#3 森の王の試練

【#3 森の王の試練】



 脇目も振らず森を駆け抜けるアクセルリスとアディスハハ。

 狂暴化した動物たちはもちろんの事、複雑怪奇な自然の迷宮が二人を苦しめる。

 まさに森の全てがその行く手を阻んでいるようであった。

 追手を躱し続け、やっと立ち止まる余裕ができた。


「くっそー! どれだけ走っても出口に辿り着けやしない!」

「ここさっきも通ったね……」

「ううう、走りっぱなしで脚が爆発しそう……」

「でも休む暇ないもんね」


 アクセルリスは耳を澄ます。飢えた獣の唸り声が聞こえる。近い。


「ここも安全じゃない。とにかく前に進まないと」

「くぅう、過酷すぎる……!」


 ロクに休憩も取れないまま、二人は再び走り出した。


「どうしよう、なんか策を考えないとジリ貧・オブ・アディスハハだよこれ」

「うーん……」


 走りながらアクセルリスは考える。

 これまでに現れた動物たちの傾向を。

 二人は動物と遭遇するたび、踵を返して逃げた。戦って撃退することは禁じられている。

 それをもう十回ほど繰り返しただろうか。

 走れども走れども出口は見えず、別の群れに出くわすのみ。


(どうしてどこに逃げても動物がいるんだろう……)


 アクセルリスは考えた。知識の魔女直伝の知識と環境部門長としての知識を総動員する。


(サケビタケの性質は『動物を興奮状態にし、自らの周りに呼び寄せる』こと。なのに今はあちこちに興奮した動物がいる)


 なにかが掴めそうな気がする。アクセルリスは更に集中。


(サケビタケが無数に生えていることはさっき聞こえた絶叫で把握済み。でも森全域の動物が興奮状態になるほどの量ではなかった)


 もう少し。もう少しで見える。アクセルリスとアディスハハの間隔が広がる。


(じゃあなんで私たちはどこに行っても動物と遭遇してしまうのか? それは──)


 一筋の光が差し込んだ。


「……ん?」


 ふと、アクセルリスは一つの可能性に気付く。


「もしかして……凄い単純な話だったのかも……」

「え? どういうこと?」


 アディスハハは振り向く。走る足は止めず、速度も落とさない。


「私たちは動物に遭遇するたびに引き返して逃げてきたよね」

「そうだね。傷付けちゃいけないから」

「……多分、それが問題なんだと思う」

「え? どういうこと?」

「仮説なんだけど──私たちは『囲まれている』んじゃないかって」

「な──」


 アディスハハの走るスピードが遅くなり、そのまま立ち止まる。


「それなら辻褄が合うと思わない?」

「……確かに。スタート地点は森の中心だった。なのにどの方角に逃げても動物たちに出遭うってことは……」

「洞穴をぐるりと囲むようにサケビタケが生えていて、同じように動物も集まっている、ってことだろうね」

「……なるほど。それじゃあ私たちがやるべきだったのは」

「強行突破、だった」


 活路を見出し頷き合う二人──その時、脇の茂みからガザガザと音がした。


「おっと?」

「噂をすれば……ってやつかな?」

「CHCHO……」


 現れたのは狼のような動物だった。


「アディスハハ、あれは?」

「《リングハウンド》。特殊な鳴き声で狩りをする狼の仲間だね」

「CCCHHHHHHHH!」


 リングハウンドは甲高い声で二人を威嚇する。その声に呼応するように、茂みの奥から更に数匹が現れた。


「GRRrrrr……」

「がお!」


 アクセルリスとアディスハハも負けじとリングハウンドを威嚇する。

 魔女と獣のにらみ合い。しびれを切らし先手を打ったのは獣陣営であった。


「CHOOOOOOOOO!!」

 リングハウンドの一頭が吠えながら飛び掛かる。

 その遠吠えは耳をつんざく高音で、二人の魔女は顔をしかめるが、問題なく回避する。

「CHAA!」

「おっと!」

 また別の個体がアクセルリスに襲いかかるが、生成した鋼の棒で急ブレーキをかけて避ける。

 だがリングハウンドは数で押す。次々とアクセルリスを狙った飛び掛かりを繰り出す。

「キリないなぁ、もう!」

 棒を用いたアクションで軽やかに躱す。アディスハハが気になったが、人の心配をしている場合ではない。

「CHCHCH!」

「君で最後かな!」

 棒の両脇に鋼の車輪を作り出し、地面を蹴る。加速したアクセルリスは避けた後そのまま戦線離脱。

「汎用性高いよね、私の魔法」

 自画自賛。横を見ればアディスハハも無事切り抜けたようだ。

「早いねアクセルリス」

「まぁねー。鍵落としてないよね?」

「もちろんだよ! ホレ」

 確かにその手にはしっかりと鍵が握られていた。

「よしよし。さて、これで遭遇率はがくっと下がったはず……なんだけど」

「……感じるね」


 二人は自分たちの周囲に無数の気配を感じていた。


「リングハウンドの遠吠えに反応したのかな」

「ちぇ。ハズレくじだったね」

「このまま袋叩きにされるつもりはないよね?」

「もちろん。とっととこの包囲網も抜け出しちゃおうか」


 アクセルリスはそのまままっすぐ駆け出す。アディスハハは周囲の警戒を行いながらそれに続く。


「見えたよ! 今度はお一人様!」

「GUUUU……」

 木々の奥に待ち構えていたのはクマだ。それも、アクセルリスの三倍はあろうかという巨躯。

「《ハグベア》……! 絶滅危惧種に指定されてる、珍しいクマさん!」

「環境部門の長としては興味深いサンプルだけど、それどころじゃないよね!」

 迫り来る巨大熊。二人は臆することなく駆ける。

「アディスハハ、私の足に掴まって!」

「おっけー!」

 言われた通り、腕からツタを伸ばしアクセルリスの足首に巻き付けた。

「鍵しっかり持っててね!」

「えっ何!? 何するつもりなの!?」

 アクセルリスはさっきよりも長い棒を生成し、その先端を大地に突き立て──

「うおりゃあああああ!」

 ──そして、跳んだ。

「うわああああああ!?」

 宙を舞う二人。アディスハハは何も聞かされていないうえ、命綱はツタ頼み。

「GOUOOOOO!」

 腕を振り上げるハグベア。二人のすぐそばを掠める。

「ひぃいいいい! 聞いてないよおおおお!?」

 叫ぶアディスハハ。その目からは涙が流れていた。無理もない。

「ごめんね! でも言ったら嫌がるだろうし!」

「ひょえええええええ!!」

 放物線を描き落下していく二人。

「着地は任せたよ!」

「ええええええノープランなの!?」

「そこまで考えてなかった」

「んー、かわいいいから許す!」

「やったー!」

 アディスハハが地面に魔力を籠めると、即座に二本の太いツタが地面から生えた。自由落下している二人の魔女を絡め取り、優しく着陸させる。

「よっと!」

「死ぬかと思った……」

 一安心も束の間、背後にいるハグベアの唸り声が聞こえる。

「っと、まだまだ安心するには早いね」

「だね。急ごう!」


 再び二人は駆けだした。


「……CHR」


 そんな二人を見つめる、虚空に浮く双眸があった。





 走り続ける二人。茂っていた木々も次第に減っていく。出口が近い証拠だ。


「おっ!」


 そして、光が見えた。


「アディスハハ、あとちょっとだよ!」

「うん! ラストスパート張り切ろう!」


 振り返るアクセルリス。元気に応えるアディスハハを見、視線を前に戻す。


「…………?」


 何か、嫌な感じがする。

 引っ張られるように再度振り向く。


「なに?」


 怪訝そうな顔でこちらを見つめるアディスハハ。

 アクセルリスはその後ろに、ギラリと輝く眼光を確かに捉えた。

 ──眼だけを、見た。


「……え?」

 アクセルリスが森の自然の中に潜む不自然に気付いた時、そいつは突然現れた。

 ──いや、突然ではなかった。最初からずっと二人を尾行していたのだ。

「きゃあっ!?」

 何かに足を取られ、転倒するアディスハハ。鍵が転がる。

「こいつは……!?」

「CCCCH、CCCCCCH!」

 それは獅子のような生物。口から伸びた舌がアディスハハの足を巻き取っていた。

「《カーメライオ》!?」

「姿を消してついてきてたの……!?」

 そう。カーメライオの最大の特徴は透過擬態能力。この能力を最大限発揮し獲物を捕らえるのだ。加えてそれに頼らずとも百獣の王たる戦闘能力を持つ。非常に厄介な頂点捕食者である。

「こいつぅ……! 舌がヌルヌル……!」

 カーメライオは舌を巻き取り獲物を捕らえようとする。

 木にしがみ付き、耐えるアディスハハ。

「ッ……」

 アクセルリスは次の行動を決めかね、狼狽えていた。

「アクセルリスっ!」

 そんな彼女にアディスハハの声が突き刺さる。

「鍵を持ち出して!」

「でもそれじゃあアディスハハが!」

「私はいい! 何とかするから! 早く!」

「く……!」


 鍵はすぐそばにある。拾って森の外に出るのは容易いだろう。しかし。

 アディスハハの体はだんだんとカーメライオの側へと傾いていく。耐えられるのもあと僅かな時間だろう。あるいは木が折れてしまうかもしれない。

 どうするか。アクセルリスが行動を選択するのに一秒もかからなかった。


「私は────!」

 本能が叫ぶまま、足元の鍵を思い切り蹴り飛ばした。残酷なる照準は狂うことなく、鍵はカーメライオへと直撃した。

「CHAAN!?」

「アクセルリス!?」

「アディスハハを置いて逃げるなんて……できない!」

 更に二本の鋼の槍を発射し、カーメライオに傷を負わせる。

 たまらず舌の拘束を緩める。その隙にアクセルリスはアディスハハを引き摺り出し、抱きかかえた。

「──」

「CHHHA……」

 痛みに吠えるカーマラオンには振り向かず、アディスハハを抱きかかえたまま森を出た。





 森の出口──いや、入り口というべきか。

 息を切らす二人の魔女。どちらにも怪我はないようだ。


「…………」

「…………」


 二人の間で沈黙が続く。先に口を開いたのは鋼の魔女だった。


「ごめんね、アディスハハ」


 アディスハハは何も言わない。アクセルリスはさらに続ける。


「勝手なことしちゃって……鍵もなくしちゃったし、カーマラオンには手を出しちゃったし」


 申し訳なさそうに目を逸らす。


「でも……私も、なんであんなことしたか──わかんないんだ。本当にごめん」

「……謝るのは私の方だよ」


 蕾の魔女も静かに声を紡いだ。


「アクセルリスがどれだけ私の事を大切に思ってくれてるかなんて、私が一番わかってたはずなのに……なのに私は……」

「大切、に──」


 その目には涙が浮かぶ。


「私は……!」


 アディスハハがそこまで言ったとき、アクセルリスは何も言わずその体を抱きしめた。


「え……」

「…………」


 何も言わなかった。咽び声だけが聞こえた。


「……うう」


 アディスハハもまた抱き返し、何も言わなかった。

 しばらくの間、二人の魔女が心を通じ合わせる音だけが響いていた。




「あー、そろそろいいか?」


 耐え切れず声をかけたのはフィアフィリアだった。


「ぎょえ!?」

「ひゃあ!?」


 二人は電撃のように離れる。


「いいいいい、いつから見てたの!?」

「……森から出てきた辺りから」

「最初・オブ・最初じゃん!? なんで声かけなかったの!?」

「いやぁ、何かいい雰囲気だったし……な」


 赤面する二人。何故そんな彼女たちの前にフィアフィリアは現れたのか。


「残念ながら、試練は失敗だ」

「……そうだよね、鍵は持ち出せてないし、森の動物も傷付けちゃったし」

「だが、あんたたちの挑戦を見ていた森の王が『友情を見て感銘を受けた』とのことで、特別賞品を贈与するそうだ」

「うそ」

「ほんとうだ」

「うわぁ……やったあ……!」


 悦びに満ちるアディスハハ。


「これだ」


 フィアフィリアが取り出したのは鉢に生えた小さな木。そこには実の代わりにきらびやかな宝石が実っていた。


「うわあ、綺麗!」

「これは?」

「《宝玉の樹》だと。結構なレアものらしいからな」

「そんなもの貰っていいの?」

「森の王が良いと言ってるんだ、ありがたく受け取れ」

「んじゃじゃ、お言葉に甘えちゃおうか!」


 宝玉の樹を受け取ったアディスハハは嬉しそうにそれを鑑賞し始めた。


「早速帰って飾ろう!」

「うん、そうだね」


 楽しげなアディスハハを見て、アクセルリスも心穏やかになる。


「それじゃあまたね!」

「色々お世話になったね。元気でね!」

「ああ、あんたたちこそ」


 案内人との別れをし、二人は帰路についた。





 華の空洞に続く道、洞窟を歩いている。


「いやぁ、色々あったねえ」

「そうだねー」

「結局、当初の目的だった大量のお宝は手に入らなかったね」

「そうだね。でも行ってよかったよ」

「うんうん。こんなに豪華なもの貰っちゃったもんね」

「それだけじゃないよ」

「え?」

「アクセルリスと心を一つにできたから」

「…………そうだね、きっと──そうだ」


 何か──まだ確かではない何かに納得しながら、アクセルリスは微笑する。横のアディスハハを見てみると、耳が赤い。


「……ふふふ」

「ちょ、ちょっと? 何かおかしかった?」

「いや、なにも?」

「あー! その表情、絶対何かあるでしょ!」

「無いってばー!」


 二人は和気藹々としながら、歩き続け、華の空洞に到着する。



【続く】

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