第9話 拗らせ男子の朝
「……眠った気がしない」
目覚ましの音で目が覚めた。起床時間は普段より早いが、睡眠時間に関してはいつも通りなはずなのに、悲しいぐらいに身体がダルい。
理由は分かっている。昨日の告白から始まり、莉奈による家族会議の開催。途中参加で引っ掻き回そうとしてきた姉さんとのガチ喧嘩。イベントが多すぎて疲れたんだ。
特に姉さんとのガチ喧嘩は駄目だ。怒るという行為自体が個人的には疲れるし、あの人は感情で喚くから会話にならない。
自分から喧嘩売っておいて、気に入らない対応されたら逆ギレするとかどうしろってんだよ。スマホ奪って勝手にメッセージ送信しようとするのは、キレられて当然だろうに……。
「……」
止めた。思い出すだけで寝起きが最悪になってくる。余計なことを考えてないで、さっさと朝の準備をしてしまおう。
部屋を出て洗面所に移動。顔洗って、歯を洗って、身嗜みを整える。
その途中で洗濯物を抱えた母さんと遭遇した。
「あ、おはよう柚樹。今日はいつもより早いじゃない」
「ん、はよ。ちょっとやりたいことがあって。……ああ、今日は姉さんの弁当作らないから。作るんだったら母さんが。それか自分でやらして」
「えー。昨日のことまだ怒ってるの? そう意地悪すると、お姉ちゃん後がうるさいわよ?」
「意地悪じゃなく当然の報いでしょ。何で被害者が加害者に気を遣わないといけないのさ」
「……面倒だから塩おにぎりでいいかしら」
「おい母親」
意地悪どうこう言ってた人の台詞ではねぇよ。ぶっちゃけ俺とどっこいどっこいじゃねぇか。
我が家の平日の朝はちと特殊だ。俺が自炊の練習をしたいので、飯関係は俺がやることになっている。母さんはその間に、洗濯物を片付けている。
最初に父、姉、俺、莉奈の弁当を作る。で、残ったオカズを朝食に回すのがいつものルーティンなのだが……。
今日に関しては、姉さんの弁当も作る気にならない。流石に昨日のアレは我慢ならんってことで、あの人は除け者にする。
「まあ良いや。塩おにぎりならいい気味だ」
母さんまで面倒がるのは予想外だったが、気分の方は悪くない。
「あ、あと冷蔵庫の鶏モモ使うよ。ステーキ作るから。……あとは卵焼きに、冷食のきんぴら、ハムチーズか」
「全部お姉ちゃんの好物じゃないの。早く起きたのはそれが狙いか。……陰険ねぇ」
母さんが何か言っているが、聞こえない振りをしてキッチンに向かう。
姉さんは大学生。講義の関係で起きてくるのは九時。既に俺はいない。だから存分にやってしまおう。
「うしっ! 今日は普段より時間掛かるから、テキパキやらんとな!」
まずは鶏モモの下処理。血合いと汚い脂、筋をとって両面に塩を振る。そうしてバットに移して十五分ほど放置。これで臭みと水分を抜く。肉が乾燥しないようにラップをすることも忘れない。
で、鶏モモを寝かしてる間に卵焼きだ。卵は多めに四個。だしと砂糖、塩などは目分量。手抜きではなくこれは慣れだ。
そして切るように卵を混ぜたあと、濾し器を使って舌触りを整える。この一手間は惜しまない。
で、あとは焼いていく。火はあまり強くせず、油を染み込ませたキッチンペーパーを使って油を馴染ませ、卵を投入。
入れるのは少量づつ。液が残ってる状態で速攻で巻いて、巻いたものは上に。そしてまた少量卵液を足して、巻いた卵の下に潜らせる。これを繰り返す。
「……うしっ!」
ひとまず卵焼きは完成。一目でふわふわだと分かる。あとは切って弁当箱に。
……まだ鶏モモは早めか。ならきんぴらを温めて、ハムチーズの方も作っておくかな。
これはどっちも簡単。冷食の方は温めるだけ。ハムチーズも、ハムにチーズを挟んで爪楊枝を刺すだけ。
で、弁当に詰めていく。……これだとちょっと彩りがアレか? 鶏モモステーキだとスペースも余る。
「ミニトマト突っ込んどくか」
弁当の強い味方。そのままで一品になり、彩りも鮮やかなミニトマト。洗って、軽く塩かけときゃ十分だろ。
「さて、メインディッシュ」
そろそろ鶏モモを焼いてしまおう。時間の問題もあるし、手早く処理を済ませてしまう。
まずキッチンペーパーで水気を取る。肉から抜けた水分を拭わないと、火入れに都合が悪い。
後は臭みとりにローズマリーとニンニクを用意し、フライパンをセット。
火はじっくり加熱するので弱中火。油は焼いてる途中でかけたりするので、オリーブオイルは多めに。
「よっと」
加熱しきる前に鶏モモ投入。皮を下にすることは忘れない。そしてローズマリーとニンニクを追加して、風味付け。
で、ここでさっと鶏モモの上にアルミホイルをひく。その上に重しとして耐熱皿を乗っけて、焼き縮みを防いでムラなく焼いていく。
あとは皮がバリッとなるまで火入れ。その間に洗い物を済ませてしまおう。
「……アンタ、本当に手際よくなったわね……」
「んー?」
ササッと食器を洗っていると、母さんがキッチンにやってきた。洗濯物が終わったらしく、手伝いにきてくれたようだ。
「あ。残った卵焼き皿に盛って。おかずはそれと、昨日の味噌汁で十分かね? で、何が?」
「良いんじゃないの。……いや、だから。昔と比べて凄い上達したわねって。お弁当に朝ごはん、洗い物までそつなくこなせるようになっちゃてまぁ……」
「そりゃもう四年はやってるし。普通に慣れるよ」
「中二の頭からだもんねぇ。最初は直ぐに放り出すかと思ってたけど」
「それだけ切実だったんだって」
マジであの頃は酷かったからな。……姉さんが。中一の時は受験勉強のストレスで俺に当り、受験が終わったら開放感で俺をからかう。その後も、高校生活の頭の方はストレスをこっちにぶつけてくるし……。
最終的にこっちが鬱になりかけたわ。マジであの時に誓ったよ。一人になりたいって。
「お姉ちゃんもねぇ……。あの子はちょっとカッとなりやすいから」
「知らんよそんなの。あ、肉に戻るから洗い物代わって」
「はいはい」
えーと、重しとアルミホイルをどかして、鶏皮は……ああ、うん。良い感じにバリッてなってる。
これならもう重しはいらないので、母さんに耐熱皿をパス。ついでにニンニクとローズマリーも処理してもらう。
「ニンニク、肉と一緒に食うと美味いんだけどねぇ……」
「ん? 食べちゃ駄目だった?」
「いや全然。流石に朝からそれは食えない」
臭いがね。外出るから流石に無理。
……と、それはそれとして。ササッともう片面にも火を入れちゃおう。
スプーンでオリーブオイルをパッパッパッと。何度も熱いオイルを掛けて、赤い部分を無くす。
ラストは火を止めて、予熱を利用しながらオイルを掛けていき──
「よし完成」
「……またえげつないの作ったわね。お姉ちゃん、マジで泣くわよコレ」
至高の焼き目のついた鶏モモステーキに、母さんが遠い目をして姉さんの部屋の方を向く。
まあ、コレの入った弁当がないとすれば、そりゃ悔しがるだろうさ。
「ちょっとどいて。まな板使う」
「どうぞ」
鶏モモをフライパンから移して、弁当に入るサイズにカットしていく。
包丁を入れるたびにザクッというクリスピーな音が。我ながら惚れ惚れする焼き加減だ。
「あとは均等に詰めて……」
「お母さんに一切れちょうだい」
「はいはい。俺もつまむ」
途中でちょっと減ったが、まあ問題無し。ステーキは全部弁当に詰め終わった。
流石にコレは朝のオカズには回せない。焼きたてが一番美味いのは承知しているが、弁当のメインなのだ。
朝飯でコレを食べてしまっては、弁当の時の楽しみが半減してしまう。
「……あら? その端っこの一切れはお弁当に入れないの?」
「それは姉さんにオカズに回して」
「……何で一切れだけ? オカズにしては少なくない?」
「実際に少量口にした方が、食べられないことを実感するでしょう?」
「アンタ、本当に陰険ねぇ……」
母さんが何か言っているが気にしない。
さて、洗い物して朝飯食って、諸々の準備して学校行くかぁ。
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