2章:時を賭ける少女(第3話)

「で、なんで僕が、休日に国府とデートをする事になったんだ?」


「あ~! 今更遅いですよ! だって、私の事を助けるって言いましたよね?」


「いや、確かに言ったけどさ…。助けるのは国府の命であって、乙女心じゃない」


「い~だ! さっちんと鳴海せんぱいは、つきあってない、って言いましたよね。今更遅いですよ!」


「さ、桜が聞いてるんだから…。というか、なんで皆もついてきてるんだよ」


「ボ、ボクは国府チャンの保護者代わりだから…親心っスよ」


「俺と堀田が元々出かける予定だった場所に、偶然お前たちがいた。それだけの帰結に過ぎん」


「ごめんね、鳴海くん。アタシはこの恋愛劇の行方に興味があるけれど、必ずしも誰かの味方ではないからさ」


「ほ、堀田さん…そんな…。ど…どうすればいいんだ、僕は…。で…ゴブリンは? なんで君までいるんだよ…」


「オ、オレはさっちゃんに呼び出されて来ただけだよ…。オレだって、訳わかんないよ!」


「桜に…?」


「ふんっだ!」


「ど、どうすればいいんだ…」


「デートコースは私が決めてきました! せっかくの休日なんですから、楽しみましょうよ」


「ふう…。まあ、国府がいつもの国府に戻ってくれたのはよかったけどさ…」


「アタシが口を出す事じゃないけどさ、鳴海くん。国府ちゃんの今日の姿を見て、何も思わないの? リボンがついた白いワンピースに、麦わらのハット。薄く引かれたリップにチーク」


「そ、そりゃ…可愛いと思いますけど…」


「ほほ、ホントですか!? やった~、頑張った甲斐がありました!」


「国府チャン、まだ寒い時期なんだから、風邪を引いたらよくないよ。ボクのカーディガンを羽織りなよ」


「神宮ちん、ありがとう! うん、いい感じ! じゃ、レッツゴー!」


「レッツゴー…はいいけどさ。どこへ行く予定を組んでくれたの?」


「うふふ! 何しろ、私と鳴海せんぱいの初めてのデートなんですから、控えめに計画しました~!」


「控えめねえ…」


「まず、お昼ごはんを食べに行きましょう~! といっても私達は高校生ですから、駅前のファミレスで文句はありませんからね?」


「文句もなにも…」


「それから、映画を観ます! この作品です」


「…これって、ゾンビ映画じゃないか…」


「あれ~? つり橋効果って、聞いたことありませんかあ? 初めてのデートと言ったら、ゾンビ映画ですよ」


「そ…そういうものなのか…知らなかった」


「そうですよ! それからバスに乗って移動して、このカフェに行きましょう。前から行きたかったんですよね~」


「あ、国府チャン、そのお店ならボクも知ってる。あの絵本に出てくる、スキレットで焼いたパンケーキを出してくれるお店だよね? ボクも行ってみたかったんだよね」


「でしょでしょ!? 絵本の世界に囲まれたメルヒェンチックなカフェで映画の感想なんかを語り合いましょうよ」


「絵本の世界でゾンビ映画の話をするのかよ…」


「そして、最後はラブホテル!」


「ぶっ!」


「さすがの俺も、国府の欲しがりには動揺を隠しきれん。堀田、フォローしてやってくれ」


「こ、国府ちゃん…。アタシが口を出す事じゃないけどさ…桜ちゃんだっているんだから…と言いつつ、アタシは誰の味方でもないけどね…」


「私、60日後に死ぬかもしれないんですよ? そりゃ、焦りますよ! 処女で死にたくないですもの~」


「ぼ、僕、もう、国府のペースについていけない…」


「……」


「さっちゃん、黙り込んで、どうしたの? 大丈夫?」


「……ゴブリン…行け…」


「え? さっちゃん、何? なんだって? オレは何をすればいいの?」


「…行け…」


「うぅ…」


「……行け!」


「ど、どうすれば…」


「行くのだ!」


「は、はい~!」


「ん? どうしたゴブリン?」


「ふ、ふ、ふ…」


「ふ? ふ? ふ?」


「ふ、不純異性交遊は、風紀委員としてこの栄生の目の黒いうちは…」


「何言ってんだよ。うちの学校に風紀委員なんて委員会は存在しないじゃないか。まあでも、ゴブリンの言う通りだよな…。控えめって言ったのは国府だしね」


「ちぇ~。まあ、いいんです! その場の流れでなんとでもしますから!」


「さっちゃん、あんな感じでよかったかな?」


「ゴブリン…グッジョブ!」


「さっちゃん…」






「へえ、国府はお菓子づくりが得意なのか。知らなかった」


「え~ひどいですよ鳴海せんぱい。私、これでも調理部なんですから」


「いや、それは知ってたけどさ。お菓子づくりって、料理とはまた別のジャンルなイメージなんだよな~」


「あ~、確かに、それは間違ってはいないかもしれないですね。正直、お料理は温度や調味料が目分量でもなんとかなりますけれど、お菓子はそうはいかないですからね」


「まさに、魔法って感じだよね。お菓子づくりは」


「そうですそうです! という訳で、私はこのゴダイヴァとコラボしたチョコレートパフェをデザートに所望いたします」


「はいはい、好きにしてくれよ」




「あれ? さっちゃんは、何も食べないの?」


「しょ…食欲がなくって…」


「そそ、そっか…。そうだよね…お察しするよ」


「ゴブさんは、好きなものを食べていいですからね」


「そ、そう言われてもなあ…オレだけ何か食べるのも…。オ、オレもコウちゃんと同じパフェだけにしておこうかな…。一応、調理部だし」


「あ、あれ? ゴブさんって、国府ちゃんと同じ部活動だったんですか?」


「そうだよ。知らなかった? そして多分、お菓子作りの腕ならオレの方が上さ」


「そ…そうだったんですね…。失敗しちゃったな。ゴブさんと国府ちゃんをくっつけておけばよかったんだ…」


「ん? 何か言ったかい?」


「い、いえいえ。なんでもないですよ。…あたしの損得だけで物事を考えちゃだめだよね…」




「それで、なぜお前が、俺と堀田のテーブルに鎮座しているのか、理由を聞かせてもらおう」


「し、仕方ないじゃないスか。ボクだけあぶれちゃうんだから」


「そうか。お前が桜のフォローをしないのも、また女の友情の形というものか。興味深い」


「豊橋くん。神宮前さんをいじめちゃ可哀想よ。それとも、豊橋くんはアタシよりも神宮前さんに興味があるのかしら?」


「俺が? 神宮前にか? なるほど。笑えない冗談も度が過ぎると、逆に笑いがこみ上げてくるというものだ」


「堀田先輩には悪いですけど、精神年齢だけ異常にオヤジな、デリカシーのない高校生には、ボク、一切興味ないですから」


「ほう、神宮前よ、珍しく意見が一致したな」


「…まったく…困ったもんだわ…。で、神宮前ちゃんは何を食べるの?」


「ボクは粉ものが好きなんですよね~。でも、さすがにファミレスにお好み焼きはないか」


「ふっ。お好み焼きか。そんなお前にうってつけの粉ものを注文しておいてやろう。堀田、オーダー用のタブレットを貸してくれ」


「はい、これ。神宮前さんにヘンなモノを注文したら、アタシも承知しないからね」


「堀田の気性を荒立たせるのは俺の流儀に反する。安心しろ…。よし、頼んでおいてやった」


「な、何を頼んだんだよ一体…。あ! こ、これは…。たっぷりコーンマヨネーズピザ!」


「ちょっと豊橋くん!」


「精神年齢がガキの女子高生にこれ以上最適な注文回答があるなら、是非教えてもらおう」


「や、ありがとうございます。ボク、ピザも大好きですから」


「あら、豊橋くんのアテが外れたわね…」


「…小麦粉の円盤であれば、洋の東西を問わないとはな。デリカシーのない小娘だ」


「よ~し、じゃあ、代わりにボクが豊橋先輩の注文をしてあげますよ。豊橋先輩の好物って何ですか?」


「お前がそれを俺に訊くのか」


「神宮前さん、豊橋くんの好物は、お蕎麦よ」


「蕎麦! うわ~ジジイだ。豊橋先輩っぽいっスよねえ。じゃあ…えっと…これだ! ふふ~ん。頼んでおいてあげましたからね」


「堀田、コイツが何を注文したか、確認してくれるか」


「まったく2人して、子供みたいなケンカするんだから…。えっと…お肉たっぷりミートソースパスタ」


「ほう、奇遇だ。ミートソースパスタなら、俺の好物のひとつだ」


「うっぷす! 小麦粉の麺であれば、洋の東西を問わないとは…。ガキなのかジジイなのかわからない先輩だぜ」






「国府…こ、これって、スプラッタ映画じゃないの?」


「そりゃあ、ゾンビ映画といったら、血沸き肉踊るスプラッタですよ。なにしろ、撮影に使った血糊の量がギネス記録申請中だとかなんとかで、凄いんですよ!」


「じ、人生初めての女の子とのデートで、スプラッタ映画を観る事になるとは…」


「あら、鳴海せんぱいは、耽美的な名画系がよかったですか~?」


「いや、そういう訳でもないけどさ…。まあ、国府が観たいものなら、僕もそれでいいよ」


「やったあ! あとで感想きかせてくださいよ? あっ! 始まりますよ」


「絵本の世界のカフェで、スプラッタ映画の感想会…」




「え? ソ、ゾンビ映画? うそだろ? デートで観る映画なんだろ?」


「ゴブさん、あきらめてください。国府ちゃんはそういう性格なんです」


「さ、さっちゃんはホラーとかゾンビとか大丈夫なの? オ、オレは苦手なんだよな~。て、てっきり恋愛ものかと思ったのに…」


「ゴブさんは怖がりだったんですか?」


「あまり大声では言いたくないけどさ、オレは昔っから怖いのがダメなんだよ。未だに暗いところが苦手だしさ…。色々と想像しちゃうんだよね」


「えへへ、なんかそれって、ゴブさんらしいですね」


「さ、さっちゃん…。そうだ、映画館の暗闇でソンビ映画を観るなんてオレにとって拷問だよ。だから、上映中、手を握っていておくれよ」


「それは遠慮しておきます」


「やっぱりか!」




「はい、豊橋くん、神宮前さん、ポップコーンと飲み物」


「ありがとうございます、堀田先輩。あとでワリカンしますからね。コーラ貰ってもいいですか?」


「もちろん。豊橋くんはウーロン茶ね」


「ああ、すまん」


「あと、ボク…出口に近い席に座ってもいいですか? お、オシッコが近いんで…」


「ふふふ。もちろんいいわよ、神宮前さん。でも、豊橋くんはよかったの? 出口に近くなくて」


「…それ以上を言ったら、さすがの俺も、心荒ぶること、なきにしもあらず、といったところか」


「はいはい。ふふ…豊橋くんも子供ね」


「それにしても、おふたりは、本当にもともとこのゾンビ映画を観る予定だったんスか?」


「…何が言いたい?」


「だって、おおよそデートには似つかわしくない映画じゃないスか。今どき流行らない、スプラッタですよ、スプラッタ。バケラッタじゃないんスよ」


「神宮前さん、笑わないであげてね。豊橋くんは、ホラー映画が好きなのよ」


「堀田よ、その言い方は語弊があると指摘をせねばなるまい。俺が嗜むのは耽美的なカルトホラーだ。そして、ゾンビ映画はまた違った妙味を楽しむジャンルだ。B級かつ陳腐であればあるほどいい」


「なんだ、結局ゾンビ映画も好きなんじゃないスか」


「なるほど、お前に映画のジャンルについて講釈するには、映画泥棒の時間だけでは不足のようだ」


「あ、ほら、始まりますよ! 豊橋先輩、ちょっと黙っててください」


「…ふん」






「ふう…。当分、血液とか内蔵とかは遠慮したいな…」


「あら? 鳴海せんぱいはスプラッタ駄目でした? 私はこの後でも、全然焼肉食べられますよ?」


「国府は外科医に向いてるかもな…」


「うふふ! でも、女の子は毎月生理があるから、男の子よりも血をみるのには慣れてるんですよ?」


「そっかあ…。そうだよね。女性ってたくましいなあ」


「ふふ。わかってくれたら結構けっこう。私、ちょっとトイレに行ってきますね!」




「あ、国府チャンがトイレに行ったぞ。化粧直しかな。桜チャン、どうする? ボク、一緒にトイレについて行ってあげてもいいよ? 国府チャンに確認したい事があるんじゃない?」


「えっと…。そ、そうだね。でも、国府ちゃんの気持ちも考えなきゃ…。あ、あたしが邪魔をしちゃうのも…」


「桜チャンの動揺もわかるけどさ…。じゃあ、ボクだけが行って、国府チャンの気持ちを聞いてくるよ」


「う…うん。ありがとう。そうしてくれると…助かるかな」


「まかしといて!」

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