#3 アテンの死
【#3 アテンの死】
──オルドヴァイスに何が起こったのか。
それはシュガーレスの放った光によるものだ。
《光の魔女》。それが彼女の称号。その名の通り、体の輪郭から光を放つ魔法を使う。
そしてこの光は二種類存在する。
一つは至って普通の光。当然害などはなく、間近で見た場合しばらく目が眩む程度のもの。
しかしもう一つ。これが凶悪であり──こちらの光は『あらゆる物体にとって極めて有害』なのだ。
無生物がこの光を十秒程度浴びた場合、急激に風化し、跡形も残さず塵になってしまう。
では、生物が同じくらい光を浴びた場合。
曝露者の細胞は急速な細胞組織の崩壊並びに遺伝子変異を引き起こす。
細胞の異常と拒絶反応により曝露者は強烈な苦痛と嫌悪感を味わうが、これで終わりではない。
変異を起こした体細胞は元々の体から剥離、脱落をし始める。当然これも激痛を伴う。
そうして生まれるのが、あの光り蠢く原生生物のような姿──シュガーレスはこれを《マカロン》と称する。
つまり、シュガーレスの光を浴びた者は、尋常ではない苦痛や嫌悪感に襲われながら、自分の体が自分でなくなっていく恐怖を味わい、跡さえ残らず消滅するのだ。
「……マカロン、すぐ死んじゃうね」
色の無い虹彩、感情の無い声。儚げで今にも消えてしまいそうな少女は、世界をも消してしまう力を秘めていた。
彼女自身にも負担がかかるので、連発・長使用できないのが不幸中の幸いか。
しかしその力は、アクセルリスを恐怖させるのには充分すぎた。
頼れる先輩であったオルドヴァイスが、一瞬で、消えてなくなったのだ。
「あ…………あ」
目は見開かれ、体の震えが止まらない。
遠くから聞こえてくる残酷隊の断末魔を聞いてもなお、彼女は動けない。
〈おいッ! 主ッ!〉
「っ!」
至近距離でのトガネの声でやっと我に返る。
〈逃げろッ!〉
幸い、シュガーレスはアクセルリスには気付いていない。
今から死に物狂いで逃げれば命拾いはするだろう。
アクセルリスの強い生存本能もそうしろと騒めく。
「私は──死にたくない」
しかし。
「でも、だから──私は逃げない」
本能が選んだのは、《抗戦》だった。
怯えながら逃げ出すよりも、殺される前に殺すことで生き延びる。その道を残酷な生存本能は選び上げた。
〈戦うのか!? アレと!?〉
「今みたいに壁を作れば身は守れる。敵に隙は多い。勝てないわけじゃない」
爆発でのダメージも和らいだ。アクセルリスは立ち上がる。
若干ふらつきながら、敵へ歩み寄る。
「…………?」
シュガーレスはまだアクセルリスに気が付かない。
彼女自身は光の有害性を受けないが、常に至近で光を浴びているため、目には負担がかかる。故にシュガーレスの視力は相当弱くなっているのだ。
(チャンスだ)
「だれかいるの?」
当然、アクセルリスは答えない。無言で掌の中にナイフを生成する。
(殺す)
明確な殺意をもって、シュガーレスの首元にそれを突き立てた。
「……ッ」
躱された。殺気を、悟られたか。
「だれか、いる」
シュガーレスは再び尋ねた。返答を待たず、その輪郭から光が漏れだす。
「あ」
一手遅れた。障壁を作らなければ。だが間に合わない。
──死ぬ。
〈だらああ!〉
救ったのはトガネだった。
彼は動きが止まったアクセルリスの体を操り、シュガーレスの顔面に拳を叩き込んだ。
「ぐぎゅ」
強い打撃を受けたシュガーレスは薄い紙のように吹き飛び、倒れる。妨害の介入により、寸での所で光の放出は止まった。
「トガネ……!」
〈へへっ、どうだ?〉
「ありがとね……マジで! 助かったよ!」
殴り飛ばされたシュガーレスはふらふらと立ち上がり、血を吐き捨てる。
「いたい」
「ごめんね、でも死んでもらう」
「なんで?」
「君が外道魔女だから──って、ん?」
自分の言ったことにアクセルリスは疑問を覚えた。
(シュガーレスは……外道魔女じゃない)
確かにシュガーレスはオルドヴァイスを殺した。それは十分外道魔女に認定される所業ではある。
だがシュガーレスは現在外道魔女とはされていない。それは今まで彼女が魔女機関に背く行いをした記録がないことを意味する。
ならば何故今こうして残酷魔女であるアクセルリスと殺すか殺されるかの瀬戸際で対峙しているのか。
それは──
「……ねえ」
「なに」
アクセルリスが問いかける。シュガーレスも警戒しつつ応える。
「君はなんでプルガトリオに付いていっているの?」
「ちがうよ」
「違う、って?」
「プルガトリオがわたしに付いてきてる」
「……え」
予想だにしなかった事実に、アクセルリスの言葉が詰まる。
「……何で?」
「ナイショ」
その時、シュガーレスは初めてアクセルリスの前で笑った。儚き少女には似合わぬ嘲け笑いだ。
彼女のその態度にアクセルリスは舌打ちする。
「……話にならない」
「もともとあなたとお話をする気はない」
シュガーレスの輪郭が白く仄光る。いつでも光を放射できる状態に戻った。
アクセルリスも距離を離し、光に備える。
おもむろに二本の指をアクセルリスに向けるシュガーレス。
そしてその輪郭から薄く光が漏れる。これは無害なものだ。
「……?」
アクセルリスが不審に思いながらも警戒していたとき、不意にそれは放たれた。
「うっ!?」
間一髪のところで躱す。
「今のは……」
〈光線、だな〉
光を細く収束させ、指先から放つ。トガネの言う通り、それはまさに光線。
シュガーレスからは薄い光が漏れ続けている。無害な光ならば連発が利くうえ、『最小限の光のみを放つ』というこの光線の性質が更なる連続使用を可能としている。
「……厄介だね」
〈全くだ。中距離はこれで牽制して、近距離ではあの物騒な光をぶっぱなすと〉
だがシュガーレスは攻撃の手を緩めない。二発、三発と続けて光線を放ち、アクセルリスを追い込む。
視力が衰えているのにも関わらずその狙いは精密だ。他の感覚、とりわけ『第六感』が優れているのだろう。
「ちぃ! トガネ、何か思いついた!?」
〈俺頼みかよ!? 無茶言うな!〉
「私の身体を操って不意討ちとかできない!?」
〈それはやってみたんだが……
「なんで! さっさと説明して!」
〈あいつの光線で影が分断されるんだよ! 影は光に逆らえねぇ!〉
「そういう事か……ッ!」
トガネによる支援も期待できない状況。
このまま防戦を続けていれば、いつかプルガトリオが戻ってくるだろう。そうなっては勝ち目がない。それまでに何とかするしかない。
「えい」
「くっ!」
放たれる光線。躱しきれない。鋼で障壁を生成し防御する。
だが超高密度の光の束は障壁を簡単に貫通し、アクセルリスの肩を穿つ。
「ぐあッ!」
致命傷ではないものの、痛みは小さくない。
初めての命中。だがシュガーレスは喜ばず、逆に首をかしげる。
「あれ、おかしいな。心臓をねらったんだけど」
その呟きをアクセルリスは聞き逃さなかった。
「──!」
アクセルリスの頭に、一つの可能性が浮かぶ。希望の光が。
「……トガネ。少し手伝ってほしいことがある」
〈なんだ?〉
「私の目になって」
〈は? どういうことだ?〉
「それは──」
魔女と使い魔が作戦を案じている間も、光線は放たれ続ける。
「──わかった?」
〈わかった、わかったケドよ、そんな事できるのか!?〉
「やらなきゃ死ぬ!」
アクセルリスの鬼気に圧倒されるトガネ。
「……行くよ」
〈……ああ〉
アクセルリスは回避行動を止め、立ち止まり、シュガーレスを睨み据える。
「……?」
シュガーレスは怪訝に思ったが、やることは変わらない。むしろ好都合だ。
指先一か所に光を収束し、一本の矢にして発射。この一撃で脳天を穿つ。
「来たッ!」
アクセルリスは再び障壁を貼る。いびつな形をしたそれは、簡単に破られる。
だが、それでいいのだ。
障壁により光線の進路は逸れ、アクセルリスの頬を掠める。アクセルリスは動じない。計算通りだからだ。
「トガネ!」
〈おう!〉
アクセルリスの腕が天を指差す。
そしてアクセルリスは再び光線の進路に障壁を生成。それに触れた光線はやはり進路を逸らす。
それを、繰り返す。
「なに……?」
光線が狂ったように宙を舞う。異様な光景にシュガーレスは怯え、後ずさる。
〈よし、今だ!〉
「行けェッ!」
空を指していたアクセルリスの腕が、シュガーレスへと向けられた。
それと同時に最後の障壁が出現。それを貫いた光線が逸れ、向かう先は──シュガーレスであった。
「うそ」
不意の一撃に彼女は反応できず、自らの放った光の矢が胸を貫く。
「ぎ」
そしてアクセルリスは、その一瞬を狙い済ましていた。
〈行け、主!〉
「うおおおおおッ! !」
「……!」
鬼神の如き形相で迫るアクセルリス。
シュガーレスは力を振り絞り、邪悪なる光を放つ。
アクセルリスは鋼による防御を行わない。
わずかなる差が生死を分けるこの局面において、俊敏性を落とす鋼の防御は悪手だからだ。
だが防壁なしでシュガーレスに接近することは、死への近道を意味する。
まさに、一か八か。殺るか、殺られるか──二人の魔女は光に包まれた。
◆
だがその光はすぐに収まり、消えた。
「はぁーッ、はぁーッ」
息を荒げているのはアクセルリス。──彼女は無事だ。
「……あ」
そしてシュガーレス。彼女の輪郭にもはや光は灯っていない。首には深い抉り痕。そこからは絶えず真っ赤な鮮血が迸る。
「プルガ……トリオ……」
ただでさえ白い彼女の肌が色を失っていく。
「せかいの……はてで……アメを…………」
か細い体は折れる様に倒れ込み、そのまま動かなくなった。
「はぁー…………」
膝をつくアクセルリス。間一髪であった。
手に握っていた肉塊を捨て、座り込む。彼女の肌はあちらこちらが蠢き、脱落していく。だが被害は軽い。
あと一瞬でも遅かったならば、自らも斃れていたに違いない──『生』の実感に自然と口角が上がる。
「ふ……へへ……」
生き残った。生き残ったのだ。これ以上の至福は無い。
涙が一粒溢れ、束の間の快楽を味わう。
【続く】
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