第9話 親父を騙したおじさんの悲惨な現状
るみさんは、悪男の差し金により恐喝未遂という犯罪者一歩手前にまでなり下がった。るみさんの心についた罪責感は、消えることがないかもしれない。
ふと沈黙が流れた。
そのとき、ある実年男が現れた。
目は焦点が定まらず、ヘラヘラと一人で笑っている。
麻薬中毒だろうか? いやそれにしては、攻撃性がなくおとなしい。
いわゆる、心身的に大ショックを受けた挙句の果ての、可哀そうな不幸の極みの果ての狂人なのだろうか。
俺は、その男の顔立ちに見覚えがあった。
俺の親父を保証人に仕立て上げたおじさんである。憎き相手にこんなところで出会うとは、まさに運命のいたずらだろうか。
その途端、るみさんは席を立って、そのおじさんの腕を掴んだ。
「なに、してるの。家へ帰らなきゃダメよ」
やはり、るみさんは俺の親父の敵でもあるおじさんの娘いや身内なのだろうか。
思わずかまをかけてみた。
「今のおじさん、俺、見覚えがあるけど。るみさんの知り合い?」
「親父よ。恥ずべき親父だけどね」
やっぱり、あのおじさんは親父を保証人に陥れた復讐すべき敵だったのだ。
しかし、目の前のおじさんは復讐には値しないただの狂人である。
やはり、復讐なんて考えるんじゃなかった。
「復讐はあなた(人間)のすることではなく、私(神)のすることです。
あなたは、自らの手を汚してはなりません」(聖書)
手を汚すということは、犯罪まがいの行為であり、犯罪は繰り返されるものである。
神の復讐は、人の人知よりも大きいという。
もしかして、神が復讐したから狂人になったのだろう。
そうとしか考えられない。
やはり俺は復讐なんて考えなくてよかった。
狂人ともいえる廃人のおじさんに復讐してなんになろうか。
俺自身が、犯罪者になった挙句、再犯を犯し罪を重ねるだけではないか。
もう今の俺にとっては、目の前の狂人のおじさんが、親父を保証人に陥れた敵であるかどうかなどどうでもいい、無意味なことである。
そしてるみさんが、敵であるおじさんの娘であるかどうかも関係ないことでしかない。
ただ俺自身は、人を騙したくもないし、もちろん騙されたくもない。
まあ人を騙す人に、限って愛想のいい気前のいい善人を演じるのであるが。
「偽預言者に気をつけなさい。
彼らは従順な羊の仮面を被っているが、その実は貪欲な狼である」(聖書)
俺は、個人的にはるみさんは好みのタイプではない。
しかしホストと言う職業上、人を癒すだけではなく、救うことも必要であると考えている。
だって俺たちの職業って、世間からは胡散臭いものと思われているだろう。
だから、俺は逆に身体を張ってそうじゃないということを示したいと思ったのである。
るみさんは、俺にすべてを託したことで、すっきりしたみたいである。
今度は、ドンペリを入れたいと言い出した。
十六万円するピンクのドンペリだぜ。まあ、五十万円のロマネコンティよりも低価格であるが。
これで俺の売上は、一気に上がった。
るみさんが、ドンペリコールを断ったので、俺と乾杯することになった。
るみさん曰く、金を払うとチヤホヤされるというパターンがつらいという。
「ちょちょちょっと、大丈夫か。悪酔いしたら、仕事にひびくぜ」
「いいのよ。今夜は思い切り飲んで我を忘れたいの」
るみさんは、ピンクドンペリの瓶ごと口飲みし始めた。
俺は思わず
「ちょちょっと、内臓に響くぜ。世の中には懲らしめ屋がいるんだから」
るみさんはキョトンとした顔をして
「なに、その懲らしめ屋って?」
「いわゆる叩く人さ。俺たちみたいな水商売、犯罪者、前科者を徹底的に悪者扱いし、疎外することによって優越感を感じる人、意外とそういう人に限って、自分もそういう扱いを受けていた元いじめられっ子なんてケースもある。
自分は昔、嫌われてた、また嫌われ、疎外されるときが訪れるかもしれないという恐怖と不安感がある。そんななかで、徹底的なバカ者をつくっておけば、自分がそうならなくて済むという心理状態が働くこともある」
弱い者がそれより弱い者を叩いた挙句のはて、悪者に陥れるというパターン。
るみさんは口を開いた。
「昔読んだ田辺聖子さんの小説で『バカでは女稼業はつとまらない』というが、女性はぼやぼやしていると、すぐ売春の対象にされてしまう。
だからスキを見せないことね。まあ、私は自分では気ずかないうちに、スキを見せてしまったがね」
しかし、目の前のるみは生きている。
「るみさんは強い人だね。坂口良子の娘坂口杏里が『それでも生きてく』という本を出版したけれど、るみさんもそのパターンかな」
「坂口杏里っておバカタレントして売り出した人でしょう。
結局飽きられ、ホストにはまった挙句の果て、借金をつくり返済のためにAVやデリヘルに行ったというパターンの人でしょう。
同性結婚はしたものの、うまくいっていない。彼女はこれからどう生きていくのかな?。そういえば、彼女、二回逮捕されてるわね。
二回ともホスト絡み。大金を貢いだホストから、スマホ代の三万円の借金を三回した時点で、恐喝で逮捕されちゃったわね」
へえ、そんなことで逮捕されるのか。俺にとっては初耳だった。
しかし、警察に訴えるということは、そのホストは坂口杏里に対して愛情などなく、ただの顧客としてみていなかったという証拠である。
「和希、出世したものだな」
しゅん先輩が、挨拶代わりに言った。
「とんでもない。僕なんてまだまだですよ」
「るみって客、扱いにくいと思っていたら、この頃、和希にぞっこんじゃないか。どんな手練手管を使ったんだい? 後学のために教えてほしいな」
「えっ、なにも特別なことをしているわけではないですよ。ただ、るみさんの話を聞いているうちに、これは他人事ではないと思っただけですよ」
「まあ、確かに今の世の中、コロナ渦の不自由な影響もあり、何が起こるかわからない。安全だと思ってたら隣に危険が潜んでいることもあるぜ。
しかし、ああいう女は一度惚れ込むと、ズブズブ沼にはまってしまうからな。今のうちにどんどん金を落とさせるんだぜ。
今が旬の状態であり、タイミングを外すと運が逃げていくぜ」
しゅん先輩は、今月はナンバー2だ。
そして俺は入店初めてナンバー候補になっている。
正直うれしいし、ホストの誇りでもあるが、ナンバー1にはなりたくない。
嫉妬の嵐が渦巻き、つぶされそうな気がするから。
そういえば、元ホスト城咲 仁曰く
「いくらナンバー1とっても、礼儀を間違えればその店にはいられなくなる。
だから、後輩には自ら挨拶し、先輩には礼を尽くすことが大切。
さもないと、床に変な細工をされて転びそうになったり、客の前で
『こいつ若いのにナンバー1だなんて凄いぜ』とポンと背中を叩かれたが、その手がすごく痛かったり、でも客の前では間違っても痛そうな顔をするでもなし、いつも笑顔でいなければならない」
ホストは売れれば売れるほど怖がられ、ドン引きされてもてなくなるというが、今の俺はるみさんを更生させることを考えていた。
るみさんは、風俗で結構稼いでいるという。
平凡な容姿で、巨乳でもないが、気さくでサービス精神旺盛である。
風俗雑誌で、指名ナンバー1として掲載されたという。
決して名誉なことではない。
ネット上でも流出されたことはあったが、移り変わりの激しい世界なので、永遠に流出されることはないだろう。
俺は、まずるみさんを風俗から足を洗わせる必要があると思った。
今にひもが付き、ひもがストーカーに変身すると厄介なことになるのは目に見えている。
それを調べる必要があるが、るみさんは答えてくれるだろうか?
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