第11話 俺はるみさんを世間の罠から守ってみせる
花田の襲撃事件があった後、るみさんの友人と名乗る女性が俺を指名してくれた。
友人といっても、年齢は五十歳近いおばさんである。
ひょっとして、るみさんの母親だったりして。
そんな想像を巡らせながら、俺はおばさんの隣の席についた。
「はじめまして。私はりつ子といいます。るみちゃんの幼馴染です。
といっても、この通り私はるみちゃんの母親みたいな年齢だけどね」
といって、バッグからるみさんの写真を取り出した。
目がくりくりしていて、頬が紅くて、ふっくらした可愛らしい少女がVサインをしている。
無邪気で人懐っこそうな少女である。
「りつ子って昔かたぎのような名前でしょう。私は今、肉体労働しながら、アパートで独り暮らししているの。独身だから安心してね」
どおりで、身体がしまっていると思った。
小太りだけど、足は細い。
一見、五十歳くらいに見えるが、推定年齢四十七歳といったところか。
童顔のせいか、笑顔がるみさんに似ている。
りつ子さんは、昔を懐かしむように話を続けた。
「るみちゃんと巡り合ったのは、私が二十五歳のときだったわ。
あの頃、私は両親も健在でOLをしていたの。マンションに住んでいたが、隣の部屋がるみちゃん家族だったのね」
俺は、好奇心満載になり思わず聞いてみた。
「るみさんは何人家族だったんですか?」
「四歳上のお姉さんとお母さんとの三人暮らしだったわ。
お母さんはその当時、ラウンジの雇われママをしていたの。普段は綿パンにTシャツだったが、夕方になると、きれいに化粧して原色のワンピースに着替えて出勤するの。帰宅するのは、夜中二時頃。多分、その為に駅前のマンションを借りたんだと思うけどね」
俺は興味津々で聞いていた。
「るみちゃんとお姉ちゃんとは、母親が帰宅するまで、二人で留守番してたの。
それがきっかけで、私の部屋に遊びにきたのがきっかけだった」
いわゆる鍵っ子のほほえましい話である。
「俺の場合は婆ちゃんがいたけど、独りぼっちというのは寂しいだろうなあ。
しかし、その遊びに行った先が悪い奴だったら、悪の道に引きずり込まれ、人生一貫の終わりですね。子供は、無邪気であどけなくて罪がない。
だから、人を疑うことを知らないから、よけい怖い」
現在は、白昼堂々、男子が誘拐される時代である。
いや、誘拐のように営利目的ならまだしも、とおりすがりの人が可愛いから、声をかけて自転車で連れていったという事件を、俺は二件ほど知っている。
幸い、二件とも近隣の人が警察に通報したからよかったようなものの、俺の知らない間で、連れ去り事件は頻発しているだろう。
俺は、児童虐待のニュースを聞いていると、胸がつぶれそうになる。
少年院の入院生は、元は児童虐待を受けた被害者だったという。
俺も含めてであるが、学校などでいじめを受けた子供が、保護されるのは家庭だろう。だいたい、いじめというのは、いい人が好かれ、悪党が嫌われるといった図式通りになるわけではない。
いや、若いときは、不愛想な人がなぜか嫌われ、自分の話を聞いてくれる愛想のいい人が善人だと思い込み、つきあっていると悪党の正体を現し、もう逃れられなくなってしまったなんていう2014年の上村遼太君のような事件もある。
そんな子供がまともに育って、普通の大人にあったら問題はないのだが、それがきっかけで非行に走ったなんてことになると、悲惨である。
「あの頃のるみちゃん、まだ五歳だったけど、幼稚園にも通ってなかったのよ」
たぶん、行けない事情があったのだろう。
いつも笑顔で、手を振ってまさに私だけの天使だったわ」
りつ子さんは、うっとりと目を閉じた。
自分の子供でもない、るみさんをこんなにも愛しいと思えるなんて、ある意味、幸せなことである。
「るみちゃんとは、小学校のときまでね。るみちゃんが、中学に通うようになってからはすっかりご無沙汰ね。一度、会いに行ったんだけどね、るみちゃんはもう、私のことを忘れてるの。ちょっぴり淋しかったな」
るみさんは、人懐っこく愛らしい子供だったんだ。
しかし、それも悪い男によって利用されてしまったんだ。
今のるみさんは、堕天使なのかもしれない。
俺はふと思った。
このおばさん、失礼、りつ子さんと組んで、るみさんを地獄から救い出すことが出来たらと思う。
そして、できたらこのりつ子さんとるみさんの間に、人間的な友情が生まれたら、ヒューマン映画のように、人間同士が触れ合うことにより、お互い成長していくという美しい世界が展開するのではないか。
俺は、そんな甘い妄想の世界にいたとき、現実に引き戻された。
まあ、元気といえば元気だが、でも水商売とは大っぴらに言えることではない。
「まあ、身体は元気ですけどね。あっそうだ。るみさんにりつ子さんのこと、話しときましょうか」
りつ子さんは、半ばあきらめたような顔をして言った。
「るみちゃんは、もう私のことなんて、とうに忘れてるわよ」
「そんなことないですよ。人間、世話になった人のことって、案外覚えてるものですよ」
俺は思わず、語気を強めた。
だって、そうしなきゃ、るみさんとりつ子さんの、美しいヒューマン物語は実現できないじゃないか。
「まあ一応、るみさんには、りつ子さんのことを報告しておきます。ところで、僕のことはどうして知ったのですか?」
「人の噂が集まって、風の噂になって伝わってきたのよ。
ひょっとして、るみちゃんへの思いが天に通じたのかな」
俺は一瞬、愛はすべてを覆うという言葉を思い出した。
りつ子さんのるみさんの対する愛は、会えなくなってから、十年以上も続いているのだから、尋常ではない。
りつ子さんは、語り出した。
「実は私、とんでもない女なのよね。亭主がいながら、一度だけ浮気してしまったのよね。だって世は不倫ブームでしょう。亭主があまり働かないものだから、私がパートにでて、そこで知り合ったお客に誘われてね」
俺は想像をめぐらした。
お客に誘われていったホテルのラウンジのカウンター。
高級カクテルを飲んだ後、ホテルの一室のキーが置いてある。
アルコールが回ったのか、椅子から立つことができず、気がつくとホテルの一室のベッドの上だった。
あのお客は人妻キラーだったのかもしれない。
「もちろん、妊娠などドジなことはしなかったけど、でもね、なぜか亭主にバレてしまったの。ひょっとして目撃者でもいたのかな? まあ、今だに不明だけどね」
隠れていたものは明るみにでて、覆いをかけられたものは、取り外されるときがくるとは、聖書の御言葉だが、隠しごとというのは、いつかばれるものだ。
事実、今の店でも店長やチーフクラスになる人は、一年前に一度だけ来店した女性はもちろん男性客の顔を覚えているという。
「不思議なことに、亭主は私を責めもしなかったわ。
まあ、自分が働かずに私に稼がせているという負い目があったからでしょうね。
そりゃあ、ビートたけ〇のように四十年別居し、愛人をつくり放題でも、奥さんには、自分の給料明細書を見ることなく全額を渡し、そのなかで月八百万渡されていたという金満家とは、全く逆の立場ね」
ご亭主も辛い立場だな。
でも、心のなかでは、怒り、嫉妬、自分に対する劣等感で渦巻いているに違いない。
「それがきっかけで、亭主は当時、高校一年だった息子に暴力をふるうようになったの。息子はそれまで、まじめに登校してたけど、出会い系サイトで知り合った善人を演じた悪党の手にかかり、オレオレ詐欺の受け子に利用され、鑑別所に入れられたの」
しかし、絵に描いたように悲劇的な話である。
「私は息子が鑑別所で更生すると思ってたの。が、それは大間違いだった。鑑別所仲間とつるんでまた、ひったくりを繰り返し、今度は少年院に入院することになり、先日退院していたばかり」
ええっ、これまたしんどい以上に重苦しい話である。少年院は再犯率が50%だという。
「それが原因で、娘は家を出て、次男は田舎のおばあちゃんと二人暮らし。全く、崩壊家庭になっちまったわけ」
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