第6話 企み
入学式も終わり、教室に入った時だった。
誰かの視線を感じる。
殺気めいているものではない。
ただ、俺を
だが俺も馬鹿じゃない。
日輪無神流、基本の型。
『
俺の視野は広い。
蜻蛉の前では、俺の目視から外れることは出来ない。
首をほんの少し曲げても、一般人の視野の限界が180~200度だといわれている。
俺の場合、左右プラス5~10度までの視野が広がる様に訓練されている。
(集中してない時で5度、集中している時で10度といったところか)
蜻蛉の前に、隠れる事なんて出来ない。
視線の先に、目が合った。
そいつはすぐさま、目を逸らした。
目鼻立ちがはっきりしている顔。
髪型は中ぐらいの長さ。
要は短くはない。それといって長めでもない。
俺と長さは変わらないようだが、いっちょ前に髪型を整髪料で整えている。
髪色も染めていないから、チャラチャラしたような様子もない、といった印象か。
だが……遅い。
目を逸らすのに、あの遅さ。
俺はこの学校に来てなるべく、他の生徒と目を合わせないでいる。
何故なら自然と殺気を、飛ばしている様だからだ。
全中でそれを体験した。
組手甲冑術を披露した時に、審判達が俺を
これも全て、ジジイに刷り込まれてしまった様だ。
改めて剣の道でしか生きられない、と再確認した瞬間でもあった。
しかし入学式を終えて早々に、クラスメイトと目が合ってしまった。
剣道経験者なら別だが、違うのであれば俺は『恐怖心』を、クラスメイトに植え付けてしまった事になる。
もし、自分が普通の人生を送っていたのなら、こんな事で悩む事なんてないだろう。
ジジイが亡くなってから、俺の目は殺気立っている。
尋常じゃない稽古のおかげで、目付きは異常なものになっている。
敢えて言うなら『人を殺す目』、もしくは『人を殺めた事のある目』になるのだろう。
実際に人を殺した事なんてないが、それに近い稽古をしたせいかもしれない。
しかし、こうも思う。
何故俺はその視線に、違和感を覚えたのだろうか?
何かしらを感じて、目が合ってしまった。それは事実だ。
それではその
殺気でもない、付け狙う訳でもない異様な感覚。
俺はそれを感じ取ったという事になる。
妙に不思議な気分に駆られた。
どうって事ではないのだろうが、気にする事でもないのだろうが、とても違和感に満ち溢れる。
「あ、白髪爺さん」
寮の自分の部屋に戻ると、一足先にルームメイトである、
「好きでこの髪色になった訳ではない。生まれつきだ。何度言ったら…」
「よぉ、どうだった? 他県から来た者同士、友達、出来たか?」
千葉は俺が部屋に入るなり、自身のベッドに飛び込んでいく。
「友達? そんなもの、出来る訳がない」
そう答えると、むくりと起き上がり、
「はぁ? お前、ホントに変わってんなぁ。これからここで過ごす三年間、友達一人も作らないでいる気かよ?」
「別に遊びに来ている訳じゃないだろう?」
「いや、まぁ、そうだけどさぁ」
この千葉という男は、実に不思議な男だった。
俺より後に入寮してきたスポーツ推薦組なのだが、俺と目が合っても、全く動じる事がない。
いや、寧ろ鈍いというのか。
バスケットボールでの推薦だから、やたらと身長が高い。
180センチは軽く超えている。
170満たない俺を、見下ろす様な形になる。
気に食わない。
それが第一印象だった。
俺は見下ろされるのが嫌いだ。
しかし千葉は見下ろすどころか、普通に話しかけてくる。
しまいには、
「ここでの最初の友人だな」
なんて、ふざけた事を抜かしてくる。
からかっているのか? と思ったが、そうでもなさそうだった。
この俺もそこまで馬鹿ではない。
千葉の目を見てすぐに分かった。
こいつの目には、一点の曇りがない。
天性のものなのか、人を警戒させない、そんな目をしている。
しかも高身長で、顔立ちも整っている。
所謂『イケメン』って奴だ。だとしたら、この先、女子には相当モテるだろう。
さらに言えばスポーツ推薦で入ってきたのだから、頭は良くないだろう。
頭脳はきっと、
別に
ただ、そう思うだけだ。
千葉はベッドから降りてきて、俺を見下ろす。
「俺なんか、もう5人は出来たぜ。貴ちゃんも努力しようぜ」
こいつには警戒心というものがないのか。
いや、あるにはあるのだろうが、千葉の天性の性格には、この俺でも叶わない。
もしも千葉が武道をやっていたら、一番敵に回したくない。
相手の懐にズケズケと自然に入り込むのは、誰にも真似は出来ないだろう。
だが唯一、俺がこいつに許せない事がある。
会った初日、自己紹介が済んだ途端に『貴ちゃん』呼ばわりだ。
これだけはさすがに聞き逃せない。
「貴ちゃんはやめろって言っただろう。馴れ馴れしいぞ」
俺はブレザーの上着を脱ぎ、ネクタイを外しながら部屋着に着替え始める。
「馴れ馴れしいも何も、これから三年間、同じルームメイトだぜ? そこは大目に見てくれよ。なぁ、貴ちゃん」
これだ。
何を言っても、結局は『貴ちゃん』と呼ばれる。
一度、本気でキレた事があるのだが、やはりこいつの性格は凄まじい。
むしろ清々しいほどだ。
心が折れるという事を、まるで知らない様だ。
逆に尊敬してしまう。
バスケットボール推薦というのが、本当にもったいない。
武道の道へ行けばその天性の才能で、それ相応の結果を残せるというのに。
ある意味もったいない。
「千葉」
「なに?」
「本当に、お前って、もったいない奴だな」
「何だよそれ? もったいないって何だよ」
そう言って、俺は着替え終わると自分のベッドに潜り込んだ。
千葉は何度も俺に、どういう事だよ?
何だよそれ?
と、しつこく聞いてきたが、狸寝入りを決め込んで、無視した。
それよりも三日後には、部活見学、入部届提出、その翌日には部活動の始まりだ。
見学するまでもないが、もう既に剣道部入部は俺の中で決まっている。
後はその日を待つだけだ。
部活見学、入部届も出し、全中での問題行動での入部拒否も起きずに、難なく剣道部入部が出来た事は言うまでもなかった。
ルームメイトの千葉は、俺の剣道防具一式に竹刀袋を見て、
「貴ちゃん、剣道部希望なのか? スポーツ推薦通らなかったのか? 結構、大変だったんじゃね? 一般受験は」
入学式前に、そんな事を言っていた。
俺は千葉とは違う。
自力で這い上がってくる奴には、やる気がある、と俺は信じている。
目的、目標を持っていれば、どんな壁だって破壊するなど、
まぁ、そうは言っても、全中でやらかしているのだから、スポーツ推薦なんか取れるはずがない。
自業自得という言葉が当てはまるのだろうが、そんな風には思っていない。
あれは起こるべくして、俺が起こした事。後悔もしていない。
全て計画通り。
自分自身を一度叩き落として、そして這い上がる。
認めたくないが、日輪無神流の心得のひとつだ。
『強くなりたくば、一度己を谷へ叩き落せ』
やはり骨の髄まで、日輪無神流二十代目当主だ。
その言動、その行動が全てを物語っている。
俺はそうやってここまで、あのジジイに育てられてきた。
唯一違うと高らかに言うならば、ジジイの様に、
狭い世界で、人の目から隠れて伝わった、この忌まわしき流派を俺の代で終わらせる。
だがその為には、何か傷跡を残したい。
というガラにもない『欲』が出てきてしまった。
腐りきった、剣道の
アホらしい。
実にアホらしく、浅ましい考え。
しかしそう思ったのには訳がある。
剣道部道場を、入寮早々に見学した時だった。
確かに剣道の強豪校であり、設備も充実している。
道場も三百、もしくは四百平米以上はあるのではないかという、高校のいち道場からすれば広すぎるぐらい。
男子女子と分かれて、練習が出来るぐらいの広さだ。
流石は私立校と感心する。
俺の潰した今は無き実家の道場は、床もささくれて酷いものだった。
それに比べたら立派でもあり、そして甘くも思えてくる。摺り足をしても、ささくれに邪魔される事はないだろう。
俺の足の裏はいつも傷だらけだった。
そのおかげで足の裏は自然と固くなり、ささくれなど刺さることのない強靭な皮が出来た。
やはり甘い、甘すぎる。
これだけの設備があるのであれば、ここから俺の浅ましい考えも、絵に描いた餅ではなく、現実めいてくる。
いや、俺でなければ出来ないだろう。
理念など、潰せばいい。
武士道のルーツもあるだろうが、俺には関係ない。
俺は『日輪無神流』だ。
そして剣道部入部初日を迎えた。
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