#2 外道に捕らわれし傀儡

【#2 外道に捕らわれし傀儡】



 《外道魔女マジア・ゲーウェン》。

 それは魔女機関に従わない魔女の事を指す。

 叛する理由は様々であるが、大まかな共通点として外道魔女はみな危険な思想を持つことが多い。

 そんな反逆者たちを処分するのを専門とする部隊こそ、シャーデンフロイデ率いる《残酷魔女マジア・ヴィエンド》なのだ。





 フルデルス地方はフルデルス峡谷。

 ジェムジュエルは任務でここに赴いた、と記録されている。


 現場に立つアクセルリスとグラバースニッチ。


「よし、始めるぞ」


 グラバースニッチは高機動スーツの上から黒い鎧を纏う。顔にも犬を模した面頬を装着し、その姿はより獣に相応しいものとなる。これが彼女の戦闘服だ。

 左腕には爪の付いた巨大なガントレットを、右腕には機動性を重視した小振りな手甲を。その非対称なシルエットからは止めどなく『獰猛』が溢れ出る。


「どうやって探すんですか?」

「さっきも言ったように、俺の鼻を使う」

「鼻……というと」

「『感知能力』だな。俺はあらゆる痕跡を匂いとして感知し、追跡できる」

「そんなこともできるんですか、すごい」

「単なる《獣の魔女》としての権能だ。さァて、ジェムジュエルの匂いは……」


 目を閉じ、鼻に意識を研ぎ澄ませる。


「ああ、あるな。これならすぐ見つかりそうだぞ」

「本当ですか!」

「よし、そうと分かれば善は急げだ。ついて来いアクセルリス!」


 言うや否や、グラバースニッチは駆け出した。


「あっ、はい!」


 アクセルリスも急いでそれを追いかける。





「なんだここは」


 ジェムジュエルの痕跡を追い、辿り着いたのは墓地。空は紫に染まり、辺りは薄暗く、気味悪い。


「《フルデルス大墓地》って書いてありますね」

「ここが、か。噂には聞いたことがあったが」

「匂いは中からしますか?」

「確かにする。間違いなくこの墓地のどこかにジェムジュエルがいるな」


 そう言うと、グラバースニッチは恐れずにズカズカと足を踏み入れる。

 アクセルリスはどこか本能的な不気味さを感じていたが、ジェムジュエルを助けるために勇気を振り絞って彼女に続いた。


「ふむ……ふむ」


 匂いを嗅いでいたグラバースニッチが、顔をしかめる。


「どうしました?」

「ジェムジュエルの匂いの他に……別の匂いがするな」


 別の匂い。それはつまり、別の痕跡──恐らくは魔女の。

 キョロキョロと首を振り、周りの匂いを確かめる。


「くせえ。バカみたいにくせえぞ。腐りきった肉の匂いだな」

「別の魔女……やはり、対象である《外道魔女コフュン》の物でしょうか」

「どうやらそいつは相当ロクでもねえ野郎だな、こりゃ」


 グラバースニッチは一度深呼吸。それほどまでに不快なものなのだろうか。


「だがジェムジュエルも近い。もう少しだろう。気合い入れるぞ」


 アクセルリスは頷く。そして念のため、槍を二本構えた。





 それから数分歩いた。


「近い、近いぞ。もうすぐだ」

「あっ、グラバースニッチさんあれ!」

「む!」


 アクセルリスが指を差す。その先には、倒れている魔女ひとり。


「ジェムジュエルさん!」

「待てアクセルリス! 罠かもしれない、慎重に行くぞ」


 二人は慎重に、慎重に、一歩ずつ警戒しながらジェムジュエルに近づき、辿り着いた。


「おい、しっかりしろジェムジュエル」


 グラバースニッチがその肩を揺さぶる。


 ──冷たい。

 まさか、そんなまさか。二人の頭に最悪の事態がよぎった。しかし。


「う──」


 ゆっくりと、ジェムジュエルが目を開ける。


「ジェムジュエルさん! ああ、良かった……」

「起きたか……全く心配かけやがって」

「あれ? わたし、わたし…………」


 その眼は虚ろなままだ。どれだけの間倒れていたのだろう。


「まだ頭がぼやけているか。とりあえず帰還しよう」


 ジェムジュエルを立たせるため、グラバースニッチが手を差し出す。その手を掴んで、引っ張ろうとしたその時。


 一瞬にしてグラバースニッチの右腕が桃色の結晶に覆われ、腕もろとも粉々に炸裂した。


「な──」

「え──」


 急な事態に二人の思考が止まる。


「──ッ!」

 先に動いたのはグラバースニッチ。ごとり、と右腕に装備していた手甲が落ちるのと同時にジェムジュエルを蹴り飛ばし、周囲の安全を確保する。場数を踏んだ経験が光った。

「ジェムジュエル、何を! 俺たちを裏切って……!?」

 右腕があった場所を抑えながら叫ぶ。その声には困惑の色。

「待ってください、様子が変です!」

 アクセルリスの声を聞き、グラバースニッチも気付く。

「……グラバースニッチ、アクセルリス、ジェムジュエル、グラバースニッチ、アクセルリス、ジェムジュエル、アハ、アハハハハ!」


 その様は誰が見ても異常だった。一体何があったというのだろうか。

 混乱する二人などお構いなしに、ジェムジュエルは攻撃を仕掛けてくる。

 桃色の結晶を生成し発射する。砲弾のように迫るそれを、アクセルリスは槍で相殺し、グラバースニッチは蹴り落とした。


「──」


 だがそれは囮であった。既にジェムジュエルはアクセルリスの眼前にいた。手が伸ばされる。アクセルリスの反応が追い付かない。


「ふんッ!」

 強烈なタックルがジェムジュエルを弾き飛ばす。グラバースニッチだ。

「あ──ありがとうございます!」

「礼はいい! あいつの無力化を最優先に動け!」

 よろよろと立ち上がるジェムジュエル。その動作に知性という物は感じれない。

「はぁッ!」

 牽制として槍を投擲。だがジェムジュエルは躱さない。その胸に深々と突き刺さる。

 おかしい。噴き出るはずの血が噴き出ない。止まるはずの動きが止まらない。

「そんな……あれじゃまるで、死体みたい──」

 死体。自分の発した言葉でアクセルリスはハッとする。

「──グラバースニッチさん、もしかして」

「言うなッ!」

「……!」

 悲痛な叫び。グラバースニッチも感づいたのだろう。

「グラバースニッチ! グラバースニッチ! アハハハハハ!」

「くぅ……!」

 狂ったように笑いながら近づいてくるジェムジュエル。グラバースニッチは退き、墓石に身を隠す。

「どうすれば──」

 アクセルリスは考えを巡らせる。

 様子がおかしいとはいえ、相手は優しい先輩であったジェムジュエルなのだ。攻撃を与えるのにはためらいがある。

「これで──止まって!」

 手をかざす。ジェムジュエルを覆うように鋼が生成され、拘束を試みる──だが、数秒も経たぬうちに粉々にされてしまった。宝石が炸裂したからだ。

 宝玉の魔女は宝玉を操る。触れたものに宝玉の結晶を纏わせ定着させ、砕く。もろとも木端微塵にされる。防御は無意味。

 それが敵に回れば、どれほど恐ろしいことか。考えたこともなかったが、その脅威を身を持って味わわされた。

「アハ、アハハハ! アクセルリス!」

 宝玉の弾幕が迫る。鋼の盾を生成し身を守るが、しかしそれはジェムジュエルの接近を許すことを意味してもいた。

「ッ!」

 盾が粉砕され、二人は至近距離で互いを見据える。


「──」


 二人の眼が合う。ジェムジュエルのその虚ろな眼を見て、アクセルリスは気付いた。


(ああ、そっか)


 ──そして、アクセルリスの眼から色が消えた。

「アクセルリスーッ!」

 先に動いたのはジェムジュエルだ。右腕が掴まれる。宝玉結晶がその腕を覆い──炸裂する。


 アクセルリスの腕は、残っていた。


「アハ?」

 理性はなくとも疑問は覚えるもの。自らの必殺の型──それが通用しなかったジェムジュエルはその場で硬直する。

 その顔面を鋼の拳が容赦なく襲った。

「アハーッ!?」

 鋼の拳。いかにも。アクセルリスは自らの腕に鋼を纏う事で、炸裂結晶から身を纏ったのだ。

(もう、死んでるんだ)

 転がり倒れるジェムジュエル。アクセルリスは追撃の手を緩めない。

(だったら、もう、んだ)

 残酷魔女たるもの、敵に情けなどかけず、処罰すべし。今のアクセルリスはまさに残酷魔女の体現だった。

「アクセルリス……!?」

 グラバースニッチが異変に気付くが、時すでに遅し。

 鋼を纏わせた脚でジェムジュエルの頭を蹴り抜く。その首が200度回転する。

 どう見ても致命打だ──だがそれでも、アクセルリスは攻撃を続ける。

「もういいアクセルリス! 十分だ!」

 グラバースニッチは叫ぶ。いかにベテランの残酷魔女といえど、味方だった者をここまで執拗に痛め付ける者は見たことがなかっただろう。

 だがその声は届かない。既にアクセルリスは残酷そのものだからだ。

 空に数十本の鋼鉄の槍が出現し、絶え間なくジェムジュエルを貫く。

「アッ、アッハハハハハッ、アアアッアクセアクセルリスリスリススコフュンアアアアアアククセ」



 全ての槍が落ちた。

 既にジェムジュエルは物言わぬクズ肉と化していた。


「……」


 グラバースニッチは言葉を失う。このまま自分も殺されるのではないか──とまでの恐れを、獣は本能的に抱いていた。


「終わりました、グラバースニッチさん」

「あ──ああ」

「惜しい人を亡くしましたね」

「そう、だな」

「何でジェムジュエルさんはこうなってしまったんでしょうか、やはり外道魔女コフュンの力でしょうか」


 淡々とアクセルリスは言葉を繋げていく。グラバースニッチはその様子が恐ろしくてたまらなかった。





「ひとまず帰還しましょうか」

「そうだな……手酷いダメージも喰らっちまった」


 二人が入り口を目指して歩き始めたとき、何かがおかしいことに気付く。


「……グラバースニッチさん」

「ああ、何かいるな」


 二人は気配を感じていた。それも一つではない。無数の気配だ。


「……来る!」



【続く】

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