死した令嬢の呪われた運命曲

漆山ネミル

寵愛を受けし者

 艶陽の都アデリアに続く森の中。その道外れにある陽だまりに二人の旅人が距離を取り向かい合っていた。両者の中には独特な緊張感があり、今にも何かが起こりそうな雰囲気を醸し出している。


「今日こそ私に勝って欲しいわね」


 一人は長い黒髪を靡かせた長身の女性で、その優雅な所作とは裏腹に、紫紺の瞳からは絶対的な自信と闘争心が感じられる。


「全く勝たせる気がないのによく言うよね」


 相対するのは、銀髪の上から帽子を被った褐色肌の少年で、その飄々とした佇まいとは裏腹に確かな気力が満ちていた。


「でも、私の読みだともう少しでヨゾラが勝てると思うわよ」


「サキちゃんさー、この前にも同じこと言ったわりには僕のこと倒してきたじゃん」


「あら、そうだったかしら。きっと、『神の寵愛』の力の調子が良かったのね」


「それが本当なら、今日も『寵愛』の力は調子が良いんだろうね」


 お互いに軽口を言い合っているが、二人とも緊張は緩めずに右手の甲を前に出す。

 その右手の甲には互いに違う形の紋章、『神の寵愛』の証が浮かび上がっており、サキと呼ばれた女性には四分音符が、ヨゾラと呼ばれた少年には鳥の羽が描かれていた。


「そろそろ始めるわよ」


 サキがそう宣言すると互いの証が強く光り始めた。

 

「《星の演奏家》」


「《風の暗殺者》」


 その瞬間、両者の右手の光が自身を包み込み、二人の姿を瞬時に変えてしまった。


「相変わらず、貴族様らしい派手な姿してるよね」

 

 サキは黒と金色の装飾が織りあった夜空のようなドレス姿になり、証が光る右手には銀色のフルートが握られ、これから演奏会にでも行くかのような格好をしていた。

 

「ヨゾラの姿も嫌いじゃないわよ、動きやすそうで」


 一方、ヨゾラの姿はフード付きの丈の短い外套を羽織り、腰には二丁の手斧を下げて、四肢の布地は少なく確かに動きやすい服装になっていた。


「褒めてもらえて嬉しいよ」


 そう言いつつ、ヨゾラは外套の内側に隠していた鋭く大きめのナイフをサキに向かって投げた。サキはそれをしっかり見切り、追撃に来たヨゾラが握った両手のナイフを軽々と弾き飛ばし、ヨゾラの腹部に足蹴りを入れるが深く入る前にヨゾラが後ろに飛び受身を取っていた。


「全く、格好の割には優雅さのカケラもないよね」


「なら、もっと優雅に戦ってあげてもいいわよ?」


「遠慮しとくよ!」


 再びヨゾラがサキに斬りかかるが先程と違い、いつの間にか腰から抜かれていた手斧を使い受け太刀するフルートを破壊しようとするが、サキはナイフより攻撃速度が遅くなった手斧を受けようとはせずに回避に徹する。

 埒が開かなくなったヨゾラは手斧を腰に戻し再びナイフで斬りかかるが、今度はフルートで力づくにナイフを叩き落とされ、そのままフルートで頭部を殴られそうになるところをギリギリで避け、再びナイフを投げ追撃を阻止しながら距離を取った。

 

「危なかったー。やっぱり、『寵愛』の能力抜きじゃサキちゃんに勝つのは厳しそうだね」


「あら、そうでもないわよ。ヨゾラの才能があれば私なんてきっとすぐに追い抜けるわよ」


「そんなに褒められると嬉しくなっちゃうじゃん」


 ヨゾラは右手に受けた寵愛の証を再び光らせる


「《夜風の饗宴ウェントゥス・キブス》」


 ヨゾラは恩寵能力を発動させ、外套したに隠した左手が何かを持つような仕草をする。


「《刺す風サリーレ》」


 言うと同時に右手でナイフを投げる。しかし、サキはそれを余裕を持って躱す。が、ナイフが当たっていないはずの腹部に斬り傷ができていた。そこから流れるのは血ではなく少量の光の粒子だった。


「『寵愛武装』中とはいえ、乙女の肌に傷をつけるのは紳士のやることかしら」


「傷つきたくないなら、さっさとその『武装』を解けばいいじゃん」


「乙女の肌がそんなにみたいの」


「それで勝てるならね」


 軽口を言い合う中、ヨゾラは再び右手ナイフを投げ、それをサキは再び避ける。だが、またしても当たっていないはずの右肩に切り傷ができ、そこから光の粒子が漏れ出る。


「急所を狙ってるのに、なかなか当たってくれないよね」


「その《夜風の饗宴ウェントゥス・キブス》って便利な能力が多くていいわよね。透明なナイフを作るだけの《刺す風》だってそう。《風神の寵愛》持ちは不可視な能力が多くて対処しづらいわ」

 

「ずっとそうやって、《刺す風》に当たり続けてくれればこっちも楽なんだけどね」

 

 今度は両手で一本ずつナイフを持ちそれを投げるが、実際に投げたナイフの数は六本。それをサキは見えている二本と《刺す風》の二本、計四本のナイフをフルートで叩き落とすが残りの二本が薄い右胸

と右足の太ももを掠り、そこからまた光の粒子が小さく漏れ出る。

 

「このまま削り倒してあげるよ」

 

「威勢が良くてなによりだわ」


 ヨゾラは再び透明なナイフを両手に三本ずつ持ち、それをサキへと投げる


「《煌めく万華の交響曲リスミー・シンフォニー》」

 

 それと同時にサキが右手に受けた寵愛の証を光らせ、能力を発動させる。


「《願いに向けた遁走曲スピリット・フーガ》」


 光に包まれたサキの身体がそのまま透明になり、投げられたナイフが空を切る。直後、実体化したサキがフルートを振りかぶった状態でヨゾラの正面に現れるが、それを読んでいたヨゾラは抜いていた両方の手斧で受けると同時にサキの腹部へ斬撃を入れようとするがサキは再び透明になって逃げられてしまう。

 

「はあー、これだから霊体化は厄介なんだよね」


「これでも弱点はあるのよ」


 誰もいないはずの空間から声が聞こえヨゾラはそちらを向くが、その反対であるヨゾラの後ろからサキが実体化する


「《流る風フルクシオ》」


 それより一歩早くヨゾラが能力で自身から流れる気流を作り出し、それに当たったサキに対して反撃をするため手斧で受け斬撃をいれようとするがまたサキに逃げられてしまう。


「霊体化中は攻撃できない。正確には干渉できないから攻撃できないだったかな?」

 

「そうよ。よく覚えていて偉いわ」


 こう話している間にもサキは攻撃の手を緩めずに実体化しては霊体化をするを繰り返し、ヨゾラはそれを手斧で受け反撃するということを繰り返していた。


「少し攻め気がないんじゃないかしら?」


「って言って、自分の能力切れを気にしてるんじゃない?」


「そうかもしれないわね。でも、その前に終幕にできるもの」


「それが虚勢じゃなきゃいいけどね」

 

 その瞬間、ヨゾラは風に何かが当たるのを感じた。


「《裂く風フェリーレ》!」


 そして、風を纏わせた斧でその何かを切り裂き、大きく光りの粒子が吹き出した。

 それはサキの左腕で肘の辺りが半分ほど切り裂かれ、動かせないほどの致命傷を負っていた。当のサキはヨゾラに視認されることなく、再び霊体化したようだった。


「腕一本かー。でも、それだけ能力量を減らせれば

持久戦は厳しくなったんじゃない?」


 サキは何も答えなかったが、代わりにヨゾラの風に再び何かが当たる感触があった。


「《裂く風フェリーレ》!」


 ヨゾラは決着を付けるべく、手斧に風を纏わせてそれを切り裂いた。しかし、それは切断された左腕で、サキの本体ではなかった。

 そのことに気づくと同時に、ヨゾラは背後の方で何かが当たるような干渉がした。


「おしかったわね」


 ヨゾラが反応するより早くサキは光りの粒子を纏ったフルートでヨゾラの後頭部を殴りつけた。


「残念」


 殴られたヨゾラは地面に倒れ込み、頭からは光りの粒子が大量に漏れ出ていた。

 

「はーあ、こうしてヨゾラは今日もまた負けるのでした」

 

「そのうち勝てるようになるわよ」


「それって後どのくらいかかるんだろうね」


 それだけ言い残すとヨゾラの身体は再び光に包まれ、武装前の姿に戻っていた。


「寵愛武装って本当に便利だわ」


 サキも右手の証を強く光らせ寵愛武装を解除し元の地味な旅人姿になった。


「武装化が無かったら僕の頭が見れないほど無残なことになってるよね」


「そうね、足りない知識が風穴からもっと漏れ出ることになるわね」


「そこまで僕の知識は軽くないよ」


 楽しそうに話し合いながら、サキがヨゾラに右手を差し出し、その手を握り返したヨゾラが地面から起き上がる。

 

「次は負けないよ」


「次は勝てるといいわね」


 見つめ合う二人の間には確かな絆と笑顔があり、それでいて互いに相手を倒す方法を脳裏に思い浮かべていた。

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