第7話 アウトロー出身キリスト牧師との出会い

 俺は、るみさんに聞いてみた。

「るみさんをそそのかした、元塾講師とは今でも関係があるの?」

 いけないっ。ずいぶん、単刀直入な質問だ。

「もうないわ。いくら私がバカでも、そこまであいつのいいなりにならないわよ」

「そりゃ、良かった。一日も早く、悪縁を切った方がいいよ」

「だって、あいつ、今はアウトローまがいの人間に騙されて、アダルトDVDの製作をやらされてるのよ」

 やっぱりな。こういうことは、たいていそういった闇の世界の人間が関与しているものだ。ノミ行為と同様、そういう輩に挨拶なしでは営業できない。

 結局、その男はアウトローの手先ってわけか。


 危ないぞ。こりゃ

 そうか、それでるみさんは、風俗に売られちゃったわけか。

 この泥沼から救い出すのは、俺一人の力じゃ到底及ばない。


 そういえば俺は、以前ドキュメンタリー番組で見た、刺青牧師のことを思い出した。

 元筋金入りのアウトローだったが、現在は筋金入りの牧師として、青少年問題に取り組んでいる最中だという。

 ひょっとして、この人ならこの問題を解決してくれるかもしれない。

 俺は、淡い期待というよりも、すがるような気持ちで教会の門をたたいた。


 その教会は、繁華街から少し離れた歓楽街にあった。

 飲食店の裏通りはファッションホテル街である。

 風俗の案内所の姿も目に付く。

 俺はちょっぴり、胡散臭いものを感じながら、教会のビルの前に立った。


 教会の礼拝が始まったばかりだ。

 俺はちょっぴり緊張した。

 小学校のとき、クリスマスで教会を訪れて以来だ。

 メンバーは、茶髪の若者から中高年まで、多岐に及んでいる。


 信者がゴスペルを合唱しているが、メロディーがとても心地よい。

 少々古めかしいメロディーを予感していたのであるが、意外と若者向けのポップなメロディーの飛び跳ねそうな元気のいいゴスペルである。

 少々、Jポップにも似たメロディーである。

 そういえば、ゴスペルは印象深いメロディーが多いので、童謡やCMソングにもよく使われるという。


 聖書の話が始まったが、俺には別世界の難解な内容でよくわからない。

 しかし、心に響く言葉があった。

「彼の犯した過去の罪はすべて忘れられ、正しい生活によって生きるようになる」(エゼキエル18:22)

 この御言葉の通りだな。

 この教会は、麻薬中毒者、元アウトロー、前科者もいるらしい。

 しかし、俺は聖書を読んでいるクリスチャンといえばクリスチャンだが、いわゆる信仰の薄い「なんとなくクリスチャン」。信仰の意味がわかっていなかった。

 それでも信仰が消えなかったのは、俺の意志や好みというよりも、神の導きがあったからであろう。

 しかし、イエス様とやらを信じて救われたという。

 るみさんもきっと、イエス様を信じれば救われる。

 俺はそう確信した。


 できたら、るみさんも連れて行きたい。

 そう思っていた矢先、俺の前の席の女性が隣の女性に向かって話しかけている。

 どちらも、四十代くらいだろうか。

「実は私、風俗嬢だったんですよ。キャミソールを着て、別の性欲の相手をしてたんですよ。

 私、不名誉なことですがね。風俗雑誌に載ったこともある、ナンバー1デリバリ嬢だったんですよ。あれは、苦しい仕事ですよ」

 そうしてその女性は当時の写真を見せてくれた。

 ベッドの上にキャミソールを着た女性が横たわっている。

「この頃の私、きつい顔してるでしょう。今は大分穏やかになったかな」

 俺は、思わず耳をそばだてた。

「私はね、もとはデパートガールだったの。高校は女子高で、ボーイフレンドなんて一人もいない状態だったわ。でも、キャッチセールスにひっかかってね。

 初めは、食事でもということで、誘ってきて同棲を始めたの。そのとき、初めてわかったことだけど、キャッチセールスで一千万円もの借金を抱えた人だったのね。

 キャッチセールスというのは、完全歩合制でただ会場を借り切って、個人営業するだけなの。初めはスナックとかで働いてたけど、それだけじゃあ、金にならないから風俗に転向したの」

 若干、るみさんと似たパターンである。

「キャッチセールスの男とは別れて、元反社と結婚したの。俺も反社から足洗うから、お前も風俗から足を洗えって。

 私は、その言葉が一筋の未来の光に聞こえ、すがるように飛びついた」

 なんだか、もの悲しい気分だ。人生の裏街道とは、このことなのだろうか。

「でも、彼は結婚してから半年後、C型肝炎で急死したわ。肝臓病というのは、反社に多いのよ。刺青にシャブと肝臓に負担をかける生活を、ずっと続けてきたんだもの。残されたのは、二人の間の赤ん坊だけ」

 これから、お定まりの生活の苦労が始まるのだな。

 あーあ、聞いてて重苦しくなりそうだ。

「生活のため、私はまた、元の風俗に戻ったわ。金は入ってくるけど、つらい世界に逆戻りよ」

 初めて、話し相手が口を開いた。

「ずいぶん、ご苦労なさったんですね。それで、今はどうしてらっしゃるの?」

「今は、結婚して平穏な生活を送ってるわ。相手は元反社だけど」

 そのとき、四十歳過ぎの愛嬌のあるベビーフェイスの男が足を止めた。

「やあ、俺はこれから集会の司会をしなきゃな」

「紹介するわ。私の主人、あっ、申し遅れました。私は高本といいます。

 これから、教会でお会いしましょう」

 そういって、元風俗嬢の高本と名乗るおばさんは、席を立った。

「はじめまして。僕、高本といいます。初めていらっしゃった方ですね」

 先ほどの、元反社があいさつしてきた。

「はじめての方ですか? この教会は、いろんな人が集まっていますが、皆、イエスによって救われた人ばかりです。私は、今でも刺青が残っていますが、反社から解放されて、神の方向へと生きています。神と一緒なら、どんな人生でもやり直せます」

 本当かな。

 じゃあ、るみさんも過去の犯罪から、立ち直れるかな。

 今度はぜひ、るみさんを連れて行きたいと思った。


 いけない。昨日の二日酔いが残ったままだ。

 俺たちの仕事は大酒ばかり飲むので、うこんを飲んだりして肝臓をいたわっているが、それでも限界がある。

 頭がふらふら、胃腸も調子が悪い。

 この仕事、長く続けられる仕事じゃないとは聞いていたが、その言葉が今、実感として重く身に染みた。


 今日もるみさんが、俺の勤務するホストクラブに来店してくれた。

 やはり、るみさんのような担当客が来ているとほっとする。

 もし来てくれなくなったら、売り上げが減少する一方である。

 そして、客が一人減り、二人減り、しまいには0になったらどうしようかという不安にかられる。

 だから、一期一会、今、この一瞬を大切にしなければ。

 ホストの仕事は毎日が戦いである。

 客との戦い、先輩からのねたみそねみ、後輩、特に新人に追い抜かれると、もう店を辞めるしかないという切羽詰まったあせり、またホストクラブは狭い世界での横の関係であり、どの店のホストが借金背負って飛んだ(行方不明になった)などという噂は、すぐ広まる。

 警察の抜き打ち検査も厳しさを増している。

 ある日、有名ホストクラブに抜き打ちで警察がやってきて、客の身分証明証ー未成年であるかどうかの有無、またニセコといって偽の身分証明証かどうかを判断するために提示を強要、売上伝票も提示の義務がある。

 店内には、テーブルに代金を明示したメニューを置かねばならない。

 なんでも、過去に警視総監の娘を騙したホストが発覚して以来、警察はホストクラブを目の敵にするようになったという。

 またなかには、脱税が発覚し、税務署から追徴金(罰金)を強制され、そのために借金をしているホストクラブまで存在している。

 そのような諸事情を踏まえた上で戦闘開始といいたいところだが、やはり、るみさんを更生させたいという同情にも似た情熱がはたらく。

 ふとそのとき、俺の脳裏にはるみさんに対するある不吉な予感が閃いた。


 


 



 

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