怪談「踏切の向こう」

Tes🐾

第1話

 今から数年前、Uさんが高校生の頃の話。


 Uさんは春から入学した高校に自転車で通っていた。

 学校の近くには電車も通っているのだが、生憎Uさんの自宅からは最寄り駅がなかった。どころか、通学路にその線路が横たわり、踏切で時々行く手を阻んでくるという有様だ。

 中でもUさんが使う踏切は住宅街の中にあり、近くに商店街もあるせいか、そこそこに交通量も多く、一度引っ掛かるとたちまち混雑した。


 そんな踏切で奇妙なことが起きているのに気がついたのは、高校に通いだして半年ほど経った頃だ。

 最初こそ煩わしく感じていた踏切だったが、その頃には遅刻しそうな場合を除いて、さほど意識することも無くなっていた。特にその時は下校の最中で、時間に追われることもなく、ぼんやりと電車の通過を待つばかりだった。

 けれど、そうして目を泳がせているうちに、ふと違和感を覚える。

 その正体はすぐに分かった。線路の反対側にいる男性だ。

 黒縁眼鏡を掛けた初老の男性は、きっちりスーツを着込み、どこかの式典へ出席する道すがらのようにも見える。ただ妙なことに、きょろきょろと視線を動かし、こちら側の様子を伺っているのだ。

 それは通過の待ち時間が焦れったいというより、誰かを探しているような感じだった。


 そうしているうちに電車が踏切に進入してきて、男性の姿はUさんの視界から遮られる。

 そして電車が通過し終えると、その姿は忽然と消え去っていた、というのだ。


 時間にして数秒の出来事だが、近くに民家もある。通過中にその家に入った、という線もなくはない。

 問題は、その後もその現象を何度も見かけるということだった。

 通学の最中は一度も見たことはないが、下校の際に踏切で捕まると、黒縁メガネの男は必ずそこにいた。

 そして電車の通過と共に、必ず消える。

 Uさんはこれまで心霊的な存在を目にしたことはなかった。けれど、これがもしかしたらそうなのかもしれない。そう思い、極力男と目を合わせないように努めたという。


 そんな状況に変化が訪れたのは、更にひと月ほど経った頃だった。

 その時は委員の仕事で遅くなってしまい、すっかり辺りは暗くなっていた。

 Uさんは早く帰ろうと家路を急いだのだが、そんな折に運悪くあの踏切に引っ掛かってしまう。後に思い返すと、その時間に踏切に捕まったのは初めてだったらしい。

 その時もやはりあの黒縁眼鏡の男性は反対側に立っている。

 本当に時間関係なくいるんだな、と視界の端に捉えながら思っていたのだが――何やら様子が違っていた。


 いつものように辺りを伺っているのではなく、Uさんの方を見て、手を大きく振っているのだ。


 驚いて思わず目を向ければ、口を大きく開けて何かを叫んでいるようでもあった。遮断器の警報音に遮られているのか、声は聞こえなかったが、その表情はどこか明るく、けれど少し焦っているようでもあった。

 Uさんはすぐにその視線が自分の少し隣に向けられていることに気づく。

 そこにはいつの間にか、中年くらいの女性が立っていた。

 その女性は男性と同じく正装で、ぼうっとした表情で立ち尽くし、目には生気が宿っていなかった。

 降りた遮断器の下あたりを見つめているせいか、どうやら反対側の男性には気が付いていないらしい。


 ――あの眼鏡の人、この人を探してたんだ。


 そしてUさんは確信した。このまま彼らは出会うことはない。

 何故なら、電車が通れば男性は消えてしまうから。だから今日までずっと、男性はこちら側を探し続けている。

 Uさんはどうしようか迷った。いや、答えはすぐに出た。あんな生きているか死んでいるかも分からないものと関わらない方がいい。

 無視を決め込むと、何だか鳴り響く遮断器の音が甲高くなった気がした。

 男性は必死に手を振り続ける。

 女性は虚ろな目で線路を見つめ続ける。

 そのうち、明滅する遮断器の赤い光に電車のヘッドライトが重なった。


「あっちにいますよ!」


 周りの音に負けないくらい、Uさんは大きな声で叫んでいた。

 それから女の目の前で男性の方を指差す。周りにいた他の人達がぎょっとしているのが分かったが、やめなかった。

 女の視線がゆっくりと上がり始める。

 そうして眼鏡の男性のところで留まると、ふわっとその目が見開かれた。


 そこで電車が通過してしまったので、結局その後二人がどうなったのか、Uさんには分からない。次の瞬間には隣にいた女性も、反対側の男性も、やはりかき消えていたのだ。

 けれど以来、そこで彼らを見かけることはなくなった。

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