5話 煉獄、砂糖抜き
#1 不穏の灯火
──よく晴れた日だった。
カルル村は、自然に囲まれたのどかな村だった。
村人の数こそ少ないが、お互いに助け合い、仲良く平和に暮らしていた。
ある日、見慣れない女が村にやってきた。
そして、村人の九割が焼け死んだ。
【煉獄、砂糖抜き】
【#1 不穏の灯火】
「♪」
ヴェルペルギース行の魔行列車。
アクセルリスは窓の外の風景を眺めていた。
新たな家族、相棒のトガネはいまだ影の中で熟睡中。シェイダーである彼には昼夜は関係ない。好きな時に寝、必要があれば起きるのだ。気楽でいいわね、とはアイヤツバスの言。
と、そんなアクセルリスに聞き覚えのある声が話しかけてきた。
「おっ。おはよう、アクセルリス」
「あ、おはようございますアーカシャさん」
アーカシャだ。残酷魔女の一人で、アクセルリスにとっては先輩となる。
「これから出勤?」
「はいそうです。招集かかったので」
「緊急出動かい、大変だねぇ」
「え、アーカシャさんもですよね?」
「え?」
「残酷魔女の招集ですよ、伝令来てません?」
「……知らない情報」
「ええ……」
「ああ……やっと休みかと思ったのに……」
アーカシャは俯き顔を覆う。アクセルリスはただそれを見守るほか出来なかった。
「そういえば、お尋ねしたいことが一つあるんです」
「おっ? なんだいなんだい? 先輩である私が何でも教えてあげるよー」
そう言うアーカシャ。アクセルリスが偶然持ち合わせていたアメをあげたら元気になった。
「アーカシャさんはなぜ残酷魔女になったのですか?」
「私か。んーそうね、確かに気になるよね。どーしよっかな」
口の中でアメを転がしながらアーカシャは考える。
「ご存知の通り、私は完全な非戦闘員。情報の収集と整理が主な任務の、まあ裏方よね」
アーカシャはアクセルリスの目を覗き見る。真っ直ぐな銀色の眼差しに、全てを打ち明けることを決めた。
「──だから私はスカウトされたんじゃなく、自分の意志で残酷魔女へ入隊した」
「そういうケースもあるんですか。それではなぜ入隊を?」
「一人、許せないやつがいてね」
「外道魔女と確執が?」
「うん。ま、当時はまだ外道魔女じゃなかったんだけどね」
「それは……どういうことです?」
「──私には親友がいた。二人で魔女機関に入り、二人で仕事をこなしていた。何一つ不自由ない、楽しい日々だった。でも」
「……でも?」
「突然そいつは私以外の同僚を皆殺しにし、魔女機関を抜けだした。謀反ってやつよ」
「…………」
アクセルリスは息を飲む。
「それからそいつは外道魔女となり、魔女機関に追われる立場になった」
そう言う彼女は何故か笑っていた。
「私は……あいつに会って、何であんなことをしたかを聞く。そして、私がこの手で殺す。そう誓って、残酷魔女に入った」
息を吐き、とある魔女の名を口にする。
「《ゲデヒトニス・ヴァルガセンハイト》」
「え」
「そいつの名前。この前会ったんでしょ?」
「……はい」
ゲデヒトニス。先日まみえた二人の外道魔女の片割れ。
不気味なほど平板な態度と不可思議な話し方がアクセルリスに強い印象を残していた。
「私も会いたかったな、ゲデヒトニス」
アーカシャはそう言い目を閉じる。追想に沈んでいく。
アクセルリスはそれを邪魔しないよう、黙って車窓からの風景を眺めはじめた。
◆
魔都ヴェルペルギース。
そのシンボル、クリファトレシカの上空に光る月は普通のそれではない。
魔法によって作られた、
自ら光を放つそれは太陽に代わり、常夜の都であるヴェルペルギースに光を提供している。
「アクセルリス、ただいま参りました」
「同じくアーカシャ。今日は休みだと思ってたんだけどね、参った参った」
扉を開ける。中で待っていたのは二人。シャーデンフロイデとオルドヴァイスだ。
「よく来てくれた」
「ンン、待ってたよ」
「今日は何の任務だい、隊長?」
アーカシャはおどけた風にシャーデンフロイデの胸を小付く。
「フ──分かっている癖に。昨日発生した『村人焼殺事件』に関してだ」
「ああ、やっぱり?」
「私も新聞で拝見しました。凄惨な事件でしたね」
「いよいよ『標的A』の尻尾を掴むチャンスが回ってきたのだ。この機を逃がすわけにはいかない」
標的A。その名を聞き、残酷魔女たちの表情が硬くなる。
「現在グラバースニッチが現地へ調査に向かっている。今はその報告を待ち、我々の出方を決める」
「報告って言ってもどうやってやるの? カルル村ってそんな近くにある訳じゃないでしょ?」
再びおどけるアーカシャ。シャーデンフロイデも流石に飽きれ気味だ。
「とぼけおってからに。さっさと仕込みをしろ」
「はーい、冗談だって」
アーカシャは自らのデスクに座り、何やら色々弄っている。
「でも実際できるんですか? 《
事情を知らないアクセルリスは半信半疑だ。本当に遠隔地との連絡など出来るのだろうか。
「問題ないよ。私の魔法と『コレ』があればね」
そう言ってアーカシャが手に取ったのは虹色の石。さらに、彼女のデスクの上には大型の同じ色の石が置かれている。
「これは《
「は、はぁ……それでこれはどのような使い方を?」
いつになく興奮した様子のアーカシャを見てたじろぐが、聞くことは聞く。
「まず、この大きい方を『親機』、小さい方を『子機』とする」
「ほうほう」
「そして親機と子機に同じ魔法を与える」
「なるほど」
「それだけ」
「えっ」
余りにシンプルすぎる作り方に拍子抜けするアクセルリス。
「子機に魔力を注ぐと親機に魔力の周波が同調し、両機間で連絡が取れるっていうワケよ」
「すごーい」
「ホントにそう思ってる?」
「思ってますよ!」
二人がそんなやりとりをしていると、オルドヴァイスが何かに気付いた。
「あれ、何か光ってないか?」
「あっ、ホントだ」
親機が光っている。
「これは子機から通信が来てるっていうことだね」
「グラバースニッチか? 丁度良い、連絡を繋げよアーカシャ」
「あいあいさ!」
〈〈あー、あー。あ、繋がった!? ……んんっ、こちらグラバースニッチ〉〉
「問題なく繋がっているぞ。傷を癒したばかりなのにすまないな」
〈〈気にしなくていい、これが俺の仕事だからな。で、報告だ〉〉
「よろしく頼む」
三人も耳を傾ける。
〈〈昨日起きた第13次村人焼殺事件。問題なくカルル村に着いて、焼けた現場を見てきた……酷い有様だ。木片一つ残さず燃え尽きてやがる〉〉
「ほう。それで、匂いは?」
〈〈ああ、した。あれは間違いない、『標的A』のものだ〉〉
「やはりか、よし」
◆
標的A──その真名は《劫火の魔女プルガトリオ》。外道魔女の一人。
プルガトリオは現在、残酷魔女の最重要処分対象とされている。
何故か。
それは彼女の狂気性が原因となっている。
「外道魔女プルガトリオ。その活動が初めて観測されたのは1年前」
デスクに乗る大量の資料をかき分けながらアーカシャは語る。
「ある日環境部門から、とある小村の住人が一人残さず消えたとの報告を受けた。送られた調査員が見たのは、依然として残る家屋と、村の集会所があったはずの場所に残る焼け跡」
アクセルリスは黙って話を聞く。当時の現場を想像し、息を飲む。
「焼け跡からは何の痕跡も採れなかった。残されていたのは大量の灰だけだった」
〈〈あの時は何の匂いもしなかったな。時間が経ち過ぎたんだろう〉〉
「我々はこの事態にどうしようもできなかった。証拠もない、
「だが、そうはならなかった。数週間後、同じような事が別の村で起こったのだ」
「そして今度は、生き残りがいた。私たちはすぐに話を聞いた。」
話の内容はこう。
ある日、村に見慣れない格好の女がやって来た。女は少女を連れていた。
村人たちとは全く似つかない、きっぱりとした服を着ていた。どうも街の方から来たようだ。
そして、背に旗を掲げていた。『私が救います』と書かれた旗を。
女は村長と話をつけ、村の集会所を借りた。
なにやら講演のようなものを行うようであった。
女はこう言っていた。「救済を与えましょう」「あなた方を救います」「私に任せてください」と。
多くの村人が見に行った。おそらくは、そのほとんどが面白半分で。
参加しなかったこの村人は、農作業の傍ら集会所を眺めていた。
そして、時は訪れた。
集会所が一瞬にして劫火に包まれた。中にいる者たちの悲鳴が聞こえた。
あまりの出来事に身動きが取れなかった。
そうしているうちに火はすべてを焼き尽くした。
火炎が収まった後、集会所の跡を見た。何もなかった。誰もいなかった。
村人たちも、女と少女も。
全てが炎に消えたのだ。
「容姿、そしてグラバースニッチの調査結果から、その女は《劫火の魔女プルガトリオ》と特定できた。当時以前より外道魔女として登録されていたが、行方を眩ませていた魔女」
「かつてプルガトリオは敬虔な《デヴァイタル教徒》って有名だったんだけどね」
「総合的に考え、私たちは彼女の自殺と判断した」
〈〈無関係の人達を巻き込んでド派手にやりやがって、って思ったな〉〉
余りにも大勢を巻き込んだ無理心中。それで話が終わっていれば、全ては幸せだっただろう。
「だが事態は止まらなかった」
「同じ事件が起きたんですね」
「ンン、あのときはたまげたね」
〈〈あの野郎生きてやがったのかって、大騒ぎになったぜ〉〉
「それから何度も村人焼殺事件は発生した。我々はその度に調査を行い、その全てがプルガトリオが起こしたものだと暴いた」
「でも肝心のプルガトリオが見つからなくて。キリがないと思い始めてたけど、今やっとその痕跡を見つけられたようだね」
〈〈ああ。この匂いはまだ新しい。やっとあのクソッタレの尻尾を掴んだってことだ〉〉
「追えるか?」
〈〈当然。すぐに見つけ出してやる〉〉
「よし。ならば──」
シャーデンフロイデは目を閉じて息を吸う。残酷魔女たちの顔つきが強張る。
「これより外道魔女プルガトリオの処分作戦を開始する! グラバースニッチ、今すぐ標的の匂いを追え! 支援に《残酷隊》を向かわせる、無理はするなよ!」
〈〈了解ッ!〉〉
そう言って通信が切れた。
「我々は我々の出来ることをするぞ。アーカシャ、グラバースニッチの生体反応を随時更新し監視せよ」
「了解ー!」
「残酷隊プルガトリオ討伐班の班長には伝気石を渡してある。オルドヴァイスは彼らに通信を繋げ状況の説明と簡単な指揮をせよ」
「ンン、了解だ」
「アクセルリスは待機だ。万が一不測の事態が発生した場合、増援として向かって貰う。英気を養え」
「了解です!」
◆
20分が経った。
アーカシャからの報告は無い。グラバースニッチの体に別条はないようだ。
オルドヴァイスは残酷隊に《グラバースニッチと合流し、補佐をせよ》との指示を下していた。隊は無事グラバースニッチに追いついた。それからは指揮官として数分おきに隊との応答を行っている。
アクセルリスは黙って座っていた。この任務において自分の出番は無いに越したことはない。このままで良いのだ、と自問自答を繰り返す。
沈黙が続く部屋。全てが止まったと錯覚するほど。
このままグラバースニッチの凱旋を待つ──誰もがそう願っていた。
「!」
アーカシャが異変に気付く。それを報告するまでもなく、グラバースニッチからの通信が一方的に入る。
〈〈う……聞こえるか…………?〉〉
ノイズ混じりに苦しげな声が部屋に伝わる。
「……グラバースニッチの
「──え」
「何があった! 簡潔に報告せよ!」
〈〈しくじった……あいつら、タダもんじゃねえ……!〉〉
「状況は!?」
〈〈現在俺はできる限りの全速力で対象から離脱中だ……ああ痛え、全身が──〉〉
「討伐班は?」
〈〈今も戦っている──が、あの様子じゃじき全滅だ〉〉
「く……!」
想定しうる最悪の事態。一気に緊迫した空気が支配する。
〈〈俺ももうキツい……ちょっと休ませてくれ……〉〉
「分かった。すぐに増援を送る、お前は生き延びることを最優先に動け」
〈〈すまねえな…………〉〉
通信が切れる。アクセルリスは立ち上がった。
「行けアクセルリス! グラバースニッチの救援及び外道魔女プルガトリオの討伐を命じる!」
「了解!」
一刻も早く、グラバースニッチを助け、敵を殺す。アクセルリスは駆け出した。
「アクセルリス!」
背後から声が掛かる。オルドヴァイスだ。
「増援は私が連れてくから、あんたは先に行ってグラバースニッチを介抱して!」
「了解しました!」
「これ、救急箱! 出来る範囲での手当てをお願い!」
「はい!」
「あとこれ! 伝気石! 失くさないようにね!」
「了解です! アクセルリス推参します!」
投げ渡された救急箱と伝気石を手に、アクセルリスは更に速く駆け出した。
「トガネ、起きて!」
〈ンあ、なんだなんだ〉
「私たちの仕事だよ! 負傷した先輩を救助し、外道魔女を処分する!」
〈ああ、いつものアレね。りょーかい〉
プルガトリオによって滅ぼされた村の数々。奪われた多くの命。
アクセルリスには思う所があった。嫌でも思い出してしまう、かつての記憶。
「…………」
〈オイ、どうした? 顔が怖いぞ?〉
「えっ? そうだった?」
〈ウンウン。なんていうか、今までに何人か殺してきたような顔〉
「ほんと? ……まあ実際に何人か殺してきてるんだけどね。あはは」
〈笑えないぞ……〉
ブラックジョークでトガネの話を流しつつも、アクセルリスは思う。
(……わかるんだ、私)
理不尽な力で、突如今までの生活が壊される恐怖、怒り、悲しみを。
これ以上の被害を出さない。
その為にも、何としてでもプルガトリオを仕留める。
アクセルリスは強く、鋼のように決意した。
【続く】
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