第二話 轟

 裸の男が倒れていた。どうやら気を失っているようだ。火の手は着々と広がってきているが、何とか人ひとり担いで戻ってくるくらいの時間はあるだろう。急いで彼の所へ行き、抱えると、その身体は信じられないほど熱く、軽かった。

 ちらりと顔を覗くと、ひどく悔しそうな顔をしていた。ひとまず僕の家に運ぼう。

 適当な所で上着を脱いで彼の下半身に巻いておいた。


 二日後、彼は目覚めた。

「気が付いたか。僕は琥太郎ってんだ。あんた、名前は? どこから来たんだ? どうして裸で山の中で裸だったんだ?」

彼は何か答えようとして、咳込んだ。

「ああ、悪い悪い。寝起きだもんなあ。ほら水」

彼は水を受け取ると、ゆっくりと飲み干し、それから深呼吸して答えた。

「名前は、無い。ここは、何処だ」

ゆっくりと、困惑した声だった。

「ここか? ここは黒那藩の六鬼村だ。しかし、名前が無いっていうのはどういうことだ」

僕の質問に、

「無いものは無いんだよ。しかし、失敗ったな。どうしたものか」

と彼は半ば独り言のように答えた。

僕が「名前が無いのは不便だな。そうだ、あんたを見つけた時、大きな雷が鳴っていたんだ。ひとまず、轟と呼んでもいいか?」と聞くと、

彼はただ、

「好きに呼んでくれ」

と言った。

 どうして名前が無いのか、いったい何に失敗したのか、何故あんな場所で裸だったのか。分からないことだらけだが、害は無さそうだし問題ないだろう。どこにも行くあてがないというので、僕は轟をしばらく家においておくことにした。裕福ではないが、人ひとり増えたくらいどうとでもなる。自分用の飯を減らせば問題はない。


 甘かった。

 轟はしばらくの間、出された飯に手を付けなかったが、我慢が出来なかったのだろう。一口つまんでからは、怒涛の勢いで食べ始めた。一食につき常人の二倍、三倍は食べている。もう一週間経った。僕が飯を減らしたからといってどうこうできるものではない。何か解決策を考えなければ。

僕の悩みを感じ取ったのか、轟は突然立ち上がり、家を出ていった。夕方になると、轟は山のように魚を捕って帰ってきた。

「どうしたんだ、こんな量」

「捕ってきた」

「捕ってきたって、お前、これは一人で捕れる量じゃないぞ。一体、どうやったんだ」

「どうだっていいだろ。琥太郎にはだいぶ世話になってるからな」

それでも食い下がらず問い詰めると、明日、どうやったか見せてくれることになった。


 翌朝、川に行くと、轟は右手を水中に入れ、何やらぶつぶつ唱え始めた。

 大気が膨張し、震え始めるのを感じる。一瞬、辺りが静まりかえったかと思うと、直後に水面が爆発し、雷鳴が轟いた。吹き飛ばされた魚が空から降ってくる。なるほど、これなら魚を大量に捕れる。

「俺、雷神の息子なんだ」

轟はこちらを向いて、にやりと笑いながらそう言った。

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