その血の運命

 日が頂点に差し掛かる少し程前。次の都に向かう道程の川岸でサキとヨゾラは一休みをしていた。


「やっぱり、この呪いは使いづらいわね」


 サキは左手に宿った星形の神の呪いを見ながら、丁度いい大きさの岩に座って川に裸足を浸けていた。


「カタリナちゃんの能力を無効化するだけいいんじゃない?」


 ヨゾラは焚き火の前で自分で獲った魚によく火を通してから食べていた。


「それだけなのよね」


「うーん、目的は呪いの回収なんだから使いやすさとかはどうでもよくない?」


「それもそうね」


 サキは左手に少し力を込めると、呪いの証は消えてしまった。


「それより、カタリナちゃんに言わなくてよかったの?」


「何のことかしら? 心当たりが多過ぎて、どの事か分からないわ」


「色々あるけどさ、一番言わなきゃいけないことがあったよね?」


 ヨゾラは食べ終わった魚に突き刺していた串をサキに向けた。


「エレナ・メギス・ミレクが生きているということ。もっと言うなら、サキなんて人間は存在しないこと」


 ヨゾラの非難と串を向けられた長い黒髪の少女は少し考え込んでから返事をした。


「今の私はサキよ。エレナは死んでしまったもの」


「そうやって、また嘘を吐くんだ」


「全部が嘘って訳じゃないわ」


 そう言ってサキは自身の右手にある四分音符の形をした寵愛の証を強く光らせる。


「星の演奏家」

 

 武装が完了し青暗いドレス姿になったサキは笛を口につけた。


「《貴女と奏でる二重奏オペレイト・デュエット》」


 そして、カタリナの前とは違う能力名を言い能力を発動させる。しかし、その時と同じように笛から光りの粒子が出てきて人の形を作り、それが弾けて中からエレナが出てくる。


「あら、サキが何もないのに私を呼ぶなんて珍しいわね」


 エレナから声は聞こえるがその身体はピクリとも動こうとしない。

 

「少しだけ気が向いただけよ」


 サキも集中しているせいか、あまり身体は動いていなかった。


「それより、今はフルートを吹いてなくて大丈夫なの?」


「能力の消費量が増えるだけだから平気よ」


 そんな会話をする二人を見てヨゾラは嫌なものでも見たような表情をした。


「うん、やっぱりその能力は気持ち悪いね」


「「失礼ね」」


 同じ口調で同じ台詞を言うサキとエレナに溜め息を吐くヨゾラ。そんなヨゾラを揶揄からかうのをやめて、サキはエレナの身体を再び光の粒子にして笛の中に戻して武装を解く。


「やっぱり、自分とエレナを同時に動かすのは頭が疲れるわね」


「自身が動かせる身体を作り出す能力。やってることは人形遊びと変わらないよね」


「これでも色々と不便なものよ。でも、過去の自分くらいなら身体も口調も表情も完璧に動かせるわ」

 

 そんな様子のサキにヨゾラは再び大きな溜め息を吐く。


「本当にカタリナちゃんが可哀想だよ」


「けど、あの時話したことはエレナの本心よ。もちろん、私の本心でもあるわ」


「そういうことじゃなくてね? もっと、こう、人として大切なことをしようって話だよ?」


「悪いとは思っているわ。けど、シーナのことも呪いのことも解決するにはこうするのが一番確実だったわ」


「けど、そのせいでカタリナちゃんもその先輩もいっぱい悲しんだんだよ?」


「それも悪いとは思っているわ」


「それでも呪いの回収を優先するんだね」


「それが私に宿る血の運命だもの」


 サキの力強い眼差しを受けたヨゾラは何度目かの溜め息を吐く。


「十大貴族であり皇妃候補でもあったエレナと神の呪いを振り撒いた先祖の尻拭いをするサキ。どっちの立場も大事なんだろうけどさ、もう少し巻き込まれる人達の気持ちも大事にして欲しいね」


「……全員は無理だけど大切だと思っている人は大事にするようにしてるわ。カタリナや他の皇妃候補になった親友も入っているもの。だからエレナとしてカタリナと会ったのも大切だからよ」


「そこまで大切なら正体を明かして会ってあげればいいのに」


「それは少し難しいわね。私が生きていると知ったら、シーナや大切な親友が面倒事を起こすもの」


「実は生きてましたって面と向かって言うのが恥ずかしいだけでしょ?」


「それも少しだけ理由に入っているわ」


「だと思った。それと、大切な人に僕も入ってる?」


「もちろんよ。じゃなかったら、こんな旅に同行なんてさせないわ」


「それは嬉しいことだね」


 ヨゾラはサキの言葉で笑顔になるが、サキは別の事が気になっているようだ。


「それとヴィオラの呪いの代償が何か分かったかしら」


「聞いた感じだと、多分エレナちゃんやカタリナちゃんに対する復讐心だね。それがすっかり無くなってたよ」


 ヨゾラからヴィオラの呪いの代償について、サキは話を聞くが少しだけ困ったような顔をした。


「それだけだと代償にしては足らないわね。その方向で行くとヴィオラ自身の願い自体も無くなってそうね」


「呪いの代償が完全に無くなればいいのにね」

 

「それは願った時点で取られるから無理な話ね。それより、下手に呪いの力を使って呪いに侵食されなくてよかったわ」


「そういうサキちゃんは平気なの?」


「使い過ぎなければ大丈夫よ。それより、呪いを多用して音楽神の寵愛に見放される方が問題ね」


「本当に平気?」


「呪いも祝福も私の分野よ。危険なことも分かっているつもりだわ。でも、結局は呪いだもの。今後も使用は控えるわ」


「嘘じゃなくて本当に死なないでね」


「少なくとも、呪いを回収し終わるまで死ぬつもりはないわ」


「回収し終わった後もだよ」


「はいはい。ヨゾラにこんなに愛されて私は嬉しいわ」


「そうだけど、そうじゃないからね?」


 そんな何気ない会話を大事にしながら、サキ達は神の呪いを回収するために次の都市へと向かった。

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