2章:時を賭ける少女(第5話)
「ええと…カフェに向かうバスは…と。どれだどれだ? ボク、わかんないよ」
「神宮ちゃん、あのバス! ほら、もう来ちゃってるよ。みんな走ろ!」
「やれやれだ。なぜ俺と堀田が、当初の予定から外れ、体力を消耗してまで、連中に付き合わなければならないのか、合理的な説明を求めたいところだ」
「文句言わないの、豊橋くん。当初の予定がないことが、当初の予定だったじゃない?」
「あ~! とっとっと! 運転手さん、乗ります乗ります。まだ閉めないでくださいっスよ!」
「オ、オレを置いていかないでくれ~!」
プシュゥゥゥゥゥ
「ふう。よかったね、みんな乗れて。神宮ちん、ありがとうね」
「へへ。今日もボクは国府チャンの味方だからね」
「街外れに向かうバスなのに、結構人が乗ってるよね。ま、まさか、ここにいる全員、同じカフェが目的地なのかな?」
「ゴブリン…それはないと思うよ」
「国府ちゃん、目的のバス停まで、何分くらい?」
「えっとね、山をふたつ超えるから…30分くらいじゃないかな」
「パンケーキを食うために往復1時間か」
「あら豊橋くん。その時間がいいんじゃない。遠足みたいで楽しいと思わない?」
「遠足…。で、デートじゃなかったのかよ」
「えへへ、鳴海くんが困ってる。たしかに遠足みたいで楽しいよね。でも、国府ちゃんの気持ちを大切にしてあげてね」
「う…うん」
「ねえねえ、みんなみんな、映画どうだった? ボクは、あの神父さんがゾンビたちに対していきなりカンフーを使い始めたシーンが最高だったね」
「あ、ちょっとお、神宮ちん。感想はカフェについてから、って話だったでしょ?」
「あ、そっか。いや、思ってたより面白い映画だったからさ…。でも、ガマンしよ」
「神宮前よ。あの映画は、スプラッタでありつつも、スラップスティックと思わせつつ、絶妙なラインでシリアスなゾンビ映画に仕立て上げていた。傑作と評価して問題なかろう」
「ほら、豊橋くん。今、神宮前さんが国府ちゃんに叱られたばっかりじゃない」
「そうか。すまない」
「おい、誰か何か話をしてくれよな。オレ、沈黙に耐えられないタチなんだから」
「あ…あれ…? お、おかしいな…」
「ん? 国府チャン、どうしたの? 目に何か入ったの?」
「えっと…。ううん。なんでもないかも…。でも…やっぱりおかしいかも」
「どうした? 国府。体調に変化あったとかじゃないよな…」
「ううん…。大丈夫だと思う…けど…。ひっ!!」
「お…おい、どうしたんだよ…。僕の顔を見て驚かれるのは、あまりいい気分じゃないな…。ゾンビ映画を観たあとだし…」
「鳴海よ、待て。国府の様子がおかしい」
「国府ちゃん…? どうしたの? 何かに…怯えているみたい…」
「ささ、さっちん…。んっと…ななな、なんでも…な…なくないかも…。ああっ! 豊橋せんぱいまで…!」
「国府。お前まさか、超能力を使っているんじゃなかろうな」
「なんだって? 国府、さっき言ったはずだよね。10,000分経過するまでは、絶対に超能力を使ってはダメなんだ」
「ででで…でも…」
「豊橋くん、鳴海くん、国府ちゃんの様子がおかしいわ。落ち着かせてあげて…。大事な事を伝えようとしてくれている気がするの…」
「国府ちゃん、大丈夫だよ。あたしが抱きしめてあげるからね。ほら、ぎゅうううううぅぅ」
「う…うん…」
「ほらね? ほら、ゆっくり、深呼吸して。あたしと一緒に。ね? すー はー」
「すー はー…。うん。落ち着いたみたい…」
「そう、よかった」
「国府、ゆっくりでいいから、教えて欲しい。誰の、何の数値を確認したんだ?」
「えっと…超能力を使うつもりはなかったんだけれど…つい気になって、前の方に座っている人の寿命を調べちゃったの…」
「乗客の寿命を? それで?」
「私の数値化が間違っていなければ…あのおばあちゃん…5分後に死んじゃう」
「なるほど。老婆が5分後に死ぬのは可能性として、ない話じゃない。だが、お前の怯え方はそれでは説明がつかないほど尋常じゃない。続けろ」
「は…はい。でね…。気になって、反対側に座っている、お母さんと小さな男の子の2人を調べたの。そしたらね…」
「なるほど…そういう事か。解ったよ。その2人も5分だったんだよな?」
「そ、そうなの? 国府チャン」
「う…うん」
「神宮前、国府が調べたのは、それだけじゃない。僕や、豊橋の寿命も調べている。そして、それも5分だった…」
「な、なんだって? そ、それって…もしかして、オレやさっちゃんも5分ってこと?」
「そうか。得心が行った。改めて国府の数値化が正しいと仮定すると、このバスは5分後になんらかの事故に巻き込まれる。20人からいる乗客全員が死に至る程の大事故にな」
「そ…そんな…! 国府ちゃん…」
「鳴海、次のバス停までは何分だ」
「ええっと…ここからしばらくは、谷間を走るはずだから…10分以上あるはずだ」
「谷間だと?」
「さっき国府が言った通り、山を2つ抜けるからね。だから、5分後に事故に巻き込まれるとして、それよりも先に僕らがバスを降りるチャンスはない。だけど、しばらく雨は降っていないから、土砂崩れという事はないと思う」
「可能性はいくらでも考えられる。トンネルの落盤、斜面の工事現場から重機が落ちてくる。問題は、俺たちが今、残り5分足らずにおいて、国府の数値化を信じて無理やりにでもこのバスを停車させるかの判断に迫られている現実だ。もっとも、それにおいても、5分という寿命が停車した事を前提としているのであれば、停車したバスがなんらかの事故に巻き込まれるだろうがな」
「それなら、停車前後で国府に任意の乗客を数名調べて貰えばいい。停車後に乗客の寿命が5分より伸びていれば、事故は回避できた事になる」
「なるほど。そのくらいの超能力の使用回数であれば、国府の寿命は少なくとも5分よりは長く残るだろう、という仮説と同義か。合理的だし、俺はそれを残酷とは思わない」
「くっ…。そうか…。国府の寿命がどれだけ減るか、解らないんだった…」
「鳴海せんぱい。私、大丈夫です。やれます」
「国府ちゃん、無理はしないで!」
「さっちん…。だって…もしかすると、私ひとりの命で、多くの人の命を助けられるかもしれないんだよ? それって、さっちんが言っていた、超能力を人助けに使ったことになると思うんだよね。それに…何かあったとしても、鳴海せんぱいが助けてくれるんですよね? 私のこと」
「あ…ああ。もちろんだ」
「国府ちゃん…」
「さて…。問題は、どうやってバスを停止させるか、だな…。怪しまれずに停止させるのは難しいぞ。バスジャックする訳にもいかないしな…」
「ゴブさん、行って!」
「え、ええ!? さ、さっちゃん、このタイミングで、またオレなの!?」
「お願い、国府ちゃんのためにも、行ってほしいの!」
「オ、オ、オ、オレが…」
「…行って…」
「わ、わかったよ! なな、なんとかするよ! ったくチクショウ!」
「おい。ゴブリンが運転席に走っていったぞ。桜の差し金か」
「ううう運転手さん! て、停車して! オ、オレ、腹が痛くって、も、もう漏れそうなんだ!」
「トイレですか? ええっと、我慢できないですか? あと10分くらいで次のバス停ですけど」
「むりむりむり! 10分も我慢できるわけないじゃない! け、今朝から下痢だったんだ」
「我慢してもらえると他の乗客の皆さんも助かりますが、10分は無理そうですか?」
「だっかっら! 無理だって! おおお、も、漏れる! 運転手さん、ここで停車してちょっと運行予定が遅れるのと、オレがここで盛大に漏らして、他の乗客に迷惑をかけつつ運転手さんに汚物の掃除の手間までとらせて、結局運行が大幅に遅れるのと、どっちがマシか考えてみてくれよな!」
「わかりました。もう少し行ったところに公園がありますから、その路肩に停車します。乗客の皆さん、運行に若干の遅れが出る事、ご容赦ください」
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