第4話 安居院の巣立ち
初めて剣道の試合に出た。
正直な話、ぬるい。ぬる過ぎる。
だったら、俺が剣道というものを壊してやろう、と全中出場が決まった時に心にそう誓った。
俺の前に立ちはだかる選手なんざ、敵でも何でもない。
雑魚。
雑魚にしか見えない。
そのまま俺の餌食になるのが、目に浮かんだくらいだ。
だから俺の考えた計画のために、わざわざ見せつけてやった。
生ぬるい剣道への、鉄槌だ。
こういう大きな会場であれば、見せつけるには十分だった。
だから俺は敢えて『組手甲冑術』を見せつけてやった。
剣道なんざ、
剣術から生まれた剣道、どんなものかと思いきや、理念だ、心構えだ、といっちょ前な事を言っているが、そもそもそんな理念があるから、剣道は衰退していくのだ。
だったら、根本から変えていくしかない。
俺は強豪校への進学を決めた。
ばあちゃんにもその旨を伝えた。
ばあちゃんは、少し寂しそうだった。
俺がこうしていられるのも、ばあちゃんのおかげだ。
死んだジジイは亭主関白で、ばあちゃんにはひどい当たり方をしていた。
気に入らない事があれば、俺か、ばあちゃんに当たるという、どうしようもないジジイだ。
だから、ばあちゃんだけは、俺の唯一の理解者だと思っている。
俺が高校進学について、剣道の強豪校に進学する事を伝えた時に、
「貴久がいなくなると、少し寂しくなるね」
本当に寂しそうだった。
でも俺が決めた事だ。
「大丈夫だよ。この家と土地全部を売っちまって申し訳ないけど、親戚の所で俺を見守ってくれよ。手紙も書くしさ」
この山奥の土地を売ってしまえば、幾らかのお金にはなるはずだ。
それを高校の学費に当てればいいと、ばあちゃんに許可をもらった。
「寂しくなるけど辛くなったら、いつでも帰ってきなさいね」
その言葉だけでも十分だった。
それからは、受験勉強を必死でやった。
全中で少し、パフォーマンスをやり過ぎたせいで、どこからも声は掛からず、推薦は皆無だった。
だがそれもアリか。
そんな事で媚びを売る様な事もしたくはないからな。
だったら一般受験で、一発合格しかなかった。
少し遠くになるが、全寮制もある『河口高校』という私立は剣道のインターハイ、常連だと耳にした。
ならば河口高校一本で絞って、後は受験勉強をするだけだ。
こう見えて、覚えるのは得意だった。
認めたくはないが、ジジイの教えで『想像力は武器なり』という言葉の通り、勉強は良く出来た方だった。
必死こいて勉強するまでもなく、普通に受験対策、普通の予習復習をしただけの受験勉強。
こういうのを、本当の『文武両道』というのではないだろうか。
あっという間に受験日を迎え、俺は前日に河口高校の近くにある、シティホテルを借りて受験に備えた。
受験に落ちるなんて、
こういう面でも、日輪無神流が開眼されるのだろうか。
受験も真剣勝負。
落ちるという事は、敗北をするという事。
認めたくないものだ。俺はやはり骨の髄まで、日輪無神流二十代目当主なんだろうな。
何だか複雑だった。
※※※※※
受験も終わり、合格発表の日。
ネット環境もままならない山奥。
封書で合否が全て決まる。
合格だった。
いや、合格する事が当たり前なのだ。
俺には合格しなければならない理由がある。
ばあちゃんは俺の合格通知を見て、喜んでもいたが、何だか複雑な表情をしていた。
合格したという事は、この土地を売り払い、そのお金を学費に当てるという事を意味する。
どんなに良い思い出や、嫌な思い出が多く詰まったこの土地を手放して親戚に預かってもらう、という事にばあちゃんは不安が多く残っているのだろう。
でも親戚はばあちゃんに対して、嫌な顔をせずに、寧ろジジイの印象が強く、ばあちゃんには優しかった。
それは俺に対してもそうだった。
この忌まわしき土地に、いつまでもいる訳にはいかない。
俺にとっても、ばあちゃんにとっても。
出発の前日。
ばあちゃんと二人の食事。
「やっぱり寂しいわ、貴久が遠くに行ってしまいそうで」
「大丈夫だって。毎日手紙は書くしさ。そんなに寂しがらないでくれよ。まるでお通夜みたいじゃん? でも今までありがとう。ばあちゃんにはすごく感謝している」
この言葉に嘘偽りなんてなかった。
ジジイに反抗できなくても、ばあちゃんはばあちゃんなりに、俺の事を気遣ってくれた。
正直な話、俺だって離れ離れになるのは辛かった。
出来れば近所の高校に、通う事だって出来たはずだ。
しかし、俺にはやらなければならない事がある。
剣道を潰す。
いや、殴り込み。
というのは建て前。
『剣道の根本を蹂躙する』
幼稚な発想ではあるが本気だ。
無謀な計画かもしれないが、ゆくゆくは形になるはずだ。
そして一番重要な事。
日輪無神流を『
俺の代でとどめを刺す、っていうのも悪くはない。その為の舞台は既に整っている。
生温い『剣道』が俺を手ぐすねを引いて待っている。
剣道が衰退していっているなら、俺が叩き潰すには持ってこいだ。
剣道の理念?
明らかに中途半端な理念だ。
時代遅れ。
所詮、今の剣道有段者、経験者には俺に勝つ事なんて出来るはずがないのだから。
もし、俺に勝てる輩がいるとするならば、それは『死線』を経験した者しかいないだろう。
俺はそう信じている。
ジジイとの稽古で、幾度となく死線を経験している。
結局勝てないまま、ジジイはあの世に逝ってしまったが、今の俺ならジジイに勝てるとも思っている。
目の前に立ちふさがる奴は、敵でも何でもない。
ただの、雑兵に過ぎない。
別れの朝。
ばあちゃんは親戚が迎えに来て、俺はそのまま河口高校の寮に入寮する手筈になった。
そして翌日には、今まで住んでいた忌まわしき家と、大きな土地は跡形もなくなっているはず。
そのための学費も手に入れた。
ばあちゃんは別れ際に、俺に近くの神社の御守りをくれた。
「貴久、身体には気を付けてね。くれぐれも無理はせんようにね。おじいさんの様になっては駄目だからね」
その言葉に胸が苦しくなった。
ここまで来て、その言葉に惑わされそうになった。
だが、もう覚悟は決まっている。
俺はジジイの様にはならない。
俺は俺の信じる道を進んでいく。
だから、こう自分に言い聞かせた。
『今の剣道に怒りで塗り潰せ。お前にならそれだけの力がある』
それを胸に抱いて、俺はバスと電車を経由して、いち早く河口高校に入寮した。
荷物も少なかった。
必要最低限の物しか持ってこなかった。
早々と入寮したから、二人一部屋が広々と感じる。
後は入学式を待つだけだ。
ちょうどひとりだ、俺はこれから先の事を考える。
剣道防具一式、竹刀も宅配で既に手元にある。
全中で俺が大暴れをかました事も、この学校にも知れ渡っているはず。
しかし、入部を断る道理はない。
ここは逆手に取らせてもらう。
昨今の部活動は、親がしゃしゃり出てくる様な時代だ。
どんな理由にせよ、問題行動を起こしたとしても、
だから俺が入部する事も、無碍にする事など出来ない。
出来るはずがない。
そして入部したら、そこにいる部員達は全て俺の敵だ。
全国からスカウトや推薦でやってきた、あまちゃん共だ。
少しでも骨のある奴がいれば、立ち塞がる者がいるならば潰す。
嫌とは言わせない。
剣道が好きな奴であれば、蹂躙しその心に恐怖を植え付ける。
そして自分が信じた剣道の理念を呪うが良い。
俺にはその自信と、信念が誰よりもある。
剣の道しか知らない俺に『剣道』など戯言、戯れ、お遊びでしかない。
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