#2 その光は破滅とならん
【#2 その光は破滅とならん】
数分でカルル村への最寄り駅に到着する。専用の特急魔行列車にかかればあっという間だ。
アーカシャのナビゲートを参考に、アクセルリスは更に駆ける。
◆
立ち入り禁止となっていたカルル村に、グラバースニッチは倒れていた。
「グラバースニッチさん!」
「アクセルリス……」
「大丈夫ですか? 今手当てします!」
「すまねぇ……ああ、痛え」
アクセルリスはグラバースニッチの体を調べる。
目立つのは火傷。至近距離でプルガトリオの攻撃を受けたのだろうか。
消毒を施し、火傷用の薬を塗る──その過程、アクセルリスは気付いた。
「……?」
グラバースニッチの肌に、キラキラとした粉が付着している。
アクセルリスがそれに触れると、粉はたちまち消えてなくなった。
吹き飛んだのではない。『消えた』のだ。
「グラバースニッチさん、これは?」
そう尋ねるが、彼女からの返答はない。既に眠っていた。
「なんだろう、これ。トガネわかる?」
〈知らないな。でも──何となく、オレには嫌な感じがする〉
「そっか」
〈……もうちょっとなんかリアクションとってくれよ〉
◆
「アクセルリス!」
程なくしてオルドヴァイスが残酷隊を率いて到着した。
「グラバースニッチは?」
「無事です!」
「そうか、良かった。医療班、グラバースニッチを連れて帰還せよ!」
「了解!」
残酷隊の数人がグラバースニッチをオルドヴァイスの使い魔に乗せ、来た道を戻って行った。
「我々はプルガトリオを追うぞ。まだ遠くまでは行っていないはずだ」
「作戦はありますか?」
「もちろん。私はこう見えて戦術家なんでね。あれを」
「は」
残酷隊の一人が持ってきたのは虫かご。中には数十匹の虫が入っている。
「これは?」
「《
確かに残酷隊はみな黒いゴーグルを装着している。これで光を弱めるのだろう。
「ほら、お前も」
同じゴーグルを渡される。重さはそれほどない。
付けてみると、確かに視界が暗くなる。が、行動に支障はなさそうだ。
「すぐに作戦を開始する。準備は良いか?」
アクセルリスと残酷隊は頷く。
「よし──行くぞ」
◆
《残酷隊》。そろそろ彼らの説明をしよう。
魔女機関はヴェルペルギース及びクリファトレシカ防衛の為に兵士を雇用している。それはバシカルの役職の一つに『兵士教練官』というものがあることからも伺える。
そしてその内、残酷魔女の傘下にある兵隊を残酷隊という。
残酷隊は主に残酷魔女の支援を任務としているが、彼らだけでも生半可な外道魔女を倒せるほどの実力と連携力を持つ。
そして、今回の緊急事態。出動したのは残酷隊の中でも優秀な戦力となる精鋭たちだ。
「《標的A》、外道魔女プルガトリオを発見しました」
斥候からの報告がオルドヴァイスに入る。
「奴らは今どこに?」
「森の中です」
「ンン、好都合だね」
「如何いたしましょう」
「──決まっている。総員、移動速度を上げよ! 今が狙い時だ、必ず仕留めるぞ!」
「了解!」
「……トガネ、いい?」
〈おう。何の用件だ?〉
「もしものときは──よろしくね」
〈もちろんだ。主の身を守るのが使い魔としての使命だからな!〉
「頼りにしてるよ」
◆
所変わって森の中。
木々は場所を争うように茂り、射し込む光もほんのわずか。
「暗い所にいると目がなまっちまいそうだな」
「…………」
森を歩いているのは二人。
片方は《標的A》──則ち《劫火の魔女プルガトリオ》。
そしてもう片方は少女。プルガトリオの手をしっかりと握り、彼女と並んで歩いている。
「しかしまあつまらん森だな。景色もあったもんじゃねえ」
「…………」
歩き続ける二人。と、少女の脚がもつれ、倒れかける。
「おっと、大丈夫か?」
プルガトリオの手を握っていたおかげで何とか転ばずに済んだ。どうにも、少女は足下が覚束ないようだった。
「……うん、ありがとう」
「さっきの奴らにやられた傷か? 痛むか?」
「ううん、違う。だいじょうぶ」
「そうか。ならよかった」
少女をしっかりと立たせて、また歩き始めた。
「全く……何なんだろうな最近は。この前は変な喋り方の魔女に勧誘されるし、今日は獣臭い魔女に襲われるし……物騒な世の中になったな」
少女は黙ってうなずく。
「やっぱり今求められているのは『救済』だな。私ももっと頑張らないとなあ」
プルガトリオがそうぼやき、少女が再びうなずいた。
その時だった。
二人の目の前に何かが投げ込まれる。
「なんだ?」
それは地面に接触すると同時に、強く強く光を放った。
「な──」
「──」
◆
「よし! 今だっ!」
オルドヴァイスの号令。光に包まれた森をアクセルリスと残酷隊が駆け抜ける。
今回用意した閃光蛍たちの光が続くのは長くて十秒。その間に仕留める。
遮光ゴーグルのおかげで、残酷体たちは閃光の中でも明確に敵を見分けられる。
それぞれがプルガトリオを狙い、剣を突き立てようとした。
だが──。
「しゃらくせぇな……!」
プルガトリオの声が聞こえた。アクセルリスは嫌な予感がした。
バチバチ、ボウボウと何かが弾ける音がした。
〈……ヤバいッ!〉
次の瞬間、大爆発が起こった。
◆
「う、う」
気付けばアクセルリスは倒れ伏していた。
全身が痛むが、命に別条はない。ただ、今すぐに立ち上がるのは難しいだろう。
〈危なかったな……無事か?〉
「うん──ありがと、トガネ」
爆発の瞬間、トガネはアクセルリスの体を爆発の衝撃から逃がすように引っ張っていた。そのおかげで傷は軽いもので済んだのだ。
自らの体をまさぐる。大きな傷は無い。ゴーグルは見事にへしゃげている。伝気石も損傷してしまっていて、機能を失っている。
「貴重品らしいんだけどな」
首だけを動かし、周囲の様子を見る。
辺り一面は焼け野原。木々は全て焼き払われたのか。
残酷隊の数名が黒焦げで倒れている。おそらく手遅れ。
だが生き残りも多い。当初の作戦こそ失敗となったが、まだ勝機はある──そう思ったアクセルリスが目にしたのは、悠然と立っているプルガトリオと少女だった。
「大丈夫か、シュガーレス」
「うん」
《シュガーレス》。それが少女の名前だった。
爆源であったプルガトリオの隣に居たのにも拘らず、彼女には傷一つない。
「よしよし。それでだシュガーレス、一つ頼まれてくれるか」
「なに」
「あそこの魔女の相手をしてもらっていいか? 死に損なったザコ共は私が片づけて来るから」
「わかった」
「ありがとう。ほら、アメだ」
「……ん」
渡されたアメを頬張りながら、シュガーレスはプルガトリオが指差した魔女を見る。
それはオルドヴァイスだ。
少々の火傷は負っているものの、戦闘に支障はないだろう。
「ンン、私も舐められたものだな」
彼女が持つ杖に、魔力で形成された青い刃が生み出される。
「私とて残酷魔女の一員、君のような小娘に遅れは取らないさ」
「どうでもいい」
「言ってくれるじゃないか!」
オルドヴァイスが動いた。一気に距離を詰め、一太刀でシュガーレスを刈る。
──だが、そうはならなかった。
オルドヴァイスの攻撃が当たる直前に、シュガーレスが光った。
「う──!?」
目が眩み、動きが止まってしまう。
そして──
〈おい、主! 身を守れ!〉
「な、な?」
〈いいから早く!〉
何かを感じ取って焦るトガネ、言われるがままにアクセルリスは鋼の障壁を目の前に生成した。
次の瞬間、シュガーレスがさらに強く光を放った。
「っ──!」
壁越しでも感じる閃光に、アクセルリスは目を閉じた。
「──う、どうなって……」
目を開けたアクセルリスが見たもの。
「あれ……壁がない」
訝しむアクセルリス。顔を上げる。
相変わらずそこにいるシュガーレスと、杖を振り上げたまま動かないオルドヴァイス。よく見るとその体は軽く震えている。
「え? 何が──」
そして、アクセルリスは異変に気付いた。
オルドヴァイスは目から、鼻から、耳から、口から、血を流す。
「ぐ…………あ?」
本人にも何が起こったか分かっていない様子。
──そんな彼女を、突如として強烈な苦痛の波が襲った。
「あ、あ、ああああああ!?」
耐え切れずに悲鳴を上げるオルドヴァイス。それでもなお使命を果たそうと、杖を振り下ろそうとする。
その望みは叶わなかった。代わりに、オルドヴァイスの手が杖もろとも落ちた。
落ちた──そう。彼女の手が『落ちた』のだ。
「あ……あ、あ」
冷静を欠いた今の彼女ではその情報を処理しきれない。
起きている異常にただ恐怖するしかできないのだ。
「ああああああああああっ!!」
恐怖の叫び声を上げるオルドヴァイス。その声も唐突に途切れる。
喉だ。喉が落ちたのだ。脱落という表現が合うだろう。
それを皮切りに、次々とオルドヴァイスの体が脱落していく。
太腿。肩。頬。それらは体から離れた後、光を発しながら蠢く生物に変貌する。
あっという間にオルドヴァイスの体は全て脱落した。
それと同時に、彼女の身につけていた衣服や装飾品も風化し、塵になる。
海の魔女だった物体たちも動きと光を止め、霧消する。
一瞬の内に、オルドヴァイスが存在した痕跡は消えてなくなった。
シュガーレスは魔女だったのだ。それも、極めて危険な。
【続く】
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます