第6話 運命の人

 柊先輩が机に突っ伏してしまっている。すんすんと鼻をすする音も微かに聞こえてくる。

 盛大な自爆を見た。無関係な立場にいれば、そういう感想だけで終えることができたのだけど、当事者ともなるとそうは言ってはいられない。


「もう何なんですか本当に……」


 仕方ない。現実逃避は止めよう。このいたたまれない空間を早々に終わらせるために、しっかりと向き合おう。

 ただ言わせてもらいたいのは、向き合った上で全く状況が理解できないということ。


「柊先輩の話を聞く限り、何故か俺にご執心のようですが……。自分で言ってて恥ずかしいかつ、マジで意味が分かんないんですけど」

「ま、そんな反応にもなるよね。でも仕方ないことなんだよ。事実だから」

「評判からは想像つかないだろうけど、この子はマトモな恋愛経験ゼロみたいなの。いや冗談抜きでね」

「昨日から今日までの態度を見るに、多分小学生の方が恋愛慣れしてるわね」

「この人って最強恋占い師なんですよね!? 初恋云々もツッコミいれたいんですけど!!」


 柊先輩の立場で恋愛経験ゼロってどういうことなの……? 能力がメインと言えど、それでも恋愛相談も普通に受けてるよね絶対。


「……あー、その辺の説明ねぇ。私たちがしても良いんだけど」

「円香、そろそろアンタがちゃんと話しなさいよ。唸ってても『何だコイツ』って思われ続けるだけだよ」

「一番大事な部分もポロっと言っちゃってるし。マジでここら辺で行動しないとリカバリー効かなくなるよ」

「うぅぅっ……」


 スタッフ先輩方が、轟沈中の柊先輩の引き上げ作業に入りました。

 とりあえず、食べ終わった弁当を片付けておこう。何かしてないと気まずくてしょうがない。


「……わ、私がちゃんと説明します……」


 あ、ついに復活した。俺が追い詰められたとも言うのだけど。


「えっと、その、恥ずかしい話なのだけど。私、能力のせいで他人に恋愛感情を抱いたことがないというか……」


 超高性能人型マッチングアプリみたいな能力なのに……?


「私の能力、自分に使えないの。だから私と相性が良い人を、どうやっても探すことができない」

「あー」


 柊先輩の能力、自分が対象外なタイプだったのか。たまに聞く奴だ。


「でもこの能力があるせいで、人には最高の相性があるということを知っていた。小さい頃から、理解していたの。更に能力を使う内に、それで幸せになった人たちを何度も見てきた」

「それは……中々に残酷な現実ですね」


 能力云々が何で恋愛経験ゼロに繋がるのか、全然分かんなかったけど。ここまで言われてようやく察した。

『相性』というものを幼い頃から理解している。その実例も見ている。それを教える能力もある。

 でも自分だけはその恩恵に預かれない。一番理解しているはずの自分だけが蚊帳の外。能力の対象外。


「ずっと憧れてた。理想の相性、理想のカップル。そうして幸せになりたかった。でも私自身には、誰が『そう』なのかが分からなかった……!」

「それで、恋愛ができなかった?」

「そう。好きになった人が、運命のパートナーじゃないかもしれない。最高の手段を知っているからこそ、その考えがどうしても頭を過ぎってしまう」


 だから誰かと恋をしようとは思えなかった。だから誰かを愛そうとは思えなくなった。

 便利な能力を宿したジレンマ。コンプレックス。他人からすれば何だそりゃと思ってしまう、けれど本人にとっては無視することができない大問題。

 ……なんとなく親近感が湧く。俺も程度やタイプも違うが、似たような経験がある。だからこそ、大変だったんだろうなぁと感じる。


「普通はそれが当たり前なんだろうけど、確認を持てないということが私は本当に怖くて──結局、恋愛をすることができなくなった。私の占いはその代わり」


 いわゆる代償行為。自分が恋愛感情を抱けないから、他人の恋愛を後押しすることで、内なる欲求を発散していたのだという。

 ……重い。能力特有の苦悩には納得もするし、共感もできるけど。何で俺は昨日放課後にチョロっと会ったばかりの先輩と、こんな踏み込んだ会話をしているのだろうか?


「……でも、そこにキミが、阿久根君が現れたの! どうしたって見えなかった私の小指に、キミは赤い糸を結んでくれた!!」

「そ、そう、ですね。何でか知りませんが……」


 思わずたじろぐ。凄い熱量だ。熱に浮かされてるというか、言い方はおかしいけど、燃え滾るような情熱を感じる。


「昨日少し話したよね? 相性はパズルのピースみたいなもの。お互いにピタッとハマる」


 肉体、精神。全てのパーソナルを参照し、その上で互いに求め合う。そうなってしまうのが、赤い糸が繋ぐ相性というもの。横恋慕ですら、かなりの確率で成功してしまうぐらいに。


「ずっと諦めてた。それでも心の奥底で焦がれた。──だからキミの赤い糸が私の指に巻き付いた時、何が起きたか分からなかったのよ。突然のことで頭が真っ白になって、それでも『運命の人』って言葉だけは頭に浮かんで……気付いたら恥ずかしさと嬉しさで逃げてしまった」


 運命。確かにそうなのかもしれない。相手の赤い糸が自分の小指に巻き付く確率なんて、宝くじの一等を当てるよりも遥かに厳しいだろう。

 経緯だってそうだ。たまたま柊先輩が生徒手帳を落とし、たまたま俺がそれを拾った。そうして俺が直接届けた結果、たまたま占いを受けることになった。

 たまたまの連続。お互いに同じ高校に通っていたことも含めて、全ての偶然が噛み合った結果。

 柊先輩のバックボーンを考えると、これだけヒートアップすることも理解はできる。


「それでもこうして一日置いて……もう駄目だった。一晩中キミのことを考えてた。恥ずかしいことを言うけど、阿久根君は私がずっと待ってた白馬の王子様なのよ」

「凄い真面目な話をしているのは分かってるんですけど、その例えはちょっと遠慮してほしいですね……」


 白馬の王子様ってキャラでは断じてないので。背中が痒くなって仕方ないというか。


「でも事実だもの。私にとってはそれが真実。それだけずっと待っていたのよ?」

「あ、はい」


 気恥しさと、それ以上の喜びが宿った笑み。そんな柊先輩を前にしたら、これ以上は何も言うことができなかった。

 そしておもむろに柊先輩が背筋を伸ばす。


「阿久根君なら、私は全力でこの気持ちをぶつけることができる。──さっきうっかり零してしまったけれど、改めてちゃんと伝えさせてほしいの」


 大きく深呼吸。意を決したかのように、堂々と。でもよく見たら、微かに手が震えていた。


「──私は阿久根君が好きです。昨日の今日で、突然だという気持ちはもちろん理解できます。それでも好きです。大好きです。だから、私と付き合ってください」

「っ……!!」


 言われた。話の流れから予想はしていたけれど、実際に言葉にされると衝撃が凄い。

 人生初の告白だ。それも飛びきりの美少女からの。嬉しいかと問われれば……まあイエスだ。

 独身貴族を目指していようとも、異性が少しばかり苦手であろうとも。俺は健全な男子高校生であり、夢を見ることだってある。


「……」


 でもそれは空想だ。空想は空想だから楽しいんだ。こうして現実になるとは思っていなかったし、現実になった途端に思うところが出てきている。


「……」


 沈黙が続く。柊先輩はもちろん、スタッフ先輩方も、他の女子先輩方も固唾を飲んで俺の返事を待っている。

 それでも考えろ。ここで告げるべき言葉を。告白を受け入れるか、受け入れないかを。

 俺たちはお互いに何も知らない。知っているのは『相性の良さ』だけ。あとは今までの会話だけでしか、お互いを知らない。

 それでも普通に考えれば、受ける一択なのだろう。学校でもトップクラスの美少女から告白されるなど、まずありえないことだ。

 幸福を数値化したら、間違いなくこの瞬間こそが俺の人生の絶頂期。二度目は絶対に存在しない。

 それでも即決できない。俺の掲げる夢が邪魔する? ──いや違う。それもゼロとは言わないが、もっと違う部分が待ったを掛けている。冷静になれと言っている。


「……あー、そっか」


 しばらくの思考の末に、気付いた。柊先輩の印象を、会話を辿って分析していたら、何が待ったを掛けていたのかが理解できた。

 柊先輩の告白を、そこに至るまでの会話で感じた引っ掛かり。喉に刺さった魚の小骨のように、ずっと気になっていた違和感。

 学校一の人気者、芸能人顔負けの美少女。なにより柊先輩が放つ熱によって隠されていた、一つの事実。


「──柊先輩。あなたはアレだ。俺のこと、実はそんなに好きじゃないですよ。多分ですけど」

「……え?」


 そこから導き出される結論。


「理由は最後まで聞いてほしいので、是非とも慌てないでください。その上でまず結論を言うと、申し訳ないのですが、ここは一旦ゴメンなさいです」


 この告白は、断ろう。

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