第7話 赤い糸は逃がさない
一世一代の告白だった。それこそ人生最初で最後かもしれない、そんな決意と覚悟で臨んだ告白だった。
『──ここは一旦ゴメンなさいです』
そしてフラれた。ものの見事に。それはもうあっさりと。
「……いやぁ、まさか円香をフる男子がいるなんて」
「驚きというか、なんというか……」
「しかも結構ズバッといったしね……」
なにかと私の世話を焼いてくれる三人、静香、亜子、陽菜乃も呆然としている。いや三人だけじゃなく、私の告白を見守ってくれてたクラスの女子全員が驚いていた。
私も同じだ。阿久根君が出ていったドアを、ただ未練がましく見つめていた。
「……円香、大丈夫?」
「え、ええ。だい、じょうぶ」
静香の問いになんとか言葉を返す。バレバレの強がりではあるけれど、一度弱音を吐いたら間違いなく耐えられない。色々なものが決壊する。
大丈夫なわけがない。大丈夫なわけがないけれど、恥も外聞もなく泣き喚くことはできない。
だって断られた理由が、どうしようもないぐらいの正論だったのだから
『あくまで俺が感じた印象です。失礼だと怒られることも承知で言います。怒ってくれても構いません。──柊先輩は、俺を好きじゃないと思います。あなたは恋愛対象になる相手がポッと現れて、浮かれてるだけかと』
こちらの心情に配慮し、しっかりと前置きを挟んだ上で告げられた正論。
できないと思ってた恋愛ができるとなって、舞い上がってるだけ。『恋に恋している状態』という表現は、想像以上に私の心に突き刺さった。
もちろん、咄嗟に反論しようとした。したけれども、それすら正論で封じられてしまった。
『俺になら、全力でこの気持ちをぶつけることができる。ならっていう接続詞が、多分ですが柊先輩の本音です。あなたは俺に固執していない。選択肢が俺しかないだけです』
この言葉が決定的だった。頭をハンマーで殴られたのかと思った。
「あんなこと言われたら、何も言えないもの……」
私が怒るかもと心配していたけれど、怒れるわけがない。むしろ私の方が軽蔑されてもおかしくなかった。
「いや、どうなんだろうねぇ……。私の感覚としては、別にそんなん気にすることじゃくね? ってなるけど」
「まあ、阿久根君って言動から結構な真面目君みたいだったし……」
「んー、私としては割とポイント高めかも。円香を任せるなら、あれぐらい真摯じゃないと」
三人が、というよりもクラス中で思い思いに感想が飛び始める。聞こえてくる限りだと、否定と肯定は半々。
否定的な意見で聞こえてくるのは『細かい』、『男なんだからガツっといけ』、『付き合ってから好きになるのも全然アリでしょ』、『面倒くさそう』とか。
逆に肯定的な意見では『真面目そう』、『ちゃんと考えて返答している』、『その場のテンションで行動しないところはグッド』、『容姿や人気に釣られないのは良いと思う』など。
多分、阿久根君がどうこうよりも、この辺りの意見のバラつきは、それぞれの好みなのだと思う。
男らしい、ワイルド系が好みの子たちは否定側。落ち着いた、物腰柔らかい系が好みの子たちは肯定側なのかなと。
「まー、結局は円香が全部決めることだよね。この後、一体どうするのかとか」
周りの意見について考えていたら、静香がそう言って私に矛先を向けてきた。
「どういうこと?」
「阿久根君を諦めるかどうか。こうしてフられたわけだし、気持ちをリセットするのも全然アリだと思う。今回を切っ掛けに、ちゃんと恋愛できるようになるかもしれないし」
「そーだねー。円香の心境からすれば、相性MAXは確かに魅力的だ。でも一度自分をフッた相手を好きでいられるかと言うと、この辺は結構分かれる部分だからね。私とかは速攻で冷めて次に行くし」
「逆に引き続きアタックするのもOK。別に完全に脈ナシってわけでもないんだから。阿久根の言いたかったのは『とりあえずお友達から始めてみませんか?』ってことだからね。連絡先も交換したし。相性はMAXっていうお墨付きがあるんだから、普通にアタック続ければサクッと落とせるでしょ」
三人から提示される選択肢。諦めるか、諦めないか。
多分だけど、これが私の人生の分岐点だ。振られたショックとか、そういう一時の感情に身を任せてしまったら後悔する。だからしっかり悩んで、悩み抜いて──
「……いいえ、悩むようなことじゃないわ」
ピシッと頬を叩く。考えるまでもない。結論なんて決まっているもの。
「──諦めない。私は阿久根君を……いや、柚樹君を本気で好きになる!」
恋に恋していた。それは否定しない。認める。でも始めて私自身で恋愛を体験することはできた。あの感覚は忘れられない。
あの素敵な体験を与えてくれた柚樹君。そして更にその上があると教えてくれた柚樹君。
この時点で彼はかけがえのない恩人。私の中で特別になっている。
私は柚樹君と恋愛をしたい。恋人になりたい。もし他に候補が現れても、私は柚樹がいいんだ。柚樹君じゃなきゃ嫌なんだ。
相性とか関係無しに、私の人生を変えてくれた柚樹君には、ずっと私の隣にいてほしい!!
「私は彼を好きになる。そしてそれ以上に、私のことを好きになってもらいたい。だから頑張る!」
「……よく言った! それでこそ私たちの親友!!」
「円香がそれで良いのなら、私たちは全力で応援するよ」
「最強恋占い師が、自分の恋に臆病なんて評判に関わるからねー。ガンガンいけぇ!」
「うん。ありがとう皆」
応援の言葉に胸が熱くなる。一年生の時から三人には、静香に至っては中学の時からずっと助けてもらっていた。
私の占いも手伝ってくれたし、トラブルが起こった時は解決のために奔走してくれた。
だから凄い嬉しい。私の思いを否定せずに、こうして背中を押してくれたことが何より頼もしい。
「他の皆も手伝うんだよ! 円香の占いを散々アテにしてきたんだからね。今度は私たちが協力する番だよ!」
「「「おー!」」」
三人だけじゃない。他の皆も私を手伝ってくれるという。……若干、声音から面白がってる気配を感じたけれど、それでも手を貸してくれるというのならとてもありがたい。
なにせ私は今さっき初恋を迎えた、いやこれから迎えようとしている恋愛初心者。恋占いで色々と頼られてきたけれど、恋愛経験という意味ではクラスの全員が先輩なんだ。
助言はいくらあっても足りない。どんどん吸収して、柚樹君に私を好きになってもらわなければ。
「……待っててね、柚樹君。絶対に私はキミに恋をして、キミも私に恋をさせてみせるから」
(……少なくとも円香の方はもう堕ちてない? そうでなくてもこれリーチでしょ)
(シッ! 仕方ないでしょ。今ようやく幼稚園、いや小学校低学年を卒業したんだから! このぐらいの年齢なら、チョロいのはもう仕様みたいなもんだから!)
(……やっぱり阿久根君みたいなタイプで良かったよ。円香の相手。下手な奴だと不安すぎる)
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