屋敷での歓迎


 高い建物がずらりと並ぶ街の外れに、異彩を放つ時代遅れの廃れた屋敷。そこの門前に比較的綺麗な服装のサキとヨゾラが楽器を携えて立っていた。

 

「広いだけの屋敷だね、他の家とは大違いだよ」


「これでも、元は領主の屋敷なのだから時代の流れを感じるわね」


「サキちゃんはここに来たことあるの?」


「妄想の中で一度だけね。その時に、前領主を摘発して、その後の処理は国の便利屋に丸投げした気がするわ」

 

「それでこの屋敷はどうなったの?」


「そうね、私はてっきり他の成金貴族が買い取ったものだと思ったのだけど、わざわざ立て直さず昔のままっていうのも変な話よね」


「というか、いい加減誰か来ても良くない? 約束の時間ってもう過ぎてるよね」


 ヨゾラの言葉にサキは考え込みながら、門に手を掛ける。すると、門は簡単に開いてしまった。


「勝手に中に入れってことかしら」


「いかにも、罠って感じなんだけど」


 サキは辺りに誰もいないことを確認し、ヨゾラと共に中に入り門を閉めた。


「まるで泥棒みたいだね」


「正面から入れば立派なお客様よ」


「それってどの領のルール?」

 

「また、妄想の中の話かもね」


 入り込んだ庭には手入れが行き届いていないのか、それが一層人気のない屋敷を不気味なものにしていた。


「これって既に寵愛の力を受けていたことにならないかな」


「そう思うなら、試してみたら?」


「そうする、《風の暗殺者》」

 

 ヨゾラは右手の寵愛の証を強く光らせ武装する。


「《流る風フルクシオ》」


 そして、ヨゾラは《流る風フルクシオ》が触れた感覚と、自分自身が見たり触れたりしたものに違いがないかを確認するが、全く違いがないことを確認したため幻覚の類いではないことの裏が取れてしまった。

 ヨゾラは残念そうに武装を解除した。

 

「他に思い当たる寵愛の力ってないの?」


「あとは夢に干渉できる能力があるわ」


「夢かどうかが分かる方法か、その能力を解除する方法ってあるの?」


「ないわよ」


 その言葉を聞いたヨゾラは現実は非情だなと思った。

 そうこうしている間に屋敷の玄関前に辿り着き、怖気付いたヨゾラを傍目にサキは玄関をノックした。しかし、返事は無く、ただ静寂のみが辺りを包み込んだ。


「誰もいないようだから、早く帰って手紙のことは忘れよう。そうすれば、何事もなくアデリアから出られるはず」


「あら、ここの鍵も空いてるわね」


「聞いてないし」


「聞いてるわよ。ヨゾラはもう私達が何をしに来たのか忘れちゃったのかしら」


「演奏?」


「その通りよ。演奏家が演奏をするために招待されたのよ、何もせずに帰るだなんて招待した貴族にも失礼になるわ。それに」

 

 言葉を言い含めながら、サキは玄関の扉に手を掛け、ゆっくりと扉を開いた。

 

「どうせ、夢だもの。普通ならできないことをしましょう」


「やっぱり、そう思うの?」


 呑気なことを言いながら二人は屋敷の中へ入って行った。



――――――――――――――




 古き無人の屋敷にフルートの音色が響き渡る。屋敷の天井から空いた大穴から陽の光が溢れ落ち、照らせた床はスポットライトのように演奏者を照らしていた。その演奏者が奏でる音色はすっかり廃れてしまったこの場所に合わせたもので、聞いた者が哀しさや寂しさをから涙を流すような曲だった。

 演奏が終わり、フルートを吹いていた女性が粛々とお辞儀をする。それを聞いていた銀髪の少年は呆気に取られていた。


「即興で作ったけど悪くない出来になったわ」

 

「こんなお化け屋敷みたいなところで、きっちり仕事をこなすの度胸は僕にはないかな」


 未だに怖気付いてるのか、曲が終わった途端ヨゾラは辺りを見回したりして挙動不審な様子だった。

 その予感が当たったのか誰もいないはずの屋敷の奥の方からゆっくりと足音が近いてきていた。


「やっぱり、誰かいるじゃん!」


 ヨゾラが驚きの声をあげると同時に足音の正体が姿を現す。


「誰ですか!?」


 唐突に出された大声にヨゾラはビクリと跳ね上がり、サキを盾にするように後ろへ隠れてしまった。

 声の主は屋敷の奥から現れたようで桃色の髪を一つに纏め軍服のような服を着た少女だった。


「この度は私どもをご招待いただきありがとうございます」


「は? 何を言ってるか知らねーですが、こっちは通報を受けて来てるんですよ。クソ忙しい中こんなところにまで来てるので、大人しく本官に捕まりやがれ犯罪者共」


 とても口の悪い少女が広い屋敷に響き渡るような声でサキとヨゾラに投降命令を出した。


「どうやら夢じゃないようね」


「そんなことは知ってたけどね!? 僕はさっさと逃げるからね!」


 サキを囮にする判断は早かった。ヨゾラは一目散に扉に向かい走り出ようとするが、何故か扉には鍵がかかっており開かなかった。

 少女の後ろの扉もいつの間にか閉じられていた。


「無駄ですよ。私の寵愛からは逃げられません」


 寵愛という言葉を聞いた二人は遠慮なしと言わんばかりに寵愛の証を光らせる。


「ほんっとうに、面倒事ばかり持ち込みますね!」


 少女はそう叫ぶと同時に右手に受けた円状の鎖の形をした寵愛の証を光らせる。


「寵愛武装」「《風の暗殺者》」


 二人の武装より一瞬遅れて少女が武装をする。

 

「《鉄鎖の番犬》」


 少女は先程と同じ軍服のような服装に頭には犬のような耳と臀部には尻尾が生えた獣人のような姿に変わり、首には枷、手には拳銃が握られていた。


「銃!?」


 ヨゾラが驚く声を上げた時には少女は拳銃を二発だけ撃っていた。武装した瞬間から回避行動を取っていたサキは余裕を持って避けられ、ヨゾラは慌てて避けたがサキよりも距離があったのと二発目の弾丸が向けられたためギリギリ避けられた。

 二人が別々の柱の影に隠れるのを見て、少女は出てくる一瞬を逃さないように集中していた。

 

「どうせこの部屋からは出られないんですから、早く捕まってくださいね」


 少女は猫撫で声で降伏勧告をしたが、お互いにそんなことをするとは思っておらず、ヨゾラは一度作戦を立てようとサキの元へ向かおうと隙を伺っていたので、サキは少しでも隙を作ろうと少女に声をかけた。


「治安を守るのが仕事の下級貴族様は余程暇なのね」


「どう見ても仕事中なのが盗っ人風情にはわからないんですかー、その足りない頭を少しは考えてみるのもいいですよー」


「そういえば、名前を聞いてなかったわね。貴女の名前はなんていうの?」


「牢にぶち込まれてる間に忘れそうですから、名乗っても意味ないですよー」


「なら、勝手に名前を付けて呼ぶとするわ」


 一瞬溜めを作ってからヨゾラに来るように合図を送る。ヨゾラは言われた通りに柱の影から飛び出すが、少女はそれを逃さなかった。


「カタリナ」

 

 しかし、サキの言葉に動揺した少女の銃弾は走るヨゾラに当たることはなく空を切った。そして、無事にヨゾラはサキの元へ来ることができた。

 

「そうね、カタリナ。カタリナ・ノルド・アデリアって名前かしら」


 しかし、フルネームを聞いた時にさらに少女は動揺した。


「その名前は……」


「有名になったことがない底辺貴族様は、自分の知名度も知らないほどに世間に疎かったのね」


「そこじゃないです」


 サキは動揺を誘うためにわざと名前の話題を出したのだが、少女から自分から墓穴を掘ったことを悟った。


「本官の名前はカタリナ・コルン・ピリスタです。そんな、大層な名前をしていません」


 サキの額には珍しく冷や汗が流れていた。その様子を見たヨゾラが代わりに話を切り返す。


「カタリナさんだっけ、それなら僕達に手紙とか送ってたりしたかな?」


「それより、そちらの女性の身柄を本官に引き渡してください。聞きたい事が増えました」


 立て直したサキが小声でヨゾラにこの後の作戦を指示をするとヨゾラは自身無さげに頷いた。サキ達がいる柱とカタリナの間には大した遮蔽も無く困難を極めていた。


「私も貴女には聞きたいことができたわ」


「奇遇なことですが、話は牢の中でもできますよ!」


 右手の寵愛の証を光らせながらサキが勢いよく柱の左側から飛び出した。それを見たカタリナが頭を狙い打ち抜くが、サキには当たらず通り抜けた。


「幻や影の類いなら全て解除してやるですよ。《封鎖された堅牢ロック・ザ・ゲート》」


 能力を発動させる直前、ヨゾラが開けようとした扉に向かって走り出すサキ。

 それを見たカタリナは小細工の全てを消すために自身の能力を部屋全体に向けて寵愛能力を発動させた。


「《解除処置シールド・ケア》!」


 周囲に光が溢れ、それに触れた影のサキが消えていき、本物のサキは能力の光りに紛れてカタリナの近くまで来ていた。

 カタリナは小細工が亡くなったサキに拳銃を向ける。


「《解除処置シールドケア》」


 再び影を展開し避けようとするサキだが、それを読んでいたのか、またもや影を消され逃げ場が無くなったサキに向かい銃弾を放つ。


「逮捕完了です」


 銃弾がサキに着弾した瞬間サキの体は鎖を巻きつかれた上に武装が解除され完全に身動きが取れない状態にされてしまった。


「天井」


 倒れゆくサキの言葉にもう一人の存在を思い出したカタリナは唯一の逃げ道である天井の穴に目を向けた。

 そこには穴に向かって風が吹くばかりで誰もいなかった。しかし、それを見たカタリナは戦闘ばかりで逃げられるという選択肢が頭になかった事に気づき、ヨゾラが風神の寵愛持ちで天井の穴から逃げたのだと理解した。

 その一瞬の隙、カタリナの頭には手斧が突き刺さっていた。

 

「はあ!?」


 突き刺さった手斧を傍目にカタリナは、倒れたサキの直前上にある二人が隠れていた柱に目をやると、そこには二本目の斧を振りかぶったヨゾラがいた。


「そういうことですか」


 自分はこの女に騙されたことに気づき残った力で銃を打とうとするが、それより速く二投目の手斧がカタリナの腕を斬り飛ばし、カタリナは光の粒子に包まれていった。

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