第8話 こじらせ男子の苦悩

「はぁ……」


 柊先輩をフッた。お友達から始めましょうとお茶を濁したものの、一世一代の告白を断ったことには変わりない。

 惜しいか惜しくないかと問われれば、まあ惜しいとは思う。独身貴族の夢を曲げても十分にお釣りがくる。先輩はそれぐらいスペックが高い。

 会話して分かるぐらいには善人だし、雰囲気はクールな癖して恋愛関係では可愛らしい。なにより容姿が凄い。

 そんな人から告白されたのだから、普通は即決で食いつく。俺自身、また聞きなら勿体ないと呆れるだろう。


「でもなぁ……」


 ただそれは一般論で、当事者となるとどうしても柊先輩の告白を受ける気にはならなかった。

 だって柊先輩は、明らかに『恋愛』そのものに熱を上げていた。俺のことはそこまで、いやかなりの割合で眼中に無かった気がするのだ。

 別にそれが悪いとは思わない。好きでもないのに恋人になる人間だって、世の中には沢山いる。恋愛感情なんて、結局はその程度な代物だ。

 それでも俺は柊先輩の告白を断った。理由は至って単純で、気付いた時には受けるという選択肢そのものが存在しなくなっていたから。


「無理だろアレは……。罪悪感が凄いんだよ」


 罪悪感。全てはこの一言に集約される。

 あの時の柊先輩が、俺には幼い子供に見えたのだ。実際に初恋なんて言っていたし、恋愛経験値的には似たようなものだろう。

『小さな女の子の告白を、真に受けることができるのか』と問われれば、普通に考えて無理だ。真に受ける方が馬鹿だ。

 もちろん、柊先輩は俺よりも年上だ。女児じゃない。だから別に付き合ったところで問題はないし、感覚的には俺の方がおかしなことを言っている自覚はある。

 それでも無理なんだよ。そう感じてしまった時点で無理だ。いくら見た目が大人であっても、男の欲望を向けることに拒否感がある。『不可能』ではなく、『拒否感』であるからこそキツい。

 何度もいうが柊先輩は美少女だ。そして俺は男だ。だから先輩の言動にドキリともするだろう。それは否定しないし、できない。

 でも同時に恋愛方面では『幼い』と感じてしまっているから、絶対に罪悪感が湧いてくる。女児にときめいてしまったとか、そういう倫理観からの自己嫌悪になること請け負いだ。

 ついでに言うと、年上の女性を勝手に女児認定して罪悪感が湧いてくることにも、罪悪感が湧いてくるだろう。

 嫌だよそんなの。身勝手なのは承知の上だが、常に後ろめたさが発生するような状況なんて、流石に遠慮したいんだ。ストレスで胃に穴が開きかねない。


「……これで良かったんだ」


 後悔していないと言えば嘘になるが、やはり自分の胃を考えるとアレだ。

 この一件も思い出として処理するべきなのだ。フッてしまった以上、柊先輩との縁もコレで切れるはずなのだから。

『お友達から』という断り文句の一環で、連絡先の交換はしたが……。まあ、普通に考えてフッた相手に連絡するなど、中々できやしない

 ちょっとだけ特別な一日になった。年上の先輩に告白されたり、クラスメートの追及を適当に躱したりした、そんな一日。

 学校が終われば、あとはいつも通りだ。そのままバイト先のマッサージ店に行って、残業を頼まれることも特になく、ピッタリ時間内で終了。

 自宅についた頃にはいい時間だったので、母さんの命令でこうして入浴タイム。

 これが俺の基本の生活リズム。なんてことのない毎週のルーティン。いつも通りの日常なのだ。


『──バカ兄! いつまでお風呂入ってんの!? 私も入るんだから、さっさと出てよ!』


 廊下の莉奈から文句が飛んできた。これもいつも通り。……こんないつも通りは勘弁してほしいんだけどなぁ。

 兄貴の都合を全く考えないワガママな妹。文句を言っても十倍になって返ってくるだけなので、ここは大人しく従うのが吉だ。

 まあ、考えごとのしすぎで普段以上に長風呂になっていたのは事実。これ以上は逆上せてしまうかもしれないし、いい加減風呂から上がるべきだろう。

 シャワーで身体を流し、タオルで水気を拭って、部屋着に着替える。ドライヤーは面倒だから自然乾燥。


「莉奈。出たぞー」

「遅い! 風呂で何やってたのよ。時間掛けるようなことない癖にさ」

「ボーっとしてただけ」

「あっそ。じゃあ待たせたお詫びってことで、いつもの奴、ちゃんとお願いね。念入りに」

「長風呂すら許されないのか俺は……」

「何か文句?」

「ないです」


 本当はあるけども。言ったところで無駄だろうから何も言わない。


「あ、そうだ。お兄ちゃんがお風呂入ってた時、何かLimeきてたよ。はいコレ」


 ……嫌な予感がする。


「……妹よ。何故、俺のスマホをわざわざ持ってきた?」


 この尽くされる側の妹が、こんな親切的行為をするはずがない。いや疑うとか以前に、通知一つでこうして持ってくる必要がない。


「だって通知に出てた名前。明らかに女の人だったもん。しかもチラッと見えた文章、何かやけに初々しさがあったし。……お兄ちゃん、もしかして彼女できた?」

「はっ!?」


 驚きのあまり、思わず文章を確認してしまった。隣では莉奈がニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべているが、それ以上に疑惑を晴らすことが俺の中では急務であった。

 いやだって、告白断った当日だぞまだ!? こんな短期間で連絡してくるか普通!?


『柊です。今日は色々とゴメンなさい。柚樹君に指摘されて、私は自分の間違いに気付きました。告白を断られて当然だと思っています。……でも、やっぱり私は柚樹君のことを諦めることができません。ですので提案通り、お友達から始めさせてください。よろしくお願いします』


──だが、スマホの画面に表示されていたのは、このようなメッセージ。送り主は当然ながら柊先輩。


「……え、冗談だったのにマジ? お兄ちゃん、本当に彼女……いや違う。告白されて断って、それでもってこと!? お兄ちゃん!?」


 莉奈が驚愕の表情を浮かべる。それほどまでに衝撃だったのだろう。……どれだけ俺が異性と縁がないと思っているんだコイツは。てか人のメッセージを見るな。


「お前な──」


 流石に文句を言ってもいいだろうと、口を開こうとしたその瞬間。またしてもスマホが震えた。

 画面を確認すると、今度はこんな文章が。


『追伸。こういうのを送った方が良いと聞いたので……恥ずかしいですがどうぞ』


──それと同時に送られてきたのは、淡い青のパジャマに身を包んだ、柊先輩の自撮り写真。しかも風呂上がりなのか、肌は薄らと朱に染まり、艶やかな黒髪はしっとり湿っていた。


「っ!?」


 咄嗟に画面を閉じた。何だあの破壊力!? てかあの人何やってんだ!? そして誰があの恋愛幼女に余計なことを吹き込んだ!?


「……お、お母さーん!! お兄ちゃんが、めっちゃ綺麗なお姉さんとイチャイチャしてる!! しかもパジャマ自撮り送らせてる!!」

「誤解を招く言い方はおヤメになって!?」


 ええいっ、犯人追及は後だ!! 今は風呂に入らず駆け出した妹を止める!! 情報の拡散は防げぬとも、せめて流言だけは阻止しなければ!!

 ただし絶対に犯人は探す。ついでに連絡先交換した、スタッフ先輩方でグルチャを作って探し出す!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る