第8話 衰山(後編)
防具を着けていようと着けてなかろうと、目の前にいる佐々木というここの高校の剣道部部長は、俺に敵うはずがない。
俺が最も興味を持ったのは、山本と呼ばれるここの顧問だ。
県警上がりの外部顧問。
気に入らない。
こういう奴が、太々しく、偉そうに剣道を語っていると思うとちゃんちゃらおかしい。
県警であろうが何だろうが、俺の前に立ったら最後だ。
そう思っていたが、まさか佐々木に火を点けてしまったのはイレギュラーであった。
まぁ、いい。
全中での噂も知られている様だし、このぐらいの
だからこの立ち合いに乗ってみたが、思った通り「つまらん」の一言。
竹刀を構えるのも勿体ない。
これは正式な試合でも何でもない。
ただの立ち合い《、、、、》だ。
帯刀状態でも問題はないだろう。
しかし、佐々木の動きは確かに早い。
これがインターハイ個人戦三位の実力、と関心もした。
だが、この俺に竹刀が当たらない、いや届かないところで、既に勝負は見えている。
惜しい。
実に惜しい。
インターハイの一位、二位もこれよりちょい上、といったところか。
だとすれば、やはり惜しい。
県警上がりの山本は、この佐々木の何を見て育てたというのだろうか。
俺の解釈からすれば、この佐々木という男はもっと強くなるはずだ。
打ち込みもピンポイントに当てに来る。
ブレてはいない。
足りないとすれば、速さ、スピードといったところか。
この俺に避けられてしまうのだから、限りなく遅いと言ってもいいだろう。
しかしいつまでも避けているのもつまらない、俺が何かアクションを起こしていないから尚更だろう。
もう少し、素早い攻めを見せてくれると思ったが、正直、期待外れだ。
と同時に、やはり剣道の生温さをひしひしと感じて、お遊び程度にこちらは挑発する。
俺には届かない。
哀れな強豪校の部長さん。
日輪無神流は必中必殺。
必ず相手を仕留める。
「これでお終いですか?
竹刀が空振りしまくる佐々木に吹っ掛ける。
「結構、息が上がっていますね? 1分間、ブレイクタイム入れても構いませんが?」
我ながらよくもまあ、こうもポンポンと、人を
ある意味感心してしまう。
だがこれぐらいの、
それに罵詈雑言の裏には、俺の企みも入っている。
剣道という小さな世界で、慣れ合っている姿、剣道の本質、剣道の理、剣道の理念が腐りきっているという事実。
これだけはどうしても、俺は見逃す事も出来なければ、許す事も出来ない。
ならば俺は、挑発する事しか出来ない。
相手の底力を見てみたい。
例え、俺に勝てなくても、だ。
それならば、俺は手を抜かずに佐々木を叩きのめすしかない。
それが礼儀というものだろう。
佐々木は俺の口車に乗り、頭に血が上ったのか、上段からの大振りの面を狙ってきた。
これがインターハイ三位の成れの果て、哀れな姿か。
がっかりだ。
冷静さを欠けた者は、もう既に俺の敵ではない。
俺は大振りの面打ちを、わざ《、、》と紙一重で避ける。
そして小さな弧を描いた面打ちから、素早く引き小手を打つ。
この挙動で全てが決まる。
もう、俺の前で佐々木は、何も仕掛ける事も出来ない。
日輪無神流奥義『
衰山とは、真剣であれば刀の峰を使った技である。
俺なりにアレンジを加えてあるが、衰山とは峰打ちを食らわせる際に、刀に振動を伝わせる。
そして相手に食らわせる部位は、頭と小手である。
頭はあくまでフェイントであり、振動はそこでは使わない。
振動を伝わらせるのは小手のみである。
小手に当てた瞬間に、振動を加えた刀が、相手の身体に全身に流れていく。
受けた相手は、まるで一瞬にして衰弱したかのように、刀を握る事が出来なくなり、刀を嫌でも落としてしまう。
その隙に叩き斬るのが奥義『衰山』である。
これを食らった佐々木は、自分の意思とは裏腹に竹刀を落とすしかない。
分かりやすく言えば、正座を長時間した時に足が痺れるはずだ。
その痺れを、相手の小手に当て、身体中全身に伝わらせる、といった感じだ。
佐々木は膝をついて、竹刀を落とした。
これが試合であったら、即失格。
やはり俺の前では、インターハイで成績を残した者であろうと、相手にはならない。
周りがざわつき始め、佐々木に駆け寄る。
少し手加減はしたが、もしかしたらトラウマが残るかもしれない。
こんな無様な姿を見せてしまったのだ。
プライドの高い奴ほど、トラウマは根強く残る。
おそらく佐々木本人は、何が起こったか、分からないはずだ。一瞬の出来事だからな。
「おい! 誰か
誰だか分からないが、そう叫んでいる。
大げさな。
たかが
そして軽い
叩き潰すというこの快感は、俺にしか分からないだろう。
剣道をやっている様で、剣道をやっている訳ではない。
決まりだ。
ここからが俺の計画の始まり、としよう。
少しずつ、安居院貴久の名前を剣道の世界に、知れ渡してやる。
そう考えるだけで、震えるほどの高揚感が上がってくる。
だが、やはり顧問の山本は、この立ち合いに声を高らかに俺に言い渡した。
「安居院! 貴様のやり方は剣道を冒涜している。よって一ヶ月の謹慎処分とする!」
県警上がりが、偉そうに言い放った。
だがそれも、俺からすれば想定内。
なぁに。ゆっくり
功を焦る者は、落とし穴にハマる。
俺はゆっくりと、じっくりと、この『剣道』を叩き潰し、蹂躙するだけだ。
ただ、それだけだ。
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