#4 生ける屍の呼び声

【#4 生ける屍の呼び声】



「……任務終了だ」

「……はい」

「本部に帰還し、死体の魔女コフュン並びに宝玉の魔女ジェムジュエルの死亡を報告する」


 立ち去ろうとする二人。だが、何らかの気配を背後から感じた。

 瞬間的に振り返る。そこで見た光景に目を疑った。

 立っている。確実に死んだはずの、コフュンが。


「そんな、なんで!?」

「……ありえねぇ」

「ウフフ……ハハハ」


 正気の失われた笑い声が響く。


「ハハハハ! 見えた! 見えた! 理解した! 全ての真実! そしてその先が!」

「その先……?」


 思案していたグラバースニッチは一つの仮説に辿り着く。


「……まさか奴、自分をゾンビにしやがったと……?」


 確かに今際の際のコフュンの様子は明らかに不穏であった。

 あの呪いじみたサイン、そして霊魂のようなエネルギー。充分信憑性の高い仮説だ。


「……ハッ、だったらどうしたってんだ。何回でも殺してや──」

 そこまで言った途端、グラバースニッチは急激な吐き気に襲われた。耐え切れず、面頬の隙間から吐瀉物が漏れ出す。

「がッ……ッハァッ!?」

「グラバースニッチさん!?」

「ぐ……あァッ! あ、いつ何を……ッ!」

「ハハハハハ! 垣間見えたか! 理解したか! 向こう側が! かの真実が! ウフフフフ!」

 コフュンは例の呪いじみたサインを組んだ手をグラバースニッチへ向けていた。

 それは実際呪いであったのだろう。彼女は今なお、吐き気に加え酷い頭痛・腹痛に苛まれていた。

「ッ!」

 アクセルリスは迅速に動いた。

 呪いでグラバースニッチが戦闘不能になれば、次に狙われるのは自分。

 あのグラバースニッチですら手も足も出ないような強い呪いに、自分が対処できようか。否。

 故に、狙われる前に仕留める。

 幸いにして、周囲の鋼は残っていた。死体を殺すのには十分なほど。

「お前は死んだんだ──」

 アクセルリスが生成したのは鎌。それも巨大な。

 飛び上がり、明確な殺意と共に振り下ろす。

 コフュンがアクセルリスに気付いたが、もう遅い。

「なら黙って死んでろッ!」

「ア」

 コフュンの体を斜めに切り落とす。だが油断はしない。

「死ねッ!」

 ナイフを生成し斬首。だが相手は一度死んだ身。まだ油断は出来ない。

「死ねぇッ!!!」

 脚に厚い装甲を纏い、こぼれ落ちた首を踏み潰す。

 遺された身体がピクピクと痙攣していたが、じきに動かなくなった。





「大丈夫ですか、グラバースニッチさん」

「あァ、助かった」


 コフュンが完全に沈黙したのち、アクセルリスはグラバースニッチの容体を診ていた。

 死体の呪いは解けたものの、重い傷を負っていることに変わりはない。


「手を貸します」

「すまねえ、俺としたことが」

「早くちゃんと治療を受けたほうがいいです。早急に帰還しましょう」

「……だな」


 そして二人は忌々しき墓地を立ち去る。


 その最中、アクセルリスの肩を借りるグラバースニッチ──彼女は獣の本能で感じ取っていた。

 この銀色の奥底に眠っているを。





「……そうか、残念だ」


 アクセルリスから報告を聞き終えたシャーデンフロイデは言葉を零した。アーカシャ、アガルマト、ミクロマクロは沈黙のまま。

 グラバースニッチは負傷が激しかった故、治療を受けに向かっている。


「私が至らなかったゆえに、ジェムジュエルさんを救えず……」

「気に負わなくていい。こんな仕事だ、明日生きているかも分からぬ世界なのだ」

「……ありがとうございます」

「疲れただろう、お前も休むといい」

「はい、そうします。失礼しました」


 アクセルリスが退室して、シャーデンフロイデは考えた。

 感じた違和感についてだ。

 どうにも、アクセルリスは『ジェムジュエルを救えなかったこと』に関しては深く後悔をしているのだが、『ジェムジュエルの死』そのものについてはあまり気に留めていない様な感じがするのだ。


「気のせいだと、いいのだが」


 気のせいではないことは、自身が一番よく分かっていた。





 魔都ヴェルペルギース最北部、《テテュノーク駅》。

 そこにグラバースニッチはいた。黒い外套で傷を隠し、手負いを気取られることない歩みを見せる。


「……」


 このテテュノーク駅に限らず、ヴェルペルギースにある4つの駅は繰り返された増築の末、そのどれもが迷宮のように入り組んでいる。

 しかし任務の際に何度もこの駅を利用している彼女にとってそんな事は障害にすらならない。

 黙々と歩き、すぐに目的地である8番ホームへとたどり着く。

 そこでグラバースニッチが見たのは、停車しているたった二両の魔行列車と一人の魔女だった。身に纏う駅員服からは、彼女の立場が伺える。

 そして彼女はこちらに気付くと笑顔で近寄り、こう言った。


「はいやいや! こんばんはですねグラバースニッチ殿! わたくしが《鉄道の魔女ディサイシヴ》であります!」

「……あァ、知ってる。よく知ってるとも」

「おっと。以前お会いしていましたね、これは失敬失敬!」

「シャーカッハから話は伝わってるか?」

「それはもちろん! つつがなく! 《湯源郷》行の魔行列車、貸切し、発車準備整っております!」


 ディサイシヴが合図を送ると、魔行列車のドアが開く。


「それと、もう一つ伝言を預かっております!」

「なんだ?」

「『アラクニーとも話が付いているため、湯治が済んだならば性急に帰投するべし』と!」

「はァ、そうか」


 グラバースニッチは露骨に嫌な顔をするが、ディサイシヴは気にしない。


「それではどうぞ! 快適な旅をお楽しみくださいませ!」


 満面の笑みと敬礼でグラバースニッチを見送るディサイシヴ、それとは対照的にグラバースニッチはそれを一瞥もせず乗車する。

 最上級の座席に腰掛け、こうぼやいた。


「こんなに気の乗らない温泉旅行は初めてだ……」





 そしてアクセルリス。アイヤツバス工房に戻ってきた彼女の様子は普段からは想像もつかないほどに弱り疲れ果てていた。


「お師匠サマぁぁぁぁ……」


 今にも行き倒れそうなほどである。


「アクセルリス……ただ今戻りましたぁ……」

「おかえりなさいアクセルリス。聞いたわよ、大変だったみたいね」

「はい……正直寿命が数年縮んだ気がします……」

「あらら。でも残酷魔女はそういう仕事ばかりと聞いたわよ?」

「そうですけど、こんなにきついのは……はじめてぇぇぇ」


 アクセルリスは空気の抜けた風船のようにソファに沈み込んだ。


「もう。せめてお風呂に入ってから寝なさいな」

「んう」





 残酷魔女として経験も日も浅いアクセルリス。

 先輩の死を受け止め乗り越え、更に彼女は成長するだろう。


 彼女の物語は、まだ終わらない。



【残酷と外道 おわり】

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