#3 銀の萌芽

【#3 銀の萌芽】



 時刻通りに《ペルキッセスの丘》に着いたアクセルリス。そこには既にバシカルが居たほか、アディスハハの姿もあった。


「アクセルリス、おはよー」

「お早う」

「おはようございます。今日は何の任務ですか?」


 直入に、一番の問いを投げた。

 バシカルは極めて真摯にそれに応える。


「そうだな。始める前にまずは任務の説明からしよう」

「お願いします」

「今回の任務の主な目的はアクセルリス、お前へのインストラクションだ」

「インストラクション……?」

「邪悪魔女には時としてこのような任務もある、というのを理解してもらう。身をもって」

「ああ、なるほど。それで、その内容は?」

「端的に言ってしまえば『租税の徴収』だ」





 邪悪魔女たちが《魔女機関フォルガニンタ・マジア》を運営するにあたって、大切なのはやはり何といっても資金や素材。いくら魔女と言えど、それらがなければ何も始まらない。

 そこで、各地の魔女たちから租税を集め、《魔女機関》を運営するのだ。


 では《魔女機関フォルガニンタ・マジア》とは? これまで説明を省いてきたが、少し紹介をしておく。

 その正体は魔女をはじめとしたあらゆる種族、あらゆる命が快適かつ利便に過ごせる世界を構築できるように尽力する組織。

 根幹は邪悪魔女たちによって成されており、彼女たちの部下がそれぞれ与えられた業務を行い、魔女機関を運営する。

 魔女機関を運営する魔女たちと、そうでない魔女たち。そして人間などといった他種族。各々の相互扶助により、魔女による統治の成された世界が出来ているのだ。

 そして、全ての魔女には魔女機関によって定められた納税の義務がある。それを破る魔女がいれば注意あるいは徴収し、場合によっては処罰する。ただそれだけのことだ。





「……なるほど」


 それなりに理解していたが、みっちり説明されると嫌でも考えさせられる。魔女の世界も気楽ではないのだ。


「というわけだ。今日の対象は《土の魔女ソイルシール》。こいつは二月もの間、租税を納めていない」

「もちろん徴収しに行ったんだよ? 何回も。でもね、その度に姿をくらませてて」

「だが今回は逃さない。重要な任務だ、二人とも気を引き締めてくれ」

「はいっ」

「はい」



 邪悪魔女アクセルリス。初任務、開始。



「これまでの結果からして、対象はまともに取り合う気はないだろう」

「じゃあ、どうするんですか?」

「決まっている。実力行使だ」

「取り押さえて、払うようだったら厳重注意で解放ね」

「……払わなかったら?」


 尋ねる。帰ってきた答えは、予想通りのものだった。


「処罰する」


 処罰。その言葉の底知れなさにアクセルリスは息を呑んだ。

 具体的にどうするのかは言わなかったが、おおよそ察せられる。

 そしてアクセルリスは──覚悟を決めた。





「さて」


 一行が辿り着いたのは岩場。四方八方、どこを見ても岩があるのみ。


「ここにいるんですか?」

「与えられた情報によれば、そうなるが──」

 そのとき、バシカルの眼の色が変わる。

「どうしました?」

「何かが居る」

「!」


 緊張感が一気に高まった。


「アディスハハ、周囲の警戒を」

「分かりました」


 アディスハハが力を籠めると、周りに薄く草が生い茂った。

 彼女は《蕾の魔女》。植物の命を育み操ることを得意とする。

 バシカルも剣を抜き、不測の事態に備える。アクセルリスも数本の鋼の槍を生成し、構えた。



 沈黙が続いた。



 バシカルの杞憂と思われた、その瞬間──無造作に転がっていた岩が、一行目がけて高速で飛来した。

「岩!?」

「やはり、か」

 バシカルはそれを両断。見事な太刀筋。断たれたそれはしかし、奇妙にも悲鳴を上げ絶命した。

「岩、じゃない。生きてる……?」

 見たこともない物体にアクセルリスは訝しむ。

「あれは《セキロックス》。岩の様な姿の《使い魔シーヴェ》だ」

「魔法の関連性からみて、ソイルシールの使い魔で間違いなさそうですね」

「手応えからして、まだ生み出されてから間もないな」


 剣を握り締めるバシカル。身剣一体、その感覚に狂いは無いだろう。


「……ってことは」

「うん、創造主はまだ近くにいるハズ」

「情報は正しかったようだ──来るぞ」

 今度は三体のセキロックスが三方向から飛来した。退路を断ち、三人を襲う。

 バシカルは同じように一閃のもとに斬り伏せる。

 アディスハハを襲ったセキロックスは、突然地面より生えた太いツタに絡めとられ、砕かれた。

 アクセルリスは槍の一本を発射。セキロックスの中心に命中、粉砕せしめる。

 三体全てが斃された。しかし間をおかずして第三波が襲いかかる。

「な、なんて数……!?」

「まさかこの岩ども、全てが?」

 その数、先程までの比ではない。数十のセキロックスが全方位から飛来。避けられない。

 危機的状況の中、アクセルリスは集中する。周囲の鋼の元素を根こそぎ集め、天に手をかざす。

 一行の頭上に、無数の槍が生成される。

「行け!」

 アクセルリスの指示でそれらは放射状に発射され、セキロックス達を次々撃墜する。

「すごい! すごいよアクセルリス!」

「なかなかやるな、助かった」

「キリがない、今のうちに進みましょう!」

「うん!」

「行くぞ」





 走る三人。セキロックスの襲撃は既に止んだようだ。


「使役主はそう遠くないはずだ」


 頷くアクセルリスとアディスハハ。

 岩場を超えた先、一行が着いたのは森。


「ここならばどこにでも隠れられそうだ。アディスハハ、どうだ?」

「……今のところ、我々以外の存在は確認できません」

「そうか。少し骨が折れそうだな」


 バシカルは剣を華麗に扱い、すぐに戦えるよう備える。

 アクセルリスは槍を構えて警戒。敵が襲ってくるならば即座に撃墜する心づもりだ。

 そしてアディスハハは植物の動きに集中。異変があればすぐに気付き、報告するだろう。


 ──そう思われていた。


「あ」

 アディスハハが気付いた時には、すでに遅かった。

 地中より現れた石像が、アディスハハを吹き飛ばす。

「きゃぁ!」

「アディスハハ!?」

「ッ!」

 槍を発射する。石像に刺さりはするが、活動を停止させるには至らない。

「そちらから姿を現してくれるとは」

 バシカルの剣が振るわれ──鈍い金属音が響く。有効打とはなりえない。

 土埃が晴れ、アクセルリスは石像の肩に立つ人影を見た。


「あれが」

「そうだ。奴こそ今任務の対象」

「フフフフフ……我が名はソイルシール。偉大なる土の魔女である」


 土色の魔装束を纏う魔女。《土の魔女ソイルシール》。


「ようやく見つけたぞ、脱税者」

「おやおや、脱税者とは人聞きの悪い。私はただ私の好きなようにやっているだけだが」

「魔女機関のルールを守った上でならこちらも文句は言わんのだが」

「フフフフ、私にそのようなしがらみは似合わない」

「貴様の自分語りに興味など無い。本題に入る」


 バシカルは冷徹な剣先をソイルシールに向ける。


「ほう?」

「貴様が納めていない二月分の租税。払うのか、払わないのか」

「愚問。私は貴様らの思う通りには動かんのでな」

「ならば、処罰する」

「やってみろ!」

 バシカルが跳んだ。

 石像への攻撃は無意味。ならば狙うはその本体であるソイルシールだろう──だが当然、敵も易々と攻撃を通す気は無い。

 本体を狙った決断的な斬撃。それは石像の腕で阻まれた。

「お返しだ!」

「──ッ!」

 更に石像の逆の腕が振るわれる。バシカルは最小限の動きで完璧に防御するが、勢いまでは殺せず、弾き飛ばされた。

 刃と土、激しい攻防の隙。アクセルリスはそれを逃がさず、背後へと回り込んでいた。

「行け!」

 そして死角から槍を放つ。

 やはり石像への攻撃は無効となるが、そのうち一本の槍がソイルシールを狙う。

「甘いぞ小娘!」

 ソイルシールは跳んだ──躱された。惜しい。アクセルリスの脳裏にそう過ぎる間、敵は頭上にいた。

「ッ!」

「貴様からだ!」

 ソイルシールの両手に岩石が集まり、剛腕を形作る。

「危ない、アクセルリス!」

 ツタがアクセルリスの足首に絡みつき、引っ張る。多少雑ではあるが、致命打を回避。アディスハハの献身だ。

「あ、ありがと!」

 肝を冷やしたが、そんな事を悠長に感じている場合ではない。追撃に構える──だがソイルシールは既に標的を変えていた。それはアディスハハへと、だ。

 石像に飛び乗り、その腕を振るわせ、叩き潰す。それが目論見。


 ────しかしそれは動かない。

「なに?」

 ここでようやくソイルシールは異変に気付く。見下ろす石像、その体に巻き付く大量のツタ。絡めとられ、微動だにしない。

 それもそのはず。外からの拘束は勿論、バシカルやアクセルリスが刻んだ傷から内部へ侵入し、内側にも大量のツタが張り巡らされているのだ。

「こしゃくな」

 続いて、ミシミシと音が鳴っていることにソイルシールは気付いた。

「──ッ!」

 咄嗟に彼女が石像から飛び降りた次の瞬間、内側と外側からの圧力に負け、石像は砕き割られた。

「どこまでも、小細工を」

「これで貴様の兵は失われたぞ」


 歩み寄りながら無慈悲に告げるバシカル。だがソイルシールから邪悪な笑みは消えない。


「兵が? 失われた? フフフフ、それがどうしたというのだ」

「観念し降伏しろ。今ならばまだ軽い刑で済む」

「兵などいらぬのだよ。私一人さえいればなあ!」

 ──異変が起きる。

 石像の残骸がソイルシールの元に集められる。

「なにを……?」

「フフフフ! フフフフフフ! 恐れよ恐れよ! 私の力に!」

 なんたることか。

 ソイルシールの体に岩石が『融合している』。

 先程までより一回りも屈強になった彼女の体躯は、見るものすべてを恐れさせる岩石魔人そのものだ。

「観念? 降伏? フフフフ、笑わせるな! 我が前に敵は無い!」

「口だけは達者か。いいだろう」

 バシカルは目にも止まらぬスピードで剣を振るった。狙ったのは首元──ソイルシールは防御せず。追いつけないか。


 かきん、と。響いたのは剣が弾かれる音だった。


「……なに?」

 バシカルは訝しむ。当然だ。首には岩石も纏っていない、無防備な隙であった筈。

 しかし今の感触は、間違いなく岩──否。岩よりも硬い。

「まだ分からんか! 私の体は、全てが有機的に、岩と融合しているのだ!」

 反撃の拳がバシカルを襲った。

「私の魔力と岩石が結合し、鋼をも超える硬度を得たのだ! フフハハハハ!」

「……ッ!」

 防御が間に合わない。きりもみ回転で吹き飛び、墜落する。

「バシカルさんっ!」

「さて、次はお前だ」

「う……!」

 アディスハハとソイルシールが睨み合う。



(──どうする)


 アクセルリスは? 考えていた。

 今自分がどうするべきか。

 バシカルは一時的に戦線離脱と見ていいだろう。

 アディスハハが斃されれば、次に命を狙われるのは間違いなく自分。

 それだけは。どうにかして

 だがどうやって? 相手はバシカルの剣すら弾く頑強な岩の体。


(どう……すれば)


 生半可な攻撃はブザマに弾かれてお終いだ。ならばどうする? 


 刹那、記憶の奥から、師の言葉を思い出す。

(((100%で駄目だからって諦めちゃいけないわ。200%で挑みなさい)))


(200%)

 普通の槍が弾かれてしまうのならば。

(鋭く……速く……)

 弾かれてしまうのならば。

(より鋭く……より速く……)

 迷いが消えた。


 アクセルリスは槍を生成する。

 いつもの物ではない。今にも折れそうなほど、細く、長く、鋭い。

「より鋭く……より速く……!」

 敵を見る。ソイルシールは腕を振り上げ、アディスハハを潰そうとしている。させるか。させてなるものか! 



 異様な風切り音が鳴る。ソイルシールがそれに気づき、振り返る。

 彼女が見たのは、体勢を崩し倒れるアクセルリスのみ。

 あの小娘は何をしている? 時間稼ぎか? 囮か? ソイルシールがそれを考える必要はなかった。


「ぐはあ」


 口から血が噴き出る。何故? 胸のあたりがやけに風通りがよい。何故? 

 ソイルシールは己の胸に手を当てる。風穴。


「バ……カな」


 膝をつき、倒れ込む。

 だが、胸を貫かれてもなおその命は潰えていなかった。なんたる岩の頑強さか、あるいは執念か。

 アクセルリスは近くまで歩み寄る。生きているのなら、

 槍を生成する──同時にソイルシールが顔を上げた。その顔は邪悪な笑みをたたえたものではなく、悲愴と懇願の想いを孕んでいた。


「たす……けて」


 アクセルリスは槍を放ち、その顔を穿った。


「あ」


 土の魔女の命が絶えた。アクセルリスがそれを断った。一瞬の内に。そこにはなんの感情も感傷も感動もなかった。

 それを見ていたアディスハハは思わず息を飲んだ。いくらなんでも──―すぎると。


 ソイルシールの死をもって、此度の任務は完了した。



【続く】

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