外伝:オリジン

#1 ACCEL・Start

 ここは《メダリオ村》。

 人口は五十人程度で、周囲には森、草原、野山。

 小さな農村ではあるが、豊かな自然に育まれ、村人皆が幸せに毎日を過ごしていた。



 ────はずだった。



 ある時、村の近くで小さな戦いが起きた。

 すぐに鎮まると思われていたそれはしかし、むしろその勢いを増していった。

 気付けばその戦いは巨大な戦争に変わっていた。

 村人たちは怯えながら、一刻も早く戦争が終わることを祈っていた。

 だが、その祈りも虚しく、戦の灯火はすぐには消えなかった。


 ────そして、ついにメダリオ村は戦火に巻き込まれた。



【残酷のアクセルリス/外伝:オリジン】



「う……ぅ?」


 一人の少女が目覚めた。


「わたし……何を」


 家できょうだいの面倒を見ていたはず……彼女の思考は追いつかない。

 それからすぐに、彼女は自分が血に塗れていることに気付いた。

 その大半が自らのものでないことも。


「え……」


 体が痛むが、動けないほどではない。

 なんとか立ち上がった彼女の眼には、信じがたい光景が広がっていた。


「な……」


 横たわる父、母、そして弟妹。みな血を流し動かない。


「父さん、母さん!?」


 両親のもとに駆け寄る。


「ぅ……ア……」

「しっかりして、大丈夫!?」

「お前は……生き……」

「父さん!? しっかりしてよ!?」


 少女の手の中で動かなくなった父。


「そんな……!」


 絶望する少女の耳に弱弱しい母の声が追い打ちをかける。


「ごめんね……ごめ……」

「待ってよ……母さんまで……!」


 打ちひしがれた少女だが、運命は彼女を休ませない。


「……」


 振り返る少女。目に映るのは弟、妹。

 潤んだ目で凝視するも、動く様子はない。


「なんでよ……さっきまで元気にはしゃいでたじゃん……!」


 大粒の涙が握りしめた拳に滴る。


「起きてよ……起きていつもみたいにバカやって私を困らせてよ!」


 悲痛な叫びが響くが、ただそれだけ。

 彼女に応える者はない。


「なんで……私が、私たちがなにをしたの……!」


 床を何度も何度も殴り付ける。木材の破片が刺さり血を流す。


「ああああああああああああああッ!!!!!」





 これは、少女が再び歩き始めるまでの前日譚。





 一日経過。


「……収まった?」


 少女は壁に開いた大きな穴から外を見る。

 昨日まで争いが絶えなかったのに、今ではそれが夢のように消えている。


「……夢だったらよかったのに」


 家族の死体を見下ろしそう呟いた。


「父さん……母さん……アズール……ギュールズ……パーピュア……」


 涙が溢れる。だが家族の死を悲しんでいる場合ではないのだ。

 自らの命を繋げる。それが今の彼女に課せられた運命。


「そうだ……私は生きなくちゃ……!」


 涙を拭き、少女は顔を上げた。生きるために、今出来る事をするのだ。





 少女はまず生き残りを探した。自分と同じ境遇の者がいれば、生き延びるのに有利になるだろうと。


 だが、現実は過酷だった。

 他の村人も皆死んでいた。博識で話し上手な村長も、実の娘のように可愛がってくれていた隣家の女性も、気難しいが根は優しかった青年も。

 たった一人生き残っていた男もいたが──少女の目の前で息絶えた。


「……」


 残っていたものと言えば、わずかな野菜と各家で育てていた家畜のみ。

 少女は生まれて初めての『孤独』を感じていた。同時に計り知れない恐怖をも。


「はは、あははは」


 笑った。途方に暮れ、成す術もない現状に笑った。泣きながら、笑った。





 少女は最初に家族を埋葬した。少しでも家族たちの魂が救われることを祈って。

 次に野菜を収穫した。幸い、村の井戸はまだ使えるようだった。

 だが当然、食べればなくなる。数日も経たないうちに、野菜は底を尽きた。元々数は心もとなかった。

 空腹を感じながら彷徨い歩いていた。


 そんな少女が目にしたのは、どこかの家で飼われていた鶏。


「……」


 歩くそれを見ていた少女の中で、何かが切れた。




「……はっ」


 少女は我に返る。

 その口元には鮮血。口内には肉の感触が残っている。


「あ……」


 恐る恐る手元を見る。同じように血塗れの腕に包まれていたのは、鶏。

 まだ動いている。まだ生きている。

 しかしその腹には何かに食い破られたかのような痕。


「あ……あ」


 少女はすべてを悟った。


「ああああああッッッ!!!」


 狂ったように鶏に噛みつき、その肉を貪り喰う。羽毛を飲み込み咳き込むが、それでもなお喰い続ける。

 残酷だ。自分は残酷なのだ。少女は一瞬だけそう思ったが、すぐに忘れてしまった。





 それから、どれだけの日が経ったのか、少女は覚えていない。

 着ていた服はあちこちが破け、返り血に染まっている。切ることもできず伸びきった髪はボサボサに乱れていた。

 そんな彼女がただいつものように、食料エサを探していたときだった。

 村だったものの入り口に誰かがいるのを見つけた。

 そしてその誰かは、こちらに近づいてきていた。


「……女?」


 どうやらそれは女の様だった。珍しい格好をしていた。

 高い背丈、ポケットの沢山ついた黒いコート、眼鏡の下で不敵に笑む目。

 女は少女の目の前で止まった。


「誰」


 少女が女を見る。その眼は獣の様だった。縄張りを守る獣。


「ごきげんよう。私は単なる旅の者よ」


 ウソだ、と少女は直観的に感じた。


「何の用」

「何も。ただ歩いていたら村が見えたから」

「残念だけど、メダリオ村ならもうないよ」


 少女は笑いながら言った。諦めの笑いだ。


「もうここは村じゃない。食べ物もない。財宝もない。村人も……みんな死んだ」

「あらあら」

「何もなくなった。だからもう村なんかじゃない。単なる、私の縄張りだ」


 少女は己に言い聞かせているかのようであった。


「ここに来たのは無駄だったね、旅のお姉さん」

「いえ、そうは思わないわ。だって、あなたに会えたもの」

「な────」


 予想を遥かに過ぎた言葉に、少女は戸惑う。


「私に?」

「そうよ」

「悪いけど……意味が分からない」

「そうでしょうとも。今の貴女には理解できないだろうし、する必要もない」


 女の意図が掴めず、少女は舌打ちする。


「……で、結局あんたは何がしたい訳? 私に会えたからって、それが何?」

「私は魔女よ」

「──魔女」


 その名は当然、聞いたことある。無い訳がない。

 だがこうして話を交わすのは少女にとって初めての体験だった。


「……魔女が何の用なのさ」

「貴女、私のところに来ない?」

「……は?」

「スカウトってやつね。私の下で修行して魔女にならないかってこと」


 予想外の連続に少女の頭は点滅していた。


「どう?」

「そんな……いきなりすぎてワケわかんないし」


 何とか考えを言葉に纏める。


「それにあんたとは今初めて会って……お互い素性も知らないし」

「それはこれから明かしていけばいい。誰だって最初は他人同士。そうでしょう?」

「う、それはそうだけど」

「まあ、無理強いはしないけど」


 少女は女が村を見渡しているのに気付く。


「貴女はここに残ることになるわね」

「……!」


 そうだ。ここで断ってしまえば少女はまた孤独に晒される。既に村には何も残っていない。そう言ったのは少女自身なのだ。

 明日も生きられるかどうか分からぬこの村に残ることは、自分にとって良いことなのか。

 少女は俯き、深く考えた。考えた末、結論に辿り着いた。



「……わかったよ」



 少女は顔を上げる。悠然と魔女を見つめる。その眼は獣の眼ではない。生きる希望に満ち溢れた、理性ある者の眼。


「あんた……いや、あなたに付いて行く」

「ふふ……いい答えね」


 魔女は優しく、妖しく、微笑んだ。まるで全てが思い通りであるかのように。


「それじゃあ最後になっちゃったけど……貴女の名前は?」

「私の名前は──」



 風が吹き、少女の銀色の髪が揺れる。

 前髪がなびき、銀色の眼がはっきりと見える。



「アクセルリス」


 その名は古の言葉で《銀》を現すと言われている。


「アクセルリス──いい名前ね」

「あなたは?」

「アイヤツバスよ。今は《知識の魔女》って呼ばれているわ」


 アクセルリスとアイヤツバス、二人はお互いの目を見合い、笑った。


「うふふ。これからよろしくね、可愛いお弟子さん」

「よろしく……お願いしますね。お師匠サマ」





 これは、アクセルリスが魔女として立ち上がるまでの前日譚。

 ここから彼女の物語は、新たに紡がれ始めた。



【オリジン おわり】

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