2章:時を賭ける少女(第4話)

「国府チャン、ボクもオシッコ!」


「あ、神宮ちん。ありがとね、私のわがままに付き合ってもらっちゃって」


「ううん。ボクも楽しませてもらってるから大丈夫だよ。豊橋先輩はちょっとあれだけどね」


「うふふ。神宮ちんが豊橋せんぱいと言い合いしてるの、遠くから見ていて面白いよ」


「そ、そうなんだ…そう見えるのか…。ところでさ…国府チャン、鳴海先輩とのデート、楽しい?」


「うん! 私ね、今、すごく楽しい。こんな時間が終わらなければいいのに、いつまでも続けばいいのに、って思うんだ」


「そ、そっか…」


「でも、わかってるんだよね…。長くは続かないってこと…」


「それって、国府チャンの寿命の事…?」


「もちろん、そうだよ」


「…国府チャンは、鳴海先輩の事、どう思ってるの?」


「鳴海せんぱいの事? もちろん、好きだよ!」


「うっぷす…。そ、そうだよね」


「うふふ。神宮ちんが何を言いたいのか、わかってるよ。さっちんには、ちゃんと謝るつもりだし、今日のデートが終わったら、私、鳴海せんぱいを振るつもりだから」


「つ、付き合ってもいないのに、振られる鳴海先輩…かわいそう…」


「だから、もう少しだけ、夢を見させて欲しいんだ…私…」


「国府チャンの気持ち、なんだか解るな…ボク…。でも、鳴海先輩と豊橋先輩がきっと、国府チャンの事を助けてくれるよ。だからさ、死ぬことを前提に生きるのは、やめようよ…と気軽に言ってはいけない気はするけれど…」


「うふふ。ありがとう、神宮ちん。でもね…私、自分の超能力について、2つ気づいた事があるんだ」


「気づいた事…?」


「それがね、今、ここで鏡を見て、確証に変わったんだ…」


「それって…いい話? それとも、悪い話…?」


「う~んっとね。悪い話かな」


「そそ、そうなんだ…。あっ! 言いたくなかったら、言わなくていいよ。もし、ボクじゃなくって、鳴海先輩とかに相談したいんだったら…」


「うふ。気を遣ってくれてありがとうね。でも、神宮ちんに聞いてほしい。それから鳴海せんぱいに相談しよっかな…」


「わ…解った。うん…。じゃあ、教えてくれる? まず、ひとつめに気付いた事というのは?」


「ええっとねえ…ひとつめはね」


「うんうん」


「私…どうやらね…。数値化の超能力を使うのに、私の大切なものを使わなきゃいけないみたいなの…」


「大切なもの…って。カロリー、とかじゃないよな…」


「やだ、神宮ちんったら。うふふ! そうじゃないよ。えっとね…使わなければいけないもの、っていうのはね…私の、寿命」


「は?」


「だからね、私の、寿命なの」


「それって…つまり…。超能力を使う度に、国府チャンの寿命の数値が…減ってるってこと?」


「そうなの!」


「そうなの…じゃないよ。それって、大変な事じゃん! それで、2つめというのは…」


「ふたつめはねえ…。うん…。ええっとねえ…。ええっとぉ…。うぅ…ぐすっ…ぐすっ」


「ど、どうしたの…国府チャン…そんなに言いづらい事なの?」


「ふ…ふたつめはね…。わ、私…ほ…ほんとに…迂闊だった…」


「迂闊って…」


「わ…私の寿命ね…。85,521分って…」


「う、うん…」


「さ…逆さまだったの…」


「逆さま?」


「鏡に映った数字…逆さまだったの」


「逆さまだった…。あっ! 鏡だからか! そういう事なんだ…。そんな! じゃあつまり、85,521分じゃなくて、15,228分だったってこと?」


「うん…。でも今は、それから何回も超能力を使っちゃったから、もう10,000分を切っちゃってる…」


「こ…国府チャン…そんな…」


「う…うぅううぅぅぅううぅぅ…」


「と、とにかく皆のところに戻ろうよ」


「うわああぁぁあぁあああん! あああぁぁああああああん!」


「こ…国府チャン…。そうだよねえ…悲しいよねえぇぇ…。ボクも…悲しいよぉ…ぐすっ…ぐすっ。」


「おいっ! どうした? 大丈夫なのか!? 国府の泣き声が聞こえた気がするけれど」


「な、鳴海先輩…今、国府チャンを連れてトイレから出ますから!」




「なるほど…そういう事だったのか…」


「ふん。国府の数値化は、デジタルフォントでの表示だったという訳だ。興味深い」


「ね、ねえ鳴海先輩。10,000分って、何日くらいになるのかな…?」


「あまりはっきり言いたくないけれど…。約170時間。ほぼ1週間だ」


「おい、国府よ。お前が超能力を使うと、1回あたりでどのくらいの寿命が削られる事になる?」


「わ…わかんないです…。一応、私のできるかぎりで確認はしたんですけど…。バラバラなんです」


「バラバラだって? 使う度に同じ時間だけ減る訳じゃないのか…」


「法則は探せるだろうが、いくつかの精確な実験サンプルが必要だな。もし国府の寿命表示が正しいと仮定した場合、法則を確定する前に国府が死ぬ可能性がある」


「じゃ、じゃあ、国府チャンがいつ死ぬか解らないってことスか? それって、国府チャンを助ける時間が、もう残されていないって…そういうことスか…?」


「いや、それとこれとは話が別だ。まだ7日間近くあるなら、全然問題ない。僕と豊橋がいる限り、国府が死ぬ事は絶対にない。不確かな要素は、国府の超能力使用による寿命の減少幅だけなんだ。つまり、国府がこれから7日間、一切超能力を使わなければ、死のタイミングを正しく測定して対策ができる。むしろ、60日も思い悩んだり対策したりする必要がなくなった分、喜ぶべき状況だよ」


「鳴海よ。それは確かに合理的に思える。だとしたら、現段階の情報で考えうる国府の死因は何だ? 超能力を使うと寿命が縮む。あるいは、超能力を使わずとも、10,000分が経過すれば死ぬ。ここから導かれる死因が、俺の想定範囲を超えていると言わざるを得まい」


「寿命減少による死因なら、超能力の使い過ぎによる体力消耗とかだろうね。10,000分経過なら、それ以外の、事故とか事件が死因だろう。そして、この2つは相互に干渉し合う…。これが両立する条件とは…」


「ふん。人智を超えている。どちらにしろ、俺たちにできるのは、国府に今後一切の超能力を使わせない事と、できるだけ早いタイミングから国府の監視、監禁を開始する事だろう」


「そうか…そうだな…」


「オレ…なんて言っていいかわかんないよ…。コウちゃんは大切な調理部の後輩だしさ…」


「鳴海くん…国府ちゃんを死なせちゃ、いやだよ…?」


「とにかく、だ。今日、国府が死ぬ事はないよ。そしておそらく、この苦難を乗り切る前において、国府が高校生生活を楽しめる最後の1日のはずだ」


「さ…最後の1日…なんだ…私にとって…」


「はは。大丈夫だよ。だって、国府の寿命の数値化は、あてにならないだろ? どのみち、国府が本当に死に至る可能性は低いと思うよ」


「そ…そうですよ…ね…。鳴海せんぱい…」


「国府ちゃんは…どうしたいの? このまま、デートを続けられる?」 


「さっちん…。さっちんがよければ、私は…このまま、デートを続けたい…。だって、最後になるかもしれないんだもん」


「そっか…。そうだよね、国府チャン。うん、ボクも最後まで付き合うよ」

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