第13話 彰人と俺は同胞なのか
「連日、親父から酔っ払った勢いでサンドバックのようにボコボコに殴られる兄貴を止めるのが精一杯だった。
ある日、兄貴は親父を突き飛ばしたんだ。
ところが、打ちどころが悪くて、親父は腰を痛めてしまった。
それ以来、親父とりつ子の間は、夫婦生活ができなくなってしまったのだ」
セックスイコール愛だろうか?
今どき、中学生でもそんな単純な発想はないはずだ。
しかし、女性の場合は何歳になっても、セックスの前に愛が存在すると思いたいものなのだ。
パパ活をする女性は、最初は男性に優しくしてもらい、愛のおかえしとして売春まがいのことをしてしまうという。
現に身障者のように、もともと夫婦生活のない夫婦も存在するではないか。
「そういうことがあってから、兄貴はようやくの思いで入学した高校へも行かなくなり、ヤンキーグループの一員になって、暴走族一歩手前のひったくりを繰り返すようになったのだ。狙うのはいつも高齢者ばかり。
無意識のうちに、親父に対する復讐心が芽生えてたんじゃないかな」
まあ、家庭の不和からいじめや暴力に走るというのはよくある話である。
しかし、不良グループにだけは入らない方がいい。
抜けるのは難しいし、バックにはアウトローがついて麻薬などに利用されるケースが多いからである。
それに、大人になって更生しても、やはり後悔は残るし、たちの悪い仲間だと、過去にばらすなどといって、脅してくる奴もいる。
しかしそれを逆手に取り、堂々と(?!)元ヤンキー又はアウトローだったが、更生したという人もいて、ときおりメディアを賑わわせている。
まあ、俺はいつも一匹狼だったから、こういう論理が生ずるのかもしれない。
彰人はなかば、独り言のように話を続けた。
「妹は家を出て、現在はどこにいるのかもわからない。
実は、俺もこんな家庭に見切りをつけて家を出ている最中なんですよ」
俺は、せっかく運ばれてきた焼き鳥を食べるのもそっちのけで、彰人の話に耳を傾けていた。
こういう場合、つい親身になってしまうのが、俺の性質である。
まあ、困っている人をなんとか、正しい方向に導きたい、少なくともそれがきっかけで人生を誤ることがないようにと切望してしまう。
なかには困った人を食い物にし、鵜の目鷹の目で狙っている悪党もいるが、そういう人に限って優しさの仮面を被って近づき、売春やドラッグの餌食にしようとする。
彰人は、まるで自分の胸の内を吐き出したみたいにほっとしたような顔で、たれのかかった焼き鳥に手を伸ばした。
俺も、彰人につられて塩味の焼き鳥を、食べてみた。
香ばしい匂いが、フワリと鼻先をくすぐる。
「うん、美味しい。さすが彰人推薦の店だけのことがある」
「そうでしょう。一人で食べるってなんだか味気なくってね。
なんだか、昔の正常だった頃の家庭に戻ったみたい」
「なにが正常な家庭かは、人によって考えが違うが、多少貧乏でも家族が繋がっていることだな。じゃあ、彰人の家は、昔は一家団欒で、食事をしていたわけだ」
「まあ、俺が小学生までの間はそうでしたね。親父は亭主関白でね、いつも親父から先に食事の用意をするのです。男というのは、空威張りでも、父親の威厳を保っていたかったんでしょうね」
「理想的な家庭だね。だから母親が旦那の悪口など言うべきではない。
やっぱり男はリスペクトされたい動物だからな」
俺は、ちょっぴり羨ましかった。
「偉そうなことを言うようだけど、いつまでも逃げていてはいけないぞ」
彰人は、きょとんとした顔をした。
「家族っていつもついてまわるんだ。有名人は家族が不祥事を起こしただけで、スキャンダルに見舞われるだろう。
お兄さんが少年院に行ったのは、辛いことだけど、そこから逃げるわけにはいかないんだ」
俺はふと、我に帰った。
「悪いな。つい、むきになってしまった。しかし、自分をしっかり持たなきゃならないぞということだけは、真実だぞ」
彰人は身を乗り出してきた。
「じゃあ、僕にあの家に戻れとでもいうんですか?」
「俺は、兄貴もりつ子も、理解することはできませんし、一緒の空気を吸うこともできません」
非常に淋しい答えである。若さゆえの潔癖さから生じる傲慢かもしれない。
「部外者である俺が、余計なお節介かもしれないが、りつ子さんは仮にも彰人の母親だろう。やっぱり親は尊敬すべきだぜ。
十戒にもあるだろう『あなたの両親を敬え』と。
自分の存在があるのは、親が産んでくれたからであり、親子の関係は敬うことから始まるんだよ」
彰人は少し納得したかのような表情を浮かべた。
「まあ、彰人のようなケースは世間にはよくあるパターンだ。特に今は、コロナ渦で一家離散なんてケースも増加してきているよ」
でも、人間の死なんていつ訪れるかわからないよ。俺たちも明日は、生きているなんて保証はどこにもないんだ。
今日の続きの明日なんてどこにもないんだ。だから、生きてるうちに、元気なうちに親孝行しておいた方がいいよ。病気になってからの介護は、しんどいからな」
彰人は考え込んだように、腕組みをした。
俺は、重い空気に新風を吹き込むように、わざとおどけて言った。
「あっ、俺の話、納得してくれた? 俺は彰人の絶望的な心に、一筋の光を差し込めたんだ。俺の大好物のチューリップ、おごってもらおうかな、あっ今のジョーク」
思わず彰人は吹き出した。
全く、なんでも笑いにもっていおうとするのが、俺の長所でもあり、短所でもある。
しかし、聖書の御言葉のなかに「笑いは一瞬、人の心を軽くする」(箴言)
ホストという職業病なのだろうか?
会話が続かなかったら、客は二度とやってこないから、無理にでも笑わそうと努力する。笑いは、日常空間とかけ離れた、別世界のあっけらかんとした空間である。
まったくお笑い芸人のノリである。
まあ、いいさ。絶望にまみれ、不安顔をして泣いて過ごすのも一日なら、たとえつくり笑いでも、あっけらかんと笑って過ごすのも一日。
お通夜みたいに泣いて過ごす時間よりも、笑顔で過ごす時間の方が、楽しいに決まっている。
「和希さん、俺の話、聞いてもらって有難うございました。でもこのこと、口外しないで下さいね」
「わかってる。ホストは、口の固いのが商売だからな」
そう、ホストは客の秘密など口外してはならないのだ。
だから、俺は、プライペートでは酒は飲まないし、人とは二時間以上は会話もしない。
だいたい、人間同志は二時間以上会話をすると、必ずその場にいない人の愚痴や悪口に発展するからである。
「まっ、人間、生きてるうちが華さ。死んだら、灰になって消滅するものな。
お互い、生きてるうちに親孝行しような」
俺は、そう言って手を振った。
「やあ、るみさん、久しぶりですね」
二週間ぶりにるみさんが、来店してくれた。
俺は、週に一度は、指名客が来ないと怖い気分になる。
ホストというのは、固定給がでるのは入店三か月までで、あとは自分の裁量だけで売上を上げ、その四割が給料となる。
いわば、店を借り切って個人営業をしているようなものである。
客が離れて売り上げが上がらず、辞めていくホストは一年で99%もいる。
いや、もうこういう店自体、警察の手入れなどで二年で閉店したり、経営者が代わっている店が七割ぐらいを占める。
警察から抜き打ち検査があると、売上伝票や客の身分証明証を提示しなければならない。
生き残っていくのは、大変な世界。
元ナンバー1ホスト曰く、いくらナンバー1をとっても、礼儀を間違えるとその店にはいられなくなる。
だから新人や後輩には自分の方から挨拶し、先輩はできるだけ立てるようにする。
売上の悪い先輩が、ナンバー1をとると後輩の立場から「良かったですね」では上から目線の失礼にあたるので、あえて何も言わないことにしている。
しかし、二十五歳未満の男子なら、誰でもできる世界でもある。
なかには、入店一か月でナンバー1になった新人ホストもいる。
一時辞めて、五年ぐらいのブランクがあって、また舞い戻って来たという三十歳のホストもいる。
俺もこの仕事、いつまで続くのかな。常にそんな不安に見舞われている。
ひょっとして、るみさんも同じ気分かもしれない。
「ねえ、私、やっぱり今の店、辞めることにするわ。借金もようやく返却したことだし、もうああいった世界とはオサラバよ」
そうか。るみさんは、借金の為に働いていたのか。
「白状しちゃうけど、私ってホント、世間知らずのおバカさんだったのね」
るみさんは、ため息をついた。
「二年前、雑誌を見て、レディースローンで借金してしまったの。
いわゆる今でいうソフト闇金ね。今は法律で禁止されていて、闇金で借金する方が罰せられるわ。だから警察、弁護士、司法書士に訴えても受け入れられないの。
しかしその当時は、そんなことも知らなかった。
信じられないような法外な利息でね、ローン会社と風俗店とが、提携してたのね。自分でもわけのわからないうちに、風俗の世界に入る羽目になってしまったの」
まあ、八割までそうだろうな。
好きで風俗嬢になる女性は、そういないだろうな。
「でも、るみさんは素人でよかったよ。俳優の妻や女芸人でそういう経歴を、フライデーに暴露された人もいるんだから、るみさんの場合は、黙っといたらわからないことだろう」
「そうね。まあ私はこれから先、有名人になることもないから、マスコミに掲載されることもないわ。でも、沈黙を守ることは不可能だろうな。
どこからか、いつからか、私が風俗嬢であることが暴露されるときが訪れるな」
「でも、決して過去を振り返ってはいけないよ。人生は片道切符、なにがあろうと起ろうと、過去に戻ることはできないんだ。
人の言うことも気にしちゃいけない。人なんてその場の都合で、傷つくことを言うものだから」
「努力してみるわ。これから生きていくために」
「約束だよ。指切りげんまん、嘘ついたら、ハリセンボンのーばす」
そう言って、俺はるみさんと指きりをした。
彰人は俺に耳打ちした。
「りつ子さん、来店ですよ」
俺は、思わず発言した。
「ちょうどいいチャンスだ。りつ子さんは、俺の客だが、彰人はヘルプで接客しろよ。こんな勉強のチャンスは滅多にないぞ」
そうだ。るみさんをりつ子さんに再開させるチャンスが訪れたのである。
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