#3 はじめまして、私の影

【#3 はじめまして、私の影】



 アクセルリスの初仕事は(様々な騒ぎがあったものの)無事に終わった。


「……」


 この二日の出来事を反芻し、考え込む。

 だいたいは掴めた。環境部門としての仕事も、他部門との連携も。

 ああ、もう名実ともに邪悪魔女なのだな。

 自覚した途端、アクセルリスには勇気とやる気が湧いてくる。

 そうだ――邪悪魔女。高き存在。手が届いたのだ。


 なら。

 きっと、にも手が届く。からずっと忘れもしなかった存在に。

 銀色の魂の中、残酷が煮え滾っていく。


「────よっしゃーっ!」


 迸る興奮を抑え切れずベッドに飛び込んだ。

 アイヤツバスが丁寧に整えたベッドはよく弾む。

 相当な勢いで飛び込んだアクセルリスはバウンドする──それも派手に。そして。


「うぎゃ!?」


 気付いたときには床に叩き付けられていた。何が起こったのか、彼女には分からなかった。

 最後まで締まらないのがアクセルリスらしいといえよう。





 その日の夜。


「お師匠サマ、話って?」


 工房の地下、アクセルリスとアイヤツバスの二人は巨大な鍋を見下ろしていた。


「あら、もう忘れたの?」

「……あっ! ゴホービ!」

「そうそう。約束は守らなきゃ、ね」

「わーい!」

「じゃ、仕上げるわよ」


 アイヤツバスの周囲に四つの魔法陣が生まれる。それぞれの色は赤、青、緑、黄。

 それらは次々と鍋の中に放り込まれる。

 一つ、また一つと入れるたびに、鍋の中の液体が輝き、光る。


「お、おおお……」

 アクセルリスも未だ見たことのない魔法だ。何をするつもりなのかさっぱり見当が付かない。とにかくすごいということだけが分かる。

 その横、アイヤツバスは巨大な木の棒を操り、液体をかき混ぜる。


「アクセルリス、指出して」

「はい」

「ちょっと痛いわよ、ガマンしてね」

「え?」


 そう言うとアイヤツバスは差し出された指にナイフで傷を付ける。


「いたっ!」

「ごめんね、でもこれが大事なのよ」


 アクセルリスの指先から滴る血が不思議と鍋の中に吸い込まれる──すると、みるみるうちに液体の色が黒濁していく。


「これでよし。いくわよアクセルリス、覚悟はいい?」

「か、覚悟!? 何の覚悟!?」

「えいっ!」


 アイヤツバスが両手を合わせる。

 それに合わせて液体が泡立ち、間欠泉のように吹き上がる。


「うおおおお!? おおおお!?」


 思いもよらなかった事態にアクセルリスは驚き目を丸くする。

 そうこうしていると、未だ噴出を続けている黒濁の内より、赤い球のような光が飛び出してきた。


「なにあれー!?」


 その光は辺りを彷徨ったのち、アクセルリスの『影の中』に身を潜めた。

 そして、言葉を響かせた。


〈────ふぃー。生まれた生まれた〉

「うわぁー!? 何か入ってきたし喋った! 何者!?」

〈おいおい、何言ってんだ? アンタがオレのあるじだろうに〉

「へえ?」


 全く意味が分からないアクセルリス。


「ふふ、まあ無理もないわ。なにせ何も説明してないんだもの」

「お師匠サマ、こいつは一体!?」

「その子は《シェイダー》。《使い魔シーヴェ》ね。一人前になったあなたへの、私からのプレゼント」

「私の使い魔シーヴェ──って、なんで私が主ってことに!?」

〈血、頂いてますんで、まあ〉

「……そういうこと!?」

「そういうことね」

「はー、なるほどなるほど。シェイダー、でしたっけ、こいつの特徴は?」

「見ての通り、影の中に潜むこと。影の中を住処とし、影の中を生きる」

「ほほーん」


 アクセルリスはたった今生まれた自らの使い魔を観察する。

 やはり影の中にいるようだ。アクセルリスが動けば、その影の中を泳ぐように向こうも動く。


「そろそろ名前を付けてあげたらどう? 種族名で呼ぶのも何か味気ないし」

「名前、そうですね!」

〈オシャレなのでよろしくな!〉

「任せときなさいよ! 私のネーミングセンスはピカイチなんだから!」


 思考時間は30秒ほど。アクセルリスの答えは。


「《トガネ》!」

「……なるほど、トガネ」

〈……どういう意味なんだ?〉

「特にないっ!」

「……」

〈……〉


 これには流石のアイヤツバスも絶句。


「……えっと、まあ、じゃあそういうワケで」

〈おいおい待て待てそれでいいのか我が創造主そうぞうあるじ

「確かにあなたを創ったのは私だけど、主はアクセルリスだから……」

「そういうこと! 私の使い魔なんだから黙って従いなさい!」

〈……マジかよ〉


 トガネはそうぼやいたが、手遅れ。


「これからよろしくね! トガネ!」

〈あー、だな! 細かいことはもう気にしねえや! 今後ともよろしくだ、主!〉


 そんな訳で、アイヤツバス工房にまた愉快な仲間が増えた。

 彼女たちの物語は、まだ終わらない。



【鋼の唄 おわり】

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