2話 残酷と外道

#1 濁りし宝玉の輝き



 どこかの墓地。


「はぁ、はぁ」

 一人の魔女が走る。


 彼女は《宝玉の魔女ジェムジュエル》。《残酷魔女マジア・ヴィエンド》のメンバーであり、歴戦のベテランである。

 生半可な敵であれば、彼女は難なく処分するだろう。

 しかしそんな彼女の体はボロボロだ。何故か? 


 ──生半可ではなかったのだ、今回の処分対象は。


「あんなの……ありえない! ありえな──」


 ジェムジュエルの背後に影が伸びる。彼女自身もそれに気づく。


「──」


 恐怖に飲まれながらも振り返る。



 ──悲鳴が響いた。




【残酷と外道】






【#1 濁りし宝玉の輝き】



「おはようございますお師匠サマ!」

 今日も元気なアクセルリス。邪悪魔女となってから連続早起き記録更新中だ。


「おはようアクセルリス。伝達が来てるわよ」

 アイヤツバスも相変わらず物静かな雰囲気を纏っている。


 彼女が手渡した文書には、残酷魔女を示す紋章が刻まれている。


「送り主はシャーデンフロイデね」

「シャ……」


 シャーデンフロイデ。その名を聞き、アクセルリスは一瞬身震いする。

 あのときの記憶がふつふつと蘇る。





 クリファトレシカの内部、広間のうちの一つ。表札には《残酷魔女本部》とある。

 アクセルリスはその扉をしめやかにノックする。室内から声が聞こえる。


「入れ」

「失礼します」


 中には五つの人影。

 中でも最も大柄で凛と立つその人影に、アクセルリスは向き合った。


「本日より残酷魔女の一員に加わる、アクセルリスです。よろしくお願いします」

「よく来てくれたな。我が名は《殺伐の魔女シャーデンフロイデ》。残酷魔女の首領を務めている」


 残酷魔女隊長シャーデンフロイデ。白銀の長い髪をポニーテールに束ね、青白く凛々しい瞳は万物を見据える。首元に下がる透明なペンダントが、彼女の声に応えるように揺れた。

 返答を聞いただけなのに、アクセルリスの身が竦む。なんたる威厳、なんたる威圧か。


「我らの任務はただ一つ。魔女機関に逆らう者を捕らえ、あるいは罰する」


 続く言葉もまた強く、決然と。


「過酷な任務も多くなるだろう。己の命を繋ぐため、そして敵を確実に処分するため、全力で取り組むように」

「はい」

「理解しているとは思うが、ここではお前が邪悪魔女だろうと関係ない。覚悟するように」

「……っはい」


 気圧され、アクセルリスは声を絞り出すので精一杯だった。


「数名は任務に出ているが、これから共に戦うであろう仲間たちを紹介しよう」

「はい、お願いします」


 隊長の命に従い、四人の魔女がアクセルリスの前に並んだ。

 一人一人、容姿や雰囲気は異なるが──その眼差しに宿る剛毅は等しく同じだった。


 シャーデンフロイデが始めに目を向けたのは桃色の長髪と眼が目立つ魔女。

「まずは《宝玉の魔女ジェムジュエル》」

「はい! ジェムジュエルだよ」

 その名に違わず、魔装束には大小さまざまな宝石が散りばめられている。

「ジェムジュエルにはお前の教育係を任せてある」

「そういうこと、これからよろしくね!」

「はい、よろしくお願いします」

 優しそうな人だ、よかった。アクセルリスの安心ポイントが加算される。


 それに続くのは黒い髪を短く切り揃え、茶色の眼からは野性を漂わせる魔女だ。

「次は《獣の魔女グラバースニッチ》」

「よろしく頼む」

 纏う高機動スーツや垣間見える多くの古傷からは、彼女が切り込み隊長であることを醸し出す。

「グラバースニッチは追跡に秀でている。現場では頼りになるだろう」

「長い付き合いになりそうだな。何かあったら俺に任せてくれ」

「よろしくお願いします」

 この人もいい人そうだ。アクセルリスの安心ポイントがさらに加算される。


 三人目は小柄な魔女。整われていない白髪、眼の色は分厚い眼鏡に阻まれよく見えない。

「続いて《記録の魔女アーカシャ》」

「あい、よろしくー」

 その魔装束はぶかぶかの白衣。前述の様相と併せ、残酷魔女におけるエンジニア担当だと推察できよう。

「アーカシャの情報量と技術力は素晴らしいものだ。分からないことがあったらまず聞くといい」

「腕っぷしはゼンゼンだけどね、たはは」

「よろしくお願いします」

 情報分析・技術開発による後方支援も充実しているなんて。アクセルリスの安心ポイントがさらにさらに加算される。


 そして四人目、アーカシャよりも小柄な影。紫を帯びた黒髪を伸ばしっぱなしにしている。隙間から除く眼もまた紫色だ。

「最後は《人形の魔女アガルマト》」

「よろしくねぇェぇェぇ」

 黒と紫を基調とした魔装束。彼女の持つ雰囲気と合わせ、それは非常に闇へと紛れやすいものだった。

「アガルマトもまた優秀な支援要員だ。敬意を払うように」

「ふふふ……う、嬉しいわぁァぁ」

「よ、よろしくお願いします」

 この人もきっといい人に違いない。アクセルリスの安心ポイントがむりやり加算される。


「今はいないが、他の奴らも気の良い奴らだ。仲良くやってくれ」

「はい」

「これからの活躍に期待している、アクセルリス」





 当のシャーデンフロイデもいい人だった。いい人だったのだが──いかんせん圧力が強すぎて、心を開ききれなかった。

 まあ、これから親しくなればいい。アクセルリスは前向きなのが取り柄なのだ。

 そしてそんな隊長からの手紙だ。興味をいっぱいに満たして目を向ける。


「なになに」


 ただ一文、こう記されていた。

 『至急、集合せよ』


「……え?」

「なんて書いてあったの?」


 アクセルリスは手紙をそのままアイヤツバスに渡す。


「あら。あらあら」

「何があったんでしょうか……」

「分からないわ。とにかく行っておいで」

「そうですね。アクセルリス、行って参ります!」





 残酷魔女会議室。

 緊急であるためか、やはり全員は揃わない。


「突然の招集すまない。皆よくぞ来てくれた」

 そう言うシャーデンフロイデ、面持は重い。


「御託はいい。何があった?」

「落ち着け落ち着け、気持ちは分かるけど」

 食い掛るグラバースニッチと、それをなだめる青髪青眼の魔女。彼女は《海の魔女オルドヴァイス》。


「……ジェムジュエルが戻らない。それどころか、応答すらもない」

「なんだと?」

 グラバースニッチは驚きを露わにする。

「あいつは何の任務に?」

「《フルデルス地方》に潜伏している《外道魔女マジア・ゲーウェン》の処分、だね」


 答えるはアーカシャ。手元の資料に目を通したまま、続ける。


「どうやら今回の対象は《コフュン》と言う名の外道魔女らしいね。おかしなことに、それ以外の情報は残されてないよ」

「ジェムジュエルとて幾つもの死線を潜り抜けてきた猛者……それが戻らないとなると」

「ああ、なにかよからぬ予感がする。情報がないというのも、な」


 アクセルリスは黙って話を聞いていた。

 自分に残酷魔女としてのノウハウを教えてくれた、あのジェムジュエルが。胸に物言えぬ不安がはびこる。


「そこでだ、急遽ジェムジュエルの捜索任務を行う事とする」

「私に行かせてください」


 即座に名乗りを上げたのはアクセルリスだった。


「ジェムジュエルさんは……私にいろんな事を教えてくれました。そんな先輩がピンチなら、私が助けに行きます」


 まっすぐ言い切る、その顔に迷いはなかった。


「了解した。他、同行の意志あるものは」

「俺も行く」


 グラバースニッチだ。


「あいつを一人前に鍛え上げたのは俺だ。後輩の危機に動かなくてどうする。それに、俺の鼻があれば捜索も捗るだろう」

「良し。ではアクセルリス並びにグラバースニッチ──これより残酷魔女ジェムジュエルの捜索任務を開始する。至急、フルデルスへ向かえ!」

「はいっ!」

「おう!」


 殺伐たる号令の元、今一つの任務が幕を開けた──それは誰にも捉えられない未来を描いてゆく。



【続く】

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