#3 墓場にて悦びを嘆く者
【#3 墓場にて悦びを嘆く者】
「アバァー」
「ウボォー」
「ビャァー」
土の中から這い出て来たのは動く死体──《ゾンビ》とも呼称できる存在たちだ。
驚くべきはその数。何十、何百とも言えるほどの大群。それも全方位から迫る。この墓地で眠っていた全ての死者がゾンビと化しているのだろうか。
だが対多数への範囲攻撃はアクセルリスの得意分野だ。一気に敵を薙ぎ払える鋼の刃を生成──
──できない。
「あ、あれ……?」
アクセルリスの鋼を操る力。無尽蔵に武器を生み出せる万能能力にも思えるが、弱点もある。
その最もたるものが『一度使用し天地に還った鋼の元素は、すぐには再利用できない』ことだ。
そう。アクセルリスは先程ジェムジュエルをクズ肉へと還したとき、周囲の鋼の元素を使い切ってしまったのだ。そして残酷なる熱中による所為か、そのことに気付けていなかった。
「マジか……どうしよう」
ゾンビの群れはどんどん押し寄せる。こちらは手負いと丸腰の魔女ふたり。ジェムジュエルと同じ末路を辿ってしまうのだろうか。
「させるかよッ!」
吠えるはグラバースニッチ。アクセルリスの腕を掴み、駆け出す。
「グラバースニッチさん!?」
「俺に任せとけ!」
大群に正面から突っ込む。勿論、死者たちは手を伸ばし捕らえようとする──しかし二人は捕まらない。
「す、すごい……!」
アクセルリスがふと、己をエスコートするグラバースニッチの顔を見ると、その目は閉じられていた。
「スゥーッ!」
視覚を遮断し、全神経を嗅覚に集中させる──すると、グラバースニッチには進むべき道が『見える』のだ。
ゾンビ共から漂う腐臭を避けて走れば、容易くこの包囲網を抜けられる。彼女の卓越した嗅覚があってこそできる対抗手段だ。
「──良しッ!」
そして二人はあっという間に亡者の大群を抜けた。
だが死の追跡は止まらない。その場が凌げただけだ。
「こいつらを生み出した本体がいるハズ……そいつを叩くぞ!」
「はいっ!」
グラバースニッチは再び集中し、バカみたいに臭い魔女──外道魔女コフュンの追跡を開始した。
◆
フルデルスの大墓地、その最深部。
かつて歴史に名を遺した偉人たちが眠るといわれるエリア。
ジェムジュエルが処分するはずであった対象は容易く見つかった。
ボロボロの黒い外套を纏った魔女。白い肌と虚ろな黒い眼はまるで死体のように。
「おやおや、これは」
「外道魔女コフュンだな」
「いかにも。私がコフュンだが……外道魔女と呼ばれるのは気に入らないね」
コフュンは中央に座す一際大きい墓石の上に腰かけ、自らの命を刈りに来た二人の残酷魔女を見る。
「私はただ好きなように研究をしていただけなのだがね」
「お前が……ジェムジュエルを殺したんだな」
「それがどうかしたか?」
その不敵な態度にグラバースニッチの怒りが貯まってゆく。
「彼女は私の研究を邪魔した上に、私の命をも狙っていたのだからね。だから」
「だから?」
「彼女にも私の研究の手伝いをしてもらったよ」
「手伝いだと? 何を言ってやがる」
「おやおや。ここまで来てまだ分からないか、愚かだね」
悪い風が吹く。アクセルリスは嫌な汗を感じる。
「私は《死体の魔女》だ」
《死体の魔女コフュン》。おかしな様子のジェムジュエル。土より這い出た亡者たち。全てのピースが繋がった。
「────」
あまりにも、生命に対する冒涜が過ぎる。
アクセルリスは絶句するが、グラバースニッチの闘志は燃える一方にある。
「……やっぱりそういうことか」
「現在私が研究しているのは、死者の知性を保ったまま蘇らせる手段だ。私の力があれば、死体を再利用すること自体は容易い」
コフュンが指を鳴らすと地中から死体が現れる。その言葉に嘘偽りはないようだ。
「しかし、蘇った死体どもには知性が無いのさ。出来ることと言えば、生者に襲いかかりその肉を屠ることだけ。これでは不十分だろう?」
「アァーバー」
呻き声を上げながらアクセルリスへと歩くゾンビ。その頭に槍が突き刺さる。倒れ、沈黙する。
「この有様だ。これでは私も納得いかない。だから、私はこの研究を始めたのさ」
「ジェムジュエルには何をしたんだ」
「新鮮な死体が欲しかったのさ。確かにここには大量の死体がある。だが、それらは皆埋葬されてから時が経ってしまっている──私はそれが不完全なる蘇生の原因と考えた」
「だからあいつを殺して死体を用意したと?」
「先に襲いかかってきたのは彼女の方だけどね。実験は……ま、半分成功ってところかな」
取り出した何らかのレポートに目を通しながらコフュンはそう言う。
「他の奴らに比べたら知性はあっただろう。しかしその差はほんの少しだ。これを成功と言い切っていいかは疑問が残るね」
そのレポートを雑に折り、懐に仕舞った。
「もう少し早く『作動』していれば結果は変わったかな? 君たちがもっと早く来てくれていたなら良かったんだが」
「作動って……?」
「ああ。増援が彼女を探すために来ることは想像に易いことだろう? だから私は彼女を手製の罠に仕立て上げたのさ。外部からの生者の接触をトリガーに蘇生するように──ね」
「てめぇ……」
グラバースニッチの怒りが限界に達する。相手もそれを悟ったのだろうか。
「……まあいい、過ぎてしまったことは仕方のない事だ。さて、次は君たちに手伝ってもらう事にしよう」
アクセルリスの槍がコフュンの肩を掠めた。威嚇の意は無かった。躱された。
「おやおや、血気が盛んなことだね。いいだろう、それならばこちらも容赦はしないよ」
墓石から飛び降り、地に手を付ける。
あちらこちらの土が盛り上がり、めくれ、多数のゾンビが現れる。
「まずはお手並み拝見だ」
「いつまで余裕が持つか!」
コフュンが顔を上げるのと同時にアクセルリスは動いていた。
生み出したるは巨大な鋼鉄の刃。豪快に投擲されたそれは弧を描く様に宙を舞い、取り囲んでいたゾンビ全ての首を撥ね、一挙に無力化した。
しかし彼らは捨て駒でしかなかった。
「さぁ、まずは君だ」
ゾンビたちが散らされるその間に、コフュンはグラバースニッチに白兵戦を仕掛ける。
「舐めるなよッ!」
先の戦いで利き手を失ってなお、グラバースニッチは怒り狂った獣の様な猛攻を仕掛ける。
だがコフュンとて頭脳一辺倒の陰湿な研究者ではない。グラバースニッチの攻撃を的確にいなし、反撃のチャンスを伺う。
「なるほど。確かに君は相当の手練れの様だな、うん」
「今までにお前みたいなクズを数え切れないくらい殺してきたからなッ!」
その戦いの傍らで、増援として湧き出てきたゾンビら。
「邪魔すんなっ!」
それらを抜け目なく駆逐したアクセルリスは、グラバースニッチの援護を行う。
生成したのは鋼の球体。これはアクセルリス自身も初めて見る形態である。
二人が零距離での打ち合いを繰り広げている以上、コフュンを狙えばグラバースニッチを巻き込む可能性も低くない──だがアクセルリスにはある考えがあった。その考えに基づいて選んだ形であるのだ。
「行けっ!」
号令の下、鋼球が次々発射される。
「おっと、これは当たったら痛そうだな」
コフュンは意に介さず、目の前の敵と対したまま躱す。
ではそのグラバースニッチは? 予想通り、数発の球が彼女を襲う──だが。
「オラァッ!」
グラバースニッチが繰り出したのは回し蹴り。勢いの乗ったそれは円を描いて一回転した。
それはコフュンの脇腹に鋭い打撃を与えながらにして、鋼球を全て弾いた。攻防一体の見事な技の冴え。
──いや。アクセルリスとグラバースニッチの考えはそれだけに留まっていなかった。
弾き返された鋼球はどうなったか? 勢いをそのままに、それぞれが別の方向へ跳ぶ。どの球も終着点は墓石だ。周囲に並び立っている墓石である。
「今ッ!」
重量と質量を兼ね揃えた鋼の塊が高速衝突した墓石は立て続けに破砕される。そして更なる命令を受け鋼球は再び跳ね返る。今度の終着点は全て同じであった。
「ぐは」
死体の魔女だ。グラバースニッチは球の軌道を計算したうえで蹴り返したのだ。
一方でコフュンは目の前の獣と激しい打ち合いを再開していた。全くの意識外、そこからの不意討ちに彼女は対応できなかった。
「──貰ったッ!」
そして生まれた隙を見逃すグラバースニッチではない。
槍のごときサイドキックがコフュンを貫く。
「ぐうぁ」
吹き飛ばされ、先程まで腰かけていた墓標に叩き付けられる。その口から否応なしに血が流れる。
「……ぐ、ふ。ふむ。なんたる連携。感嘆に値するよ」
墓石に寄りかかりながら拍手するコフュン。その手は力なく震えていた。
「ますます……君たちで実験したくなってきた」
「ほざけ」
「しかしこの体ではさしもの私も辛い所がある。不本意だが、切り札を使おう」
地鳴りがする。アクセルリスとグラバースニッチは身構える。何かが来る。
コフュンは自分の体を支える墓標を撫で、問いかける。
「この下に眠っているのは、誰だと思うかい?」
「知らねェな。興味もない」
「ここに眠るは、かつてフルデルス地方を治めた王、《フルゲルデルス》。彼は数多の国民から慕われた質実剛健の偉大な英雄と伝わっている」
コフュンの足元から、厚い鎧に覆われた腕が現れる。
「埋葬されてから数百年は経っているが……彼ほどの猛者ならば、有用な戦果を挙げられるだろう」
その全身が地中より這い出でる。亡王の姿が数百年ぶりに天地の元に晒される。
分厚い鎧を全身に身に纏い、手には頑強な剣と盾。かつては豪華絢爛であっただろうそれらは、土の中で長い時を過ごし、色褪せてしまっている。しかしその強さは健在だ。
変わり果てた王は、かりそめの主の命の下、眼の無い眼光で敵を見下ろす。
アクセルリスは息を飲む。
「さあ、英雄譚の続きと行こうじゃないか! 演者は死体! 大いなる二次創作の幕開けだ!」
「下らねェ」
「口ではなく行動で示していただこうか!」
「言われるまでもねぇッ!」
グラバースニッチは跳ぶ。王の骸、骸の王に正面から挑む。
体重を乗せた空中回し蹴りが王に命中──だが王は動じない。鎧、そして屍と化した肉体にとっては大した衝撃ではない。
反撃とばかりにゆっくりと剣を掲げ、振り下ろす。緩慢なそれはグラバースニッチに掠りもせず。
「オラァ!」
回り込んだグラバースニッチは脚を狙った。機動力を奪い、無力化さえすればよいのだ。
だがその考えも儚く消えた。王の脚は数千年を生きた大樹のごとく、地に立っていた。
「チィ……!」
狙われる前に離脱。そしてグラバースニッチは考えた。
大柄で破壊力こそ桁違い。しかしウスノロ。被弾する方が難しい。
しかし、防御力も桁違いだ。万全ではない今のグラバースニッチでは無力化までには少なくない時間を有するだろう。
そしてそれこそコフュンの思惑。フルゲルデルスは逃走するのに十分な体力回復までの時間稼ぎでしかない。
「……面倒くせぇ」
王はアクセルリスと打ち合っている。槍が何本か突き刺さっているが、気にも留めていない。
グラバースニッチは舌打ちした。右腕が残ってさえいれば。いや。結果論でしかない。
今はとにかく、現状でどうにかするしかない。どうにか。……どうにか。
うなじを汗が伝った。その時。
「グラバースニッチさん!」
アクセルリスの声だ。
「やれます! 私たちなら……絶対!」
その言葉に根拠は無かったのだろう。だがグラバースニッチは、その激励で勇気が湧いた。
「勿論だ! 行くぞ!」
駆けるグラバースニッチの拳に力が宿る。精神的なモノではない。その拳には、鋼の籠手が生成されていた。
「私に出来るのはこの程度ですが……!」
「充分だ!」
背後から槍が飛ぶ。グラバースニッチの頭上を追い越し、王に刺さる。
「押し込んでください!」
アクセルリスはそう言った。何か策が浮かんだか。グラバースニッチは無言の返事を送った。
鋼の拳で殴り付ける。王をでは無い。それに刺さっている槍をだ。
一本の槍に狙いを定め、連打。王が反撃するよりも速く、なお速く。
半分以上が押し込まれたとき、アクセルリスは言った。
「離れてくださいッ!」
グラバースニッチが王から離れた瞬間、それは芽生えた。
鎧と鎧の隙間から枝を伸ばす。深々と突き刺さった槍を種としたそれは、まさに──鋼槍の樹。
銀色の脳裏に蘇っていたのは《土の魔女ソイルシール》。
ソイルシールが生み出した土人形。主を守る堅牢な壁。その性質は今のフルデルゲルスによく似ている。
故にアクセルリスはそれをどのように撃破したのかを、記憶より掘り出したのだ。
王の体が音を立てて崩れ落ちる。
古めかしい骨、長年体を覆っていた土、薄汚い鎧。
死骸から残骸へ、変貌してゆく。創造主に与えられた力も、死体ですらなくなった今では消え失せた。
「グラバースニッチさんっ!」
アクセルリスが目配せするよりも早くグラバースニッチは動いていた。
崩れゆく王の手から剣を奪い取り、骸を蹴り、肉薄する。
「む……!」
鬼気迫る獣の目を見たコフュンは、有り合わせの体力で躱そうとしたが、遅かった。
「うおおおおおッ!!」
王の剣がコフュンの心臓に深く突き刺さる。
「ぐ…………は」
目から、鼻から、口から、コフュンは血を吐く。しかし死体狂いの研究者は止まらなかった。
「く……くく、ははははは! 面白い……面白、い!」
震える両手を組み合わせ、何らかの呪いじみたサインを作る。
「おお……見える、見える! 今なら見える!」
邪悪な気と共に、青白い電気エネルギー──霊魂のようなものだろうか──がコフュンの手に集まってくる。その体から狂った白い輝きが漏れる。
「おおおおおおッ!」
明らかに異様で危険な状態。グラバースニッチは剣をより深く押し込み、そして全身の筋肉を脈動させ、それを捻った。
心臓が捻り潰れる感触が剣から手に伝わる。
「あばっ」
呪いじみたサインが解かれ、エネルギーは霧散する。
コフュンは事切れていた。
【続く】
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