3話 鋼の唄

#1 環境部門、初任務!

【鋼の唄】



 新任・邪悪魔女5i。鋼の魔女アクセルリス。

 これまで彼女は研修中の身であり、邪悪魔女としての職務は執り行っていなかった。

 そしてその研修も主な内容はアイヤツバスの手伝いで、今までの生活と変わりはほとんどなかった。

 そんな感じだったので、邪悪魔女の自覚も薄いままアクセルリスはたるみにたるみ切っていた。

 だがもちろん、そんな生活も長続きしない。



【#1 環境部門、初任務!】



 今日、アクセルリスははじめてのおしごとに向かう。

 彼女に任されるのは魔女機関・環境部門。前任者からの引継ぎだ。


「……はぁぁぁぁ~」


 大きなため息をつく。


「あらあら」


 とアイヤツバス。彼女は朝食の片づけ最中だ。


「どうしたのかしら? 何か悩みでも?」

「わかってるくせに~」

「あ、いじわるが過ぎたかしらね」


 テーブルに突っ伏し呻き声を上げるアクセルリス。


「緊張してるの?」

「そりゃあしますって……事実上の初出勤ですもん」

「まあ、そんなに気負わなくたって案外何とかなるものよ」

「ほんとですか~?」


 アイヤツバスのアドバイスを受けても半信半疑なアクセルリス。半開きの目で師を見つめる。


「はあ。しょうがないわね」


 弟子に見つめられ、何か観念したかのよう。


「初仕事が終わったらごほうびをあげるわ」

「なにっ!」


 がばり。起き上がり、さらにその勢いのまま立ち上がる。


「それは本当でしょうねお師匠サマ!」

「ええホントよ。内緒にしておきたかったのだけど」

「それは一体なんなんですか!?」

「ヒミツ。見てからのお楽しみ」

「ほお~!」


 目を輝かせるアクセルリス。


「俄然元気とやる気が湧いてきました! よーしっ!」


 ジャンプするアクセルリス。鋼の槍に着地。


「鋼の魔女及び邪悪魔女5i、環境部門担当アクセルリス! 行って参ります! 御達者で!」


 そして超スピードで発射されるアクセルリス。風圧で壁に掛かった絵や生けられていた花が吹き飛ぶ。


「……やれやれ」


 アイヤツバスは首を振り、自らの作業に戻る。


「我が弟子ながら、なんとまあ調子のいい……」





 魔都ヴェルペルギース。

 常夜の都の空には変わらず月が光り、魔女の都を見下ろす。

 その月に最も近い建物、それがクリファトレシカだ。『月穿塔』──そんな異名も付けられている。


 そんな魔女機関本部クリファトレシカ40階、環境部門部長室前。

 アクセルリスはその扉の前で立っていた。


「……」


 勇み足で辿り着いたは良いが、いざ扉を前にすると緊張がぶり返す。

 だがここまで来たからには後には退けないのも事実。

 アクセルリスは左手の甲に指で十字を書き、それを右手で覆う。そして大きく深呼吸。

 これはアクセルリス流のおまじないで、緊張をほぐすときや困難に直面した際に行うものである。


「……よしっ」


 意を決し、遂に動いた。


「おはようございます」


 扉を開ける。そこで待っていたのは一人の魔女だった。


「おはようございます、アクセルリス様」


 黒い黒い眼、そして髪。アクセルリスはその顔にどことなく既視感を覚えた。


「はじめまして、アクセルリスです」

「環境部門秘書を務めさせて頂いております、《冷静の魔女カーネイル》と申します。以後お見知り置きを」


 そう言うとカーネイルはお辞儀をした。アクセルリスもつい返す。

 疑問が浮かんだのはその後だった。


「……秘書?」

「はい、秘書。部門長である貴女の執務を誠心誠意補佐いたします」

「それは助かります!」

「ではまずアクセルリス様、我らが環境部門の職務についてはお知りですか?」

「まあ……大方は……」

「……念のため解説を致しましょう」

「……面目ない」



 《魔女機関フォルガニンタ・マジア》の幹部、《邪悪魔女マジア・ファルネス》は10人存在する。

 そしてその10人はそれぞれ異なった部門の長として仕事を行っているのだ。

 例えば9iアイヤツバスであれば古文書や遺跡の研究を行う《研究部門》。4iアディスハハであれば新薬の開発や製法の簡略化を行う《薬学部門》。

 そして5iのアクセルリスが担当しているのが、この《環境部門》となる。



「我々の主な仕事は三つございます」


 カーネイルが指折り数える。


「一つ。未だ手が加えられていない地域にエージェントを送り、拠点を建て、開拓すること」

「魔女機関の管轄外地域を減らす大切な仕事ですね」

「二つ。森林や河川の生態系を管理し、異常があれば対処すること」

「生き物たちの住む環境を守る大切な仕事ですね」

「三つ。他の部門からの依頼でフィールドワークを行うこと」

「魔女機関のみんなの手となり足となる大切な仕事ですね」

「ご理解いただけましたか?」

「はい、よーく分かりました」


 しみじみと頷いた。


「それでは、始めましょうか」


 カーネイルが示すがまま、アクセルリスは腰を下ろす。


「まずは各地の開拓班からの定期連絡です」

「はい」

「北方キユツバイ地方、担当班長ガイアガストより『異常なし。温かいスープでも飲みたい』」

「は、はぁ」

「南方ミーユラ地方、担当班長ジオゲイルより『異常なし。ここ食べる氷菓子はうまいな』」

「なるほど……?」

「平和そうですね。現状維持で探索を続けよ、と伝えておきますね」

「はい、お願いします」





「それでは次の職務ですが、何か希望はありますか」

「私が決めていいんですか?」

「ええ。今は余裕がありますし、仕事に慣れて頂くことが優先ですので」

「そうですね、ならフィールドワークがやりたいです」

「フィールドワークですか。一応お尋ねしますが、理由は如何ほどでしょうか?」

「私にはデスクワークよりも現場に出て動く方が向いてるから、ですね」


 沈思黙考よりも縦横無尽。それがアクセルリスなのである。


「適材適所は重要ですね。わかりました、それならば……」


 カーネイルは持っていた資料をめくっていく。そして一枚の書類を手渡してきた。


「今の状態ですしたらこちらが良いと思われます」

「どれどれ」


 銀色の眼が覗けば、そこには『星クズの森の墜落物体と準外道魔女ミーティア』との見出しが書かれてあった。


「先日《星クズの森》に何らかの物体が落下した事はご存知ですか?」

「はい、耳に挟んでます。おそらく隕石のたぐいだと」

「では《隕石の魔女ミーティア》については?」

「そちらも以前準外道魔女のリストで見ていたので。隕石を落とすという固有の魔法を持つ魔女と聞いています」

「でしたら話は早いですね。お察しの通り、この落下事件にミーティアが関わっている可能性が高いのです」


 『隕石』という言葉を綱に、事象は結ばれてゆく。


「ミーティアはこれまで各地で隕石を落とす事件を多発させており、危険性の観点から魔女機関からの禁止通告を受けておりました」

「それでもなお、無視して何度も繰り返していた、と」

「はい。ですので彼女は準外道魔女認定されることとなりました。そしてこの度の事件」

「もし今回もミーティアの仕業と分かれば、外道魔女への格上げも視野に入る──と」

「如何にもでございます。流石は残酷魔女の一員、お詳しい」


 そしてカーネイルは事件の背景を纏め、アクセルリスを任務へと導く。


「というわけですので、今回はまず現地に向かったのち、落下物のサンプルを採取して頂きます」

「はい」

「その後、サンプルを情報室に持ち込み、ミーティアによるものなのかどうかの検証を行うまでを此度の任務とします」

「承知しました、それでは早速行って参ります!」


 話を聞き終えたアクセルリスは持ち前の猛進っぷりを発揮し、部屋から飛び出そうとした。が。


「あ、お待ちくださいませ」

「おあーっ!?」


 急ブレーキでアクセルリスは転びかける。邪悪魔女としての意地で何とか持ちこたえた。


「な、なんでしょうか!?」

「一応、同行者を用意しております。初任務ですので、念には念を」

「あっはい。ありがとうございます。ぜひおねがいします」

「お入りください」


 がちゃりと扉が開く。部屋の前でずっと待機していたのだろうか、アクセルリスが飛び出していたら衝突事故となっていただろう。


「失礼します~」


 部屋に入ってきたのは海のように蒼い髪と眼を持つ魔女。その手には青い宝石の杖を持っている。

 そして、アクセルリスはその魔女に見覚えがあった。ない訳がないのだ。


「え」

「おや、お知り合いですか?」

「うん、まあ」


 そう言って微笑む魔女とは対照的に驚きの顔が隠せないアクセルリス。


「オルドヴァイスさん!?」


 《海の魔女オルドヴァイス》。残酷魔女の一人だ。


「おはよう、アクセルリス」

「なんでここに」

「あ、知らないの? 残酷魔女は普段各部門のメンバーとして働いてるんだよ」

「え、ええええ。そうだったのか……」


 衝撃の真実を知ったアクセルリスは、しばらく呆然としていた。



【続く】

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