#2 迷子と襲撃はフィールドワークの花

【#2 迷子と襲撃はフィールドワークの花】



 星クズの森。

 その名の通り、流れ星が多く観測できるロマンチックなスポットである。

 だが実際に星が地上まで落ちてきたという事例は過去にない──なかった。


「よりにもよってこんなとこに……」

「ミーティアによるものだとしたら相当なロマンチストだね」

「あはは、そうですね」


 アクセルリスは辺りを見渡す。

 流星を抜きにして見てみれば、何の変哲もない森だ。

 星がよく見えて綺麗という話も聞いていたが、今は《後のドラゴン》、真昼間。全く関係のない話である。


「どの辺に落ちたかは分かってる?」

「情報を貰ってます。森の中心からやや西、と」

「なるほどなるほど。んじゃパパッと行っちゃいますか」

「了解です」


 迷うことなく、どこか上機嫌な様子で突き進むオルドヴァイス。そして追従するアクセルリス。


「~♪」

「…………?」


 しばらく歩いたところで、違和感を抱く。


「……あの、オルドヴァイスさん」

「んん? どうかした?」

「本当にこっちで合ってるんですか?」

「合ってるでしょ。多分」

「多分」

「歩いてれば着くよ。きっと」

「きっと」


 やけに自信気なオルドヴァイスの顔を見て、アクセルリスはとりあえず様子を見ることにした。



 数十分後。


「あれっ」


 二人は森から出た。


「……オルドヴァイスさん」

「ンン、まあこんなこともある」

「あのですね」

「さあ行こうか」

「あの」

「さあ」

「……」


 アクセルリスは頭を抱えた。そして脳内辞書にこう書き加えた。

 『オルドヴァイス:方向音痴』と。





「お」


 それから森をさ迷い歩くことさらに数十分。二人はようやく目的地への到達に成功した。

 樹々生い茂る森の光景とは不釣り合いな存在。大きく抉られた大地──物体の墜落によって生み出されたクレーターである。


「やっと……着いた……」


 球粒のような汗を拭いながら、アクセルリスは言う。


「ははは、思ったより時間かかったね」

「なんでそんな元気なんですか!?」

「ンン。よくあるからね、こういうこと。慣れちゃったのかな」

「……はぁ」


 アクセルリスに休む暇はない。本当の仕事はここからなのだから。

 大きなクレーターの中心にはこれまた大きな隕石。直径はアクセルリスの背丈ほどもある。


「でかいな……よいしょっと」


 鋼のナイフで表面を削り取る。その破片を採取し、保存用ケースに収納。これでひとまずの仕事は完了だ。

 後はこれをクリファトレシカに持ち帰り、成分調査を行う。


「おつかれ。さて、んじゃ帰りますか」

「帰り道は私が先導しますので! オルドヴァイスさんは付いてきてください!」

「はいはい……っと?」

「どうしました?」

「何か来る」


 オルドヴァイスがそう言った直後──それは突然現れた。

 森のざわめき、風のいななきを引き起こし、二人の前に降り立った。


「────」

「な――《竜種ドラゴン》!?」


 青い鱗に包まれた巨大なドラゴン。鬱陶しそうに唸り声を出す。


「──────!」


 その存在が言わんとすることを、アクセルリスは強い本能で感じ取った。


「怒って……る?」

「こいつの縄張りだったのかな?」

「呑気言ってる場合ですか! とっととズラかりますよ!」

「ンン、逃げれるかなあ」

「は?」

「速そうじゃない、奴さん」

「じゃあどうするんですか!? 戦うんですか! 戦うんですね! 分かりました!」


 焦りで混乱するアクセルリス。やはり彼女は根本的に武闘派のようだ。


「待て待て、落ち着けって。グラバースニッチみたいだなお前」


 そんなアクセルリスを手で制止し、オルドヴァイスは一歩前に出る。


「何を……?」


 青いドラゴンと目を合わせる海の魔女。

 絶えず唸る竜をただひたすら見据える。


「……」


 アクセルリスはその様子を見守るしかない。冷汗が流れるのを感じ、槍を生成した。

 オルドヴァイスが動いた。彼女はドラゴンに向け手をかざした。

 ドラゴンはゆっくりと頭を近づけ、その手に鼻先を当てた。


「──え?」


 アクセルリスには何が起こっているのか理解できなかった。


「いい子いい子。すぐに出て行くから、ね」


 そう言うと、ドラゴンは軽く鳴き、飛び去った。


「な、なにが起き……?」

「ま、ちょっと会談をね」

「──すごい」

「さあ、一難去ったしまた一難来る前に帰還しましょ」

「あっ、はい!」


 何をしたかはよく分からなかったが、巨大な竜さえ従えてしまう彼女の大らかさにアクセルリスは感動を覚えた。

 《海の魔女》とはこういうことを指すのだなあ。そう思った。





 環境部門長室の扉が開かれる。その先にいたのはやつれた様子のアクセルリスだった。


「ただいま……帰還いたしました……」

「おや、お帰りなさいませアクセルリス様」


 カーネイルは手元の時計を見る。《ヤギの4》。

 ヴェルペルギースは常に夜ではあるが、時間の概念はある。


「予測よりも時間がかかっていますね、なにかトラブルが?」

「あはは……まあ、いろいろと……」


 まさか自分も迷う事になるとは思いもしていなかったアクセルリスであった。


「充分想定範囲ですので、お気になさらず。サンプルは私が提出しておきますので、本日はお休みください」

「分かりました。それでは」

「また明日もよろしくお願いします」

「はいっ」


 明日も。

 そうだ。もう自分は環境部門の長なのだ。

 自覚を強く持ち、気合を入れるアクセルリス。


 そんな感じなので寝つきの悪い夜となった。





 翌朝。


「どっわぁああー! 遅刻ちこ、ぎゃああああ!」


 ドタドタと階段を降り、案の定すっ転んだアクセルリス。

 豪快な転倒が招いた衝撃は、壁に掛かった絵や生けられていた花を落下させるのには充分。


「……おはよう、アクセルリス」

「お、おはようございます、お師匠サマ」

「よく眠れた?」

「……おかげさまで」

「まだ何とかなる時間だから、パンだけでも食べていきなさい」

「……はぁい」





「おはようございますっ!」


 気を取り直したアクセルリスは意気揚々と扉を開ける。


「おはようございますアクセルリス様。本日も励んで参りましょう」


 カーネイルは今日もにこやかに迎える。


「はいっ!」

「それではまず定期連絡ですが」

「異常は報告されてますか?」

「いえ、特にないようです」

「でしたらいつもの通りに現状維持、とお願いします」

「かしこまりました」


 カーネイルは無表情のままであるが、内心ではその手際の良さに驚いていた。

 かつてたった一日でここまでの適応を見せた者はいなかった。


「それではこちらが研究部門が解析を行ったデータになります」

「おお、これが」

「アクセルリス様にはこちらを情報管理室に持っていき、ミーティアとの関連性があるかどうかを調べて貰います」

「分かりました!」


 データを受け取ったアクセルリス。部屋を出ようとして、固まった。

 おかしな様子に気付いたカーネイルが声をかける。


「アクセルリス様?」

「情報管理室って……どこですか」

「存じ上げていませんでしたか」

「存じ上げていませんでした」





 クリファトレシカ97階。

 エレベーターが開くとそこは、白い空間が広がっていた。どこまでも果てしない、清潔な白。

 このフロア丸ごとが情報管理室なのだった。


「知らなかった……」


 呟きながら足を踏み入れるアクセルリス。

 そこには白い棚が綺麗に整列していた。しかし棚には何も置かれていないようだ。

 情報管理室に着いたのなら、その主である情報管理官に接触せよ、とカーネイルから聞いている。どこにいるかは聞いていない。

 とりあえず、フロアの中心部を目指すことにした。



 その途中、アクセルリスは魔女に気付く。

 白と黒の、不吉な感じのする魔装束を纏った魔女だ。


「こんにちは」

「……ごきげんよ」


 その魔女は色も白かった。美しく見えると同時に、こちらもやはり不吉な印象を残す。


「あれか、新任の」

「はい。新たに邪悪魔女に選んで頂いた、アクセルリスです」

「期待してるよ」

「ありがとうございます! 貴女のお名前は?」

「私は《フネネラル》」


 名乗ると魔女――フネネラルは立ち去った。

 去り際に一つ告げた。


「――すぐに忘れたほうがいい」


 アクセルリスにはその意味と意図が分からなかった。



 少し歩くとまた別の魔女に会った。

 このフロアと同じような色の魔装束を着た魔女。

 ドーナツ型テーブルの内側に座し、忙しなく作業を行っている──誰がどう見ても情報管理官そのものであった。


「すいませーん」

「はいはい! どうなさりまして?」

「私環境部門のアクセルリスという者でありまして」

「ああはい環境部門ですね! わたくし、情報管理官《解析の魔女マーキナー》と申します!」


 マーキナーはそう言いながらも作業の手を止めない。相当忙しいのだろうか。


「事情は把握しております、ミーティアの情報と採取サンプルの情報を照らし合わせるんですね!」

「はい、こちらそのデータになります」

「はいはい、それでは情報の整合を行いますので、少々お待ちを!」


 受け取ったデータを何やら弄っているが、門外漢なアクセルリスには何をやっているのかさっぱりわからなかった。


「……そういえば」


 手持ち無沙汰なアクセルリスの口から言葉がこぼれる。


「はい?」

「あ、お忙しい中すみません」

「いえいえ、大丈夫ですよ! それで、何か気がかりなことでも?」

「さっきここにいた方……《フネネラル》と名乗っていたんですが、『私の名前はすぐ忘れたほうがいい』……って」

「ああ、なるほど」


 心当たりがあるような言い方だった。


「あれはどういうことなのか、少し気になりまして」

「アクセルリス殿は着任してから日も浅かったですね、無理もなし」

「えっ?」

「彼女――フネネラルは《葬送の魔女》。どの部門にも所属しない、いわゆる《総督直属》の魔女であります。このわたくしも、でございますが!」


 作業のスピードを落とさずに話を紡ぐ。相当な手練れだ。


「総督直属は特殊な役割を与えられている魔女でありまして。直感で構いません、彼女は何を担当していると思いますか?」

「担当、そうですね……『処刑人』なんて──いやまさか、適当にも程がありました」

「おやおやおや。鋭いですね、アクセルリス殿」

「え」


 瞬間的に空気が冷え固まった感じがした。


「フネネラルの役職は《執行人》というもの」

「……」

「その任務は『裏切り者の抹殺』です」

「抹殺」

「あなた方《残酷魔女》の任務が『外道魔女の抹殺』である様に、《執行人》である彼女の任務は魔女機関内の謀反者を手早く暗殺すること」


 アクセルリスは息を飲んだ。そのような役職があったなどと、聞いたこともなかった。。


「ゆえに彼女の存在は不吉がられております。彼女が魔女の前に姿を現すことが、その魔女の死と直通していますからね」

「じゃあ名前って言うのは」

「いつしか彼女の名前を聞くことすら不吉とされるようになっていました。だからまあ、そういう事でしょう」

「そうだったんですか……」


 アクセルリスは心のどこかで彼女に『哀しさ』を覚えた。

 行っている任務は自分たちとあまり変わらないのに、こんなにも待遇に差が生まれるのか、と。

 このことを噛み締めて、アクセルリスはまた成長するのだろう。


「……よしっと! 解析終了いたしました!」

「どうです?」

「はい、確かに出ましたよ! このサンプルからは《隕石の魔女ミーティア》のものと全く同じ魔力が検出されました! それも濃厚に!」

「おお、ということは!」

「はい! 間違いなくミーティアによって生み出されたものでしょう!」

「おおおー!」

「こちら、そのことを纏めた書類になります」

「あっはい」


 感情の起伏が激しい。相当精神が摩耗しているのだろうか。


「ご協力ありがとうございました!」

「いえいえ! これがわたくしの仕事ですのでね!」


 マーキナーはにっこりと笑うが、目の下のクマは隠せない。相当忙しい職務なのだろうか、とアクセルリスは恐れた。


「またわたくしの力が必要になりましたらどうぞ!」

「はい! それでは、失礼しました」

「がんばってくださいねー!」

「はーい!」





「……はい。確かに確認いたしました」


 書類に不備が無いかを確認したカーネイル。彼女の眼に狂いはない。

「では、これは私が上層部に提出しておきます」

「よろしくお願いします」

「初仕事、お疲れ様でした。なかなか良いものであったと、私めの主観で感想を述べます」

「いえ、そんな。まだまだこれからですよ」

「ご謙遜なさらず。アクセルリス様の手腕はこのカーネイルが保障いたしましょう」

「そ、そうですか? でへへ」


 顔を赤くする。褒めるとすぐに調子に乗るのがアクセルリスという少女だ。


「重ね重ね、お疲れ様でした。本日の職務はこれで終了となりますので、存分に療養なさってください」

「分かりました。それじゃあ」

「また明日もお待ちしております」



【続く】

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る