人脈を駆使して問題解決を図るというのも資質の一つとみなされてますし。ちなみに、どのような方なんですか?」


「…あ〜、まぁ、その。閣下の関係者と言うかなんと言うか」


「…もしかして、ルシェーラ様ですか」


「えっ!?どうして…?」


 濁したのにピタリと言い当てられた。


「以前、冒険者登録をお願いされたのですよ。閣下に見つかって却下されてましたけど」


「あはは…」


 私達に依頼する前に自分で何とかしようとしてたんだね…

 閣下に似てフットワーク軽いんだろうな…


「でも、大丈夫なんですか?お嬢様を連れ出すなんて…」 


「ええ。だから、条件として閣下の許可がもらえたら、と言うことにしています。まあ、許可が出なかったら俺達だけで向かいますよ」


「なるほど、分かりました。では、このまま手続き進めますね」




「そうだ、スーリャさん。その遺跡の詳しい場所を教えてもらえます?」


 ゲームで存在を知っていても、現実のこの世界では縮尺も違うし、正確な場所が分かるわけではない。


「はい、少々お待ちください」


 そう言ってスーリャさんはカウンターの下から地図を取り出した。

 ブレゼンタムの周辺地図だ。

 それを広げて説明をしてくれる。


「ブレゼンタムの東の街道を進んで、一時間ほど進んだところから北に入って…この辺りですね」


 あれ?

 たしか、そのあたりは…

 そうだ。

 魂を損傷した【私】が倒れていた平原だ。


「この辺りに小さな川が流れてるのですが、それを辿って上流の方に進むと古代の街の遺跡があります。この遺跡自体は以前から知られているのですが、先日発見されたと言うのは地下に通じる入り口の事ですね。街の一番大きな通りを進んでいくと突き当りに神殿跡地のような場所があり、そこに地下への入り口があります。神殿跡地には調査隊が滞在してるとの事ですので、詳しくはそちらで確認してください」


 うん、確かにあの草原には小川が流れていたね。

 その上流域にある、と。


「ありがとうございます。その辺りならこの間採取で行きましたから分かると思います」


「ああ、そうなのか。じゃあ案内はカティアに頼めるな」


「ええ、お任せください」




「はい、では依頼の受注手続きが完了しました。期限は一ヶ月以内ですので、それまでに対応と報告をお願いします」


「ありがとうございます。では、私達はこれで失礼しますね」


 依頼を受注した私達はギルドを後にした。






「じゃあ、あとはお嬢様の連絡待ちですかね?」


 ギルドを出たところでカイトさんに確認する。


「ああ。出発はカティアの公演が終わってからだな」


「そうですね。あ、そうだ。日帰りで行けますかね?」


「どうだろう?徒歩だと片道4〜5時間くらいか。その遺跡の規模によっては野営も考えないとだが…しまったな、聞いておけば良かったよ。全く、調査専門だったのにそんな初歩的な情報収集を怠るとはな…」


「あ、確か地下5階層で1階辺りの広さもそこまで広くなかったと思いますよ」


「何だ、知ってるのか?」


 あ、まずっ。

 思わずゲームの知識から答えちゃった。

 現実とはズレがあるかもしれないのに。


「あ、えっと、噂でそんな話を聞きまして!でも、ちゃんとスーリャさんに聞いておいたほうが良いですね!」


「あ、ああ、そうだな。じゃあ聞いてくるよ」


「あ、一緒に行きますよ。それにもうお昼だし、どこかで食べてきましょうよ」


「そうだな、昼にはちょうどいい時間だな」


 再びギルドに入って遺跡のことをもう少し確認してから、今度こそギルドを後にした。


 そして、以前行ったオープンカフェで一緒に食事をしてからカイトさんとは分かれた。

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