湯煙に溶ける思惑


「そういや、お前ら温泉には入ったか?」


 サキ達一行が街中へと戻るとマーガレットが唐突にそんなことを聞いてきた。


「いいえ、まだ入っていないわ」


「なら、一緒に行かねーか? 良い景色が見れる所知ってんだ」


「僕は遠慮しておくよ。明日の準備しなくちゃいけないし」


「そうなると、俺が行く意味も無いな。二人で行って来るといい」


 日が落ちてからかなり経っているのでサキも断ろうとしたが、他の二人が行かないとなればさすがに可哀想なので一緒に行く事にした。


「いいけど、今の時間でも開いているのかしら?」


「大丈夫だろ。それじゃ、兄貴はアタシの分の準備もよろしくな」


「あいよ。長く入り過ぎて、また上気のぼせるなよ?」


「余計だっつーの」


「サキちゃんは自分で準備してね」


「分かってるわ」


 そうして、四人は一旦ここで解散となった。



――――――――――――――――――



 サキが温泉に入ると確かにそこには自然豊かな光景が広がっていたが、特別目を見張るほどの景色が良いというわけでもなかった。

 しかし、時間が時間のせいか他に客が一人もいる様子は無く、管理人であろう老夫婦も隣接する自宅にいたため入るためにマーガレットが家まで行って一声かけたほどだった。


「暗殺をするならこれ以上ないくらい場が整っているわね」


「んな事、するつもりはねーよ」


 後から入ってきたマーガレットはその豊満な胸を隠すこともぜず、赤い髪の毛が痛まないように頭の上で纏めていた。


「やっぱり、男の人って胸が大きい方が好きなのかしらね?」


 断りもなく、マーガレットの胸を両手で持ち上げるように触るサキ。その手はとても優しく、割れ物を扱うかのように慎重な手付きで触っていた。


「大きい方がいいんじゃねーの? アタシも得物とか筋肉とかは大きい方が好きだぜ。つーか、なんで触ってやがる?」


 ある程度すると、今度はとてもゆっくりとした手付きで胸の形を整えるように触り始めた。


「嫌だったかしら?」


「阿呆なことしてねーで、さっさと入れ」


 髪を纏め終わったため、風呂へと向かうマーガレット。さすがに動いている人の胸を触るのは難易度が高かったのか、サキはマーガレットが動くと胸を触るのをやめていた。

 そして、二人は向かい合って温泉に浸かり始めた。


「あ゛ぁーー、やっぱ、いいもんだ」


「ふぅ、初めて入ったけど悪くないわね」


「……初めてね。なあ、何でお前は旧都に行きたがるんだ? アタシが言うのもなんだが、旧都に入れなきゃ何もねーところだぜ?」


 肩まで浸かっていたマーガレットが背中の小岩にかけるように両腕を出す。


「観光目的よ。というか何で入れないのかしら?」


「龍の結界があんだよ。ここ数十年前から旧都を覆うように貼られてる。んなもんだから、誰も入れない」


「それなら入れないのも仕方ないわね」


「けどな、つい数年前一人だけ入れた奴がいたんだよ。それも、アタシの目の前で入って行きやがった。今、思えばそいつは最初から入れることを知ってたんだろうよ」


「それなら私も入れるといいわね」


 その言葉にマーガレットの雰囲気が少し変わり、真っ直ぐとサキの顔を見つめた。


「お前なら入れるだろ、エレナ?」


「さあ、誰の事かしら?」


 あくまでシラを切るサキにマーガレットは溜め息を吐き、少し嫌そうにしながら約束の口上を口にした。


「演舞の炎は?」


「舞台上で燃える。終わりの暗幕は?」


「……花火で彩る。って、やっぱ恥ずかしいわ!」


「ふふっ。カタリナは堂々と言っていたわよ?」


「アイツは堂々としすぎだっつーの!」


 再びマーガレットが溜め息を吐くと、サキの隣へと行き、サキの顔をじっと見つめた。


「思ったより、妹と似てないんだな」


「あら、再会して最初の一言はそれかしら?」


「呪いのせいで顔を忘れるからじゃねーか!」


「そうだったわね。また会えて嬉しいわ、マーガレット」


「アタシもだよ、エレナ。なあ、一つ聞いてもいいか?」

 

「いいわよ。それと、あまり遅くなり過ぎなければ私の言える範囲でなら何個でも何でも答えるわよ?」


「そうか。なら、一つ目。何でアタシにわざと正体が分かるように動いた?」


「何でそう思うのかしら?」


「一つは剣筋だな。お前の剣は対人用の剣じゃないからな割と分かりやすい。それなのに、わざと剣を使うようにアタシとの戦いを操作した。アタシの性格も考えてな。そのせいで、前半はかなり手を抜いてただろ?」


「目的が複数あると、どうしてもそれ以外が駄目になっちゃうわね。私もまだまだね。他にはあるかしら?」


「カタリナとナディアだな。カタリナは目立つから会うかもしれねーが、ナディアは学園の人間じゃなきゃ能力を知らねーだろ。皇妃候補の決闘もやってるか怪しいしな」


「それは私も同感ね。あの子、結構サボり癖があるものね。後で言っておくわ。他にもあるかしら?」


「わざとだと思うのはそのくらいだな。だが、それ以外に気づいた点はある。一つは旧都を目指してること。前に学園の長期休暇でここに来た時も割と強引に旧都に行って結界に入ったからな。今回も似たような理由じゃねーか?」


「意外と龍に誰も興味なくて、一緒に来たのはカエデとアニエスだけだったわね」


「普通、クレイズには温泉を入りに来るんだよ。刀馬鹿忍者と腹黒修道女が異常なだけだ」


「それで、他には無いかしら?」


「これは予想の範疇を出ない上に、こじつけに近いしな」

 

「意外と当たりかもしれないわよ? 貴女の直勘は良く当たるもの」


「そうか? なら、言ってやるよ」


 マーガレットは夜空を見上げてながら自身の荒唐無稽な直感をエレナへと言った。


「あの銀髪の連れだな。帝国の人間には色んな髪色を持つ奴がいるが、銀髪はナイレンシンだけだからな。アレイシンがナイレンシンに名前を変えた日。その時、死んだ元婚約者でも重ねてんじゃねーかと思っただけだ」


「ふふっ、それは面白い推理ね。アモナハならお腹を抱えて笑いそうね」


 マーガレットはどこかで聞いた事がある名前だなと思ったが、すぐには思い出せなかった。


「んな、笑うほど外れてたのか? 割と五分五分くらいと思ったんだけどな」


「いいえ、外れてないわよ? むしろ、大当たりだから、貴女には特別に教えてあげるわ」


 マーガレットはこのエレナが出す空気を知っていた。そう、それはアデリアの旧帝国派を潰しに行くと言った時と同じ。

 しかし、今回もマーガレットの静止するより早くエレナは次の言葉を口にした。


「ヨゾラ。あの子は私の死んだ元婚約者であり、アレイシンの第九王子だもの」

 

 マーガレットは上気のぼせて気を失わなった事にならないかと密かに思っていた。

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