艶陽の都アデリアと皇妃候補
名無しの貴族からの手紙
高い建物が並ぶ街並みの中、その一角にひっそりと造られた彩り豊かな花々が植えられた自然公園。艶陽の都アデリアに住む人達が余暇を過ごすこの場所に、一組の男女を中心に人だかりができていた。
一人は長い黒髪を靡かせた長身の女性でフルートを使い流麗な曲を吹き響かせ、もう一人は短い銀髪の上から帽子を被り、首に布切れを巻いた褐色肌の異国人はギターを肩から下げ小柄ながらも精悍に弾き鳴らしていた。
二人が奏でる二重曲を老若男女、様々な人々が聞き入り、辺りに咲き誇っている花々も相まって一つの小さなコンサートのようだった。
いつしか演奏が終了し、人々からは溢れんばかりの拍手が二人の演奏者に送られた。
「「ご清聴いただきありがとうございます」」
二人が優美にお辞儀をすると、一層観客が盛り上がりを見せ、目の前に開かれていたギター入れのなかにチップが投げ込まれていく。
「それでは皆さま次の演奏会で会いましょう」
女性が今日の演奏は終了したことを宣言すると、観衆達は各々の生活に戻っていくのであった。
―――――――――――――――
ところかわり、宿屋「季節の実り」の一階のレストランで先程の男女が打ち上げをしていた。
「では、今日の演奏会を祝して乾杯」
「かんぱ〜い」
黒髪の女性サキが祝杯の挨拶をすると、銀髪の少年ヨゾラがそれに答えるように盃を交わす。
二人共、演奏会が無事に終わり一安心しているようだ。
「最近はヨゾラの演奏も様になって、私も嬉しい限りよ」
「こんなに稼げるのはサキちゃんに教えてもらってるからだよ。僕だけの力じゃない」
「それでも、あのように上達したのは貴方自身の努力の結果よ。いつも頑張ってて偉いわ」
そう言いながらサキはヨゾラの頭を撫でる。それをヨゾラは大人しく受け入れ満更でもない様子だ。
「まあ、最近は吟遊詩人とか物語を主軸に置いた人達が増えてきているから、演奏一筋でやってる僕達は流行に乗り遅れてるんだけどね」
「詩を詠うとなると、私は口が塞がっているからヨゾラが詠うことになりそうね。大勢の観客の前で後ろの人まで聞こえるような大きな声を出すことが貴方にできるかしら」
サキがそう言うとヨゾラは露骨に目を逸らし口を歪ませ「あはは……」と薄ら笑いを浮かべる。
彼はあがり症だった。
「冗談よ。人には得意なことと不得意なことがあるわ。無理にやらせて潰れてしまったら意味ないもの」
「サキちゃん……」
「心配しなくても詩人が必要になったら旅の仲間に加えるだけよ。あてはあるもの」
それだけ言うとサキはこの話題を切り上げると言わんばかりに料理を食べ始め、ヨゾラもそれに習って食事に齧りついた。
「聞いてて思ったのだけど、男の子ってその歳でも声変わりをするものなのね。再会した時より、声が低くなった気がするわ」
「そうかな。自分の声ってあまり意識しないから分からないんだけど。やっと僕にも成長期ってやつがが来たのかな」
「仮に成長期なのだとしたら、その小さな身長も伸びるといいわね」
ヨゾラはサキと年齢が同じでありながら、ヨゾラの方がサキより頭一つ分身長が小さかった
「サキちゃんって、人が気にしそうなことでも結構言うよね」
「こんな軽口、貴方と旧友くらいしか言わないわよ。それに、ヨゾラは身長のことなんて気にしてないじゃない」
「妹さんとはしなかったの」
「ヨゾラ。私には妹はいないわ、一人っ子だもの」
「そういえば、そうだった。少しうっかり」
ヨゾラはバツ悪そうに杯を傾けると、サキは懐かしむように続けた
「けど、そうね。例えいたとしても、私と妹はそういう関係にはならなかったと思うわ。きっと、私の妹にそんな話をすると間に受けて怒ってしまうもの」
「ふーん。結構、複雑なんだね」
知らなかったサキの一面を知りヨゾラは少し嬉しく思いながらも、同時に自分の過去と重ねてしまうことを苦しくも思っていた
「例え話よ。こんな妄想を聞きたければまた後で話してあげるわよ」
「こんなに具体的に妄想を話せるなら、サキちゃんの方が吟遊詩人に向いてるかもね」
「そしたら、口を二つにでも増やして演奏しようかしら」
「そんなことをしたら、お客さん寄ってこないよ」
その後、二人は和やかに笑いながら食事を楽しんだのであった。
食事が終わり、アフターティーを飲んでいたサキにヨゾラが一通の宛名がない手紙を差し出した。
「どこでこんなもの拾って来たのかしら」
「ゴミの中にはこんな手紙はないでしょ。これは今日のチップに混じってたものだよ」
「いつものように私か貴方への食事とかのお誘いでしょう。そんなものは無視するのが一番よ」
そう言いつつも、サキは手紙の封を懐から出した小さいナイフで切り、中身の内容を確認し始めた。
「旅の演奏家様へ…………」
手紙の内容は要約すると、貴女方の演奏に感動したので屋敷にて演奏を披露して欲しい、というものだった。
「これって楽に大金を手に入れるチャンスってことなのかな?」
「そんな内容だったら、財布が三ヶ月くらい乾かなくなるから嬉しいことよね」
「違うの?」
「とても残念ながら」
サキは宿屋からお湯を貰ってまで淹れた自前の安物の紅茶を一口だけ口にするとこう続けた。
「この手紙で厄介な事は二つ。一つは貴族様からの命令に近いから必ず行かなければならないことね。来なかったら、私兵を差し出して来る可能性があるということ」
「僕はこんなところで捕まりたくないからサキちゃんが囮になってね」
「それはいいのだけど、位が高い貴族の私兵って普通に寵愛能力を使ってくるから、私を囮にしたところで逃げるのは難しいわよ」
「そしたら、透明化して隠れるだけだから大丈夫だよ」
「私の知ってる範囲だと秤神と占術神、獣神の寵愛がヨゾラの透明化を無効化して追って来れるわね。もちろん、八百万の神だけ寵愛があるから私の知らない寵愛能力で捕まるかも知れないわね」
「逃げるのはやめて、大人しく貴族様の言う通りにした方が良いってこと?」
「この貴族の位が高ければの話よ」
「それでこの貴族野郎の位ってどれくらいなの?」
再び紅茶に口をつけたサキが一拍おいてから、手紙の封蝋を見ながら順を追って説明した。
「ある程度小さいところの貴族だと、皇帝が封蝋の紋章を統一させたから分かりやすくて助かったのよね」
「皇帝様も変なことするよね」
「栄枯盛衰が激しいのが貴族だもの、一々小さい貴族が十大貴族と似た紋章を作るものだから規制されしまったわ」
「んで、その封蝋の紋章は小さいところじゃないの?」
「紋章を見る限りはそうなるわね」
「うげぇ」
ヨゾラはうめきながら机に突っ伏した。その顔はこの後の獄中生活を想像しているようだ。その間もサキは優雅に紅茶を杯で飲んでいた。
「結局、二つ目の問題ってなんだったの」
「位の高い貴族ってそれだけ貴族の世界だと有名じゃない」
「そういうことにはなるね」
「さっきの妄想の話に戻るけど妄想上の私は、それなりに貴族社会には精通してることになってるのよ」
「なるほど? つまり、妄想の中のサキちゃんがこの紋章を知らないってことなの?」
「あくまで、妄想の話よ」
しばしの沈黙が流れた後、ヨゾラは再び机に顔面を擦り付けた。
「どう転んでも、クソ貴族様の招待には行かなきゃダメってことか……。短かったな、僕の人生」
「礼儀正しくしないと本当に捕まるから気をつけることね。あと、招待されたのは明日だから早めに寝なさい、私はもう寝るわ」
「はあ!?」
言うだけ言ってサキは部屋へ戻って行ってしまった。突然、明日だと言われたヨゾラは落ち込みながらサキの後を追うのであった。
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