異話:泡沫に揺蕩う(閲覧注意)

 アデリアの宿屋でヨゾラとサキは質素な飲み会をしていた。


「今日の稼ぎはイマイチだったね」


 ヨゾラは演奏会で稼いだチップを数えていたが、その表情はどこか不満気だった。


「そうね。明日も演奏会をして稼ぐしかないようね」


 一方サキは、明日はどんな演奏をしようか考えながらヨゾラの話を聞いていた。


「そういえば、チップの中にこんな手紙が入っていたんだけど」


 ヨゾラが差し出して来た手紙はサキも知らない貴族の封蝋だった。


「貴族様からの手紙のようだけど、この封蝋を使っている貴族は知らないわね」


「んー。この手紙どうする?」


「後で読むから私が預かっておくわ」


「わかった。それにしてもどこの貴族なんだろうね」


「あまり興味はないわね」


 サキは受け取った手紙を懐にしまった。



―――――――――――――――



 次の日が決闘の日だったが、少しでも稼ぐためにサキとヨゾラは演奏会を開いていた。

 一方、その会場では桃色の髪の毛を一つに縛った少女カタリナとそれより少し背の高い金髪を二つに下げた少女ヴィオラが戦っていた。


「逃げてばかりでは勝てませんわよ」


「そうですね。本官も気疲れするのでしたくありませんよ」


 今はカタリナが毛皮のような武装をしたヴィオラから逃げ回っている最中だった。


「《太陽を砕く牙スコル・ファング》」


 ヴィオラが剣先を飛ばすがカタリナが余裕を持って捌いた。


「もしかして、わたくしの《太陽を断つ迅毛スコル・スキン》が解けるのを待っていますの?」


「そうですよ。強化武装は堅すぎてほとんどの武器が通りませんからね」


「それなら、時間の無駄使いですわね。《太陽を断つ迅毛スコル・スキン》に制限時間はありませんもの」


 その言葉を聞いたカタリナは少しだけ迷った。知らない二つ目の寵愛能力が他にない特性を持っていると考えたからだ。


「そうだとすれば厄介なこと極まりないですね」


 小声で悪態を吐くカタリナにヴィオラの攻めの手は弛まなかった。

 そうしてできた隙を突こうと鎖を這うようにしてヴィオラを殴るが、ヴィオラは全く堪えていなかった。

 そして、それを待っていたと言わんばかりにヴィオラはカタリナの鎖を掴んだ。


「やっと捕まえましたわ」


 そして、ヴィオラが力任せに鎖を引っ張るがカタリナは瞬時に捕まれた方の鎖を外して、ヴィオラの追撃から逃れた。


「あら、残念ですわ」


 ヴィオラは引っ張った鎖を両手で持って力任せに引きちぎった。


「これであと一本ですわね」


「一本も取れただけで嬉しそうですね。本官がもう一本出したらとても面白そうな顔になりますね」


「それなら、また引きちぎるだけですわ」


 カタリナはとても焦っていた。鎖をもう一本生み出すことなんて不可能だったからだ。しかし、一番の問題はヴィオラの猛攻を防ぎきれるかどうかだった。


「《太陽を砕く牙スコル・ファング》」


 ヴィオラから飛ばされてきた剣先を一本の鎖で弾くが、生え変わったヴィオラの剣撃への対応が遅れてかすり傷を受けてしまう。

 そして、苦し紛れにヴィオラを離そうと鎖をヴィオラの剣に巻き付かせるが、ヴィオラが伸ばした手がカタリナの鎖を掴む。


「また捕まえましたわ」

 

 カタリナは舌打ちをして再び鎖を腕から外し、腰の銃を抜きながら距離を取る。ヴィオラは再び鎖を引きちぎって光の粒子へと還した。


「終わりですわね」


 カタリナがヴィオラの眉間を狙って銃を撃つが、そんなことは気にせずにヴィオラはカタリナに突っ込む。


「本当に厄介ですね!」


 カタリナは距離を取ろうとする。しかし、すぐにヴィオラに追いつかれてしまい放たれた剣撃を銃で防ごうとしたが、ヴィオラの鋭い猛攻には対応しきれずに腕や胴をを切り裂かれてしまう。

 

「ちっ」


 そうして、舌打ちをするカタリナの胸をヴィオラの剣が貫いた。

 それがトドメとなり、カタリナの武装が破壊されてしまう。


わたくしの勝利ですわね」


 勝ち誇った顔をするヴィオラに対し、カタリナは悲しげな表情をしながらヴィオラと向き合った。


「対戦ありがとうございました」


「こちらこそ良い決闘でしたわ」


 こうしてカタリナとヴィオラの再戦は終わった。



―――――――――――――――



 その次の日、サキとヨゾラは呪いについて調査をして、その夜に宿屋で調査の報告をしていた。


「サキちゃんが言ってた廃墟に行ったけど、呪いが無くなった水晶しかなかったよ。そっちこそカタリナさんには会えた?」


 ヨゾラは布に包んだ水晶をサキに手渡す。


「全然ダメね。決闘で負けたって言うから少しだけ話を聞きたかったのだけど、今日は仕事が休みって言うしそもそも家がどこか知らなかったわ」


「じゃあ、明日はカタリナさんへの張り込み?」


「そうなるわね。ヨゾラは呪いを受けたはずの領主の一人娘クレアの調査をお願いね」


「その人って数年前から行方不明だよね? どうやって探すの?」


「それもそうね。じゃあ、そっちは私が調査するからカタリナの方を頼むわ」

 

「分かった。呪いのことならサキちゃんの方が知っているけど気をつけてね」


 サキとヨゾラは明日に備えて早めに寝ることにした。


―――――――――――――――



 また次の日の昼、通報を受けたカタリナは武装した状態で旧領主邸の中を警戒して進んでいた。


「全く、今月に入って何度目ですか」


 カタリナは決闘で負けたことを引き摺っているせいか機嫌が悪かった。

 そして、天井に穴が空いた大広間に着いた。そこには見づらかったが人影が見えたため躊躇なく銃弾を撃った。


「大人しく投降しろ。本官にこれ以上手間をかけさせるな」


 その鎖で縛られた人影に拳銃を向けながら警告したカタリナだったが、その人影の顔が明らかになるとカタリナはとても驚いた。


「今、一番見たくない顔ですね」


 その人影はヴィオラだったからだ。

 

「《日食の祈手》」


 身体を縛っていた鎖を武装して砕くヴィオラにカタリナは銃弾を続けて放った。


「《太陽を断つ迅毛スコル・スキン》」


 そして、銃弾は強化武装によって防がれてしまう。しかし、銃弾防いだはずのヴィオラの様子がおかしかった。


「あ゛あ゛、い゛た゛い゛」


 そこには右手を押さえて苦悶の表情をするヴィオラがいた。その只ならぬ表情にカタリナはヴィオラへの嫌悪より心配が優先された。


「今すぐに武装を解いてください!」


 けれど、その声が届いていないのかヴィオラは痛がるばかりでそこから動こうとしなかった。

 そこに別の人影がヴィオラに飛び込んだ。


「あー、ダメかー」

 

 ヴィオラの右腕を斬ろうとしたその人物は銀髪の髪に褐色肌の少年ヨゾラだった。


「何をしているのですか!」


 カタリナはヨゾラに拳銃を向けるが、そんなことはお構いなしにヨゾラはヴィオラの腕を切断しようと手斧を振り下ろした。が、手斧が弾かれて全く刃が通らなかった。


「いい加減に、」


「カタリナさん! この人の右手を今すぐに切断できる!? 早くしないと、この人が大変!」


 カタリナはヨゾラの言葉を聞き、何やらヴィオラの容態について何か知っていることを察した。


「それは強化武装のため、余程の事がないと傷一つ付きません!」


 その言葉を聞いたヨゾラは一旦ヴィオラから離れてカタリナの方へと近づいた。


「ヴィオラさんはどんな状況なんですか!?」


「悪いけど、僕から言える事は何もない。今からどうにかできる人を呼んで来るからそれまで持ち堪えて」


「は!?」


 言うだけ言ってヨゾラは風を使って天井から出ていってしまった。自分より慌てる人の様子を見たカタリナは少しだけ落ち着いた。


「とりあえず、武装を解除できれば助かりますかね」


 未だに右手を押さえてうずくまるヴィオラにカタリナは近づいた。そして、蹲るヴィオラの背中を右手で触った。


「寵愛の能力自体を封印すれば二つ目の武装でも封印できるはずです」


 カタリナは寵愛の証を光らせて懸命に封印をしようと力を込める。

 

「少しずつですけど封印の力が浸透している気がしますね。ん?」


 カタリナはヴィオラの右手にある寵愛の証にヒビが入っていることに気づいた。


「これが痛がっている原因ですかね? 神に見放されるとこうなるのですかね」


 そして、カタリナの目の前で寵愛の証に入っているヒビが増えた。


「早く封印しないと寵愛の証が持ちませんね」


 一層、力を込めるカタリナ。そしてついに封印の力がヴィオラに通った気がした。


「え?」

 

 それと同時にヴィオラの寵愛の証が完全に破壊された。残ったのは未だに強化武装が解けないヴィオラと力のほとんどを使ったカタリナだった。

 そんな状況にカタリナの顔は青くなった。自分のせいで一人の寵愛能力が失われてしまったと思ったからだ。

 そんな中、右手の寵愛の証を失ったヴィオラは再び苦しみだした。


「あ゛か゛っ お゛え゛」


 そして、一部のはずだった毛皮の装備が全身に侵食するように、ヴィオラの身体を作り変え始めた。

 明らかに異常なことに、カタリナは大きくヴィオラから離れた。


「あ゛た゛、わ゛あ゛う゛し は」


 どんどん、体積が大きくなるヴィオラ。そしてその変化も見るに堪えないものだった。

 手入れされた長い金髪は見窄らしい短い体毛に、細くも綺麗な手足は太く歪な四本脚に、見るものを振り返らせる美しい顔は不恰好な狼の顔に、そして、カタリナを見る目付きは憎しみから獲物に。


「えっ」


 カタリナが気づいた時にはその鋭い爪で切り裂かれ武装が破壊されていた。


「先輩」


 そして、無情にもカタリナを待っていたのは無慈悲な追撃で、その身体は石ころのように吹き飛ばされて鮮血の花を生み出していた。



―――――――――――――――



 アデリアとは別の都市。そこにある暗い一室で一人、その様子を眺めている者がいた。


「この後はアデリアの人間は一頭の狼に一人残らず殺されてしまいましたとさ、全く酷い話だね。こうはならなくて心より安心したよ、エレナ。いや、今はサキか」

 

 誰もいない虚空に話しかけるその者は暗い部屋で気晴らしに本を読み始めた。

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