夢と未来
――九六七年 花季二節
本当にそれは偶然としか言いようがなかった。
いくら『獣のはらわた』の案内人であり「化物」たる『ヤドリギ』とて体は一つであり、彼の存在に比して『はらわた』はあまりにも広い。『ヤドリギ』が知っている箇所だけが『はらわた』の全てでないことは、彼自身が重々承知している。
だから、その上で――、瘴気苔の群生地に迷い込んでしまった少女を見つけることができたのは、まさしく奇跡的であったといえよう。
瘴気苔の正式名称を『ヤドリギ』は知らない。『ヤドリギ』は植物の種類や性質を感じることはできても、「人がどう名づけているか」を知ることはできない。だから、彼は、それが空気中に人の感覚を鈍らせる毒を撒く性質があることを知るのみである。この毒を吸い続けていると、やがては全身が麻痺して死に至る。『ヤドリギ』はともかく、普通の人間であれば一日ここで暮らしていればさぞかし楽に死を迎えられるだろう。
……そんな中に、『獣のはらわた』にはいささか相応しくない少女が倒れていたのである。
ランタンの灯り越しにもはっきりとわかる、よく手入れされた長い金髪。肌は血の気を失っているが、きめ細やかで柔らかそうだ。着ている服はごく簡素で動きやすさを重視したものはあるが、仕立てのよいものであることが一目でわかる。要するに、絵に描いたような良家の子女というやつだ。
一体、このような少女がどこから迷い込んだのだろうか。迷い込むような「入り口」がどこかに穿たれてしまったのだろうか。しばらく『獣のはらわた』と地上との出入り口は確かめていなかったので、また確認する必要がありそうだ。
ともあれ、見つけてしまったからには放っておくわけにはいかない。せめて瘴気苔の影響のない場所までは運ばなければ命に関わる。『ヤドリギ』は左腕で彼女を抱えあげ、右の蔦でその体が傾がないように支える。
そのまま苔の群生地を抜けて、さらにその先の少し開けた場所に移動する。そこはちょうど、昨晩『ヤドリギ』が寝泊りした場所であったから、広げたままにしておいた毛布の上に少女を横たえ……ようとして、背中の鞄が邪魔であることに気付いて、鞄をはずし、少し胸元をくつろげてやってから改めて毛布の上に仰向けに寝かせてやる。
見たところ、呼吸は安定しているため、命に問題はなさそうだ、と『ヤドリギ』は胸を撫で下ろす。『ヤドリギ』に草花の毒は通じないが、人の体内の毒を浄化することはできない。もしかすると可能かもしれないが、やり方がわからないし、他人を実験台にして試す気にもなれないので、見守ることしかできないのだ。
彼女が目を覚ますまで、念のため彼女の持ち物を検めることにする。過去に『原書教団』の残党が『はらわた』に立てこもった時があり、その時は『はらわた』の一角を吹き飛ばすほどの爆発物を持ち込んでいたことがあったのだ。一見人畜無害に見えても、警戒を怠ることはできなかった。それが果たして『ヤドリギ』の役目かどうかは答えに窮するところではあったが、そうせずにはいられないのが『ヤドリギ』なのであった。
手には霧払いのランタンが握られている。それから、鞄の中に小型の羅針盤にチョーク、地上の地図とペン。地図は、ちょうどこの真上辺りの拡大地図であろう、と推測された。『ヤドリギ』は地下に潜って長いが、それでも地上の地理はある程度把握している。
それ以上に、特筆すべきものは見つからなくて『ヤドリギ』もほっとする。
「……探検、だろうか」
ぽつり、誰が聞いているわけでもないが、唇から言葉が漏れた。
しかし一人で『はらわた』を歩くなど自殺行為だ。『ヤドリギ』でさえ何度か死を覚悟したことがあるのだから、こんな成人にも満たない少女が、何も知らずに歩き回っていい場所ではない。
しかし、彼女が目覚めるまでは話を聞くこともできないし、地上に送り届けることもできない。待つしかないか、と思いかけたところで、声が聞こえた。
何と言っているのかは判然としないが……、これもまた、少女の、声だ。
『ヤドリギ』は弾かれるように立ち上がると、ランタンを手に声の聞こえてきた方へ足を向ける。声はそう遠くはなかった。だから、曲がり角を折れたところで声を張る。
「誰かいるのか?」
向こうからこちらがどう見えているのかはわからないが、『ヤドリギ』からはぼんやりと、細い道の先にいる人影が見えていた。ひょろりとした身体の少女は、身を乗り出すようにして言う。
「あのっ、……こちらに、一人、女の子が来ませんでしたか?」
どうやら、あの少女を探しに来た友人か誰かのようだ。果たして自分の姿を晒してよいものか一時迷ったが、そうしなければ話は進まない。「ああ」と答えながら、『ヤドリギ』はそこに立つ少女に歩み寄る。
先ほどの少女は金髪だったが、こちらの少女は濃い色の髪をしていた。色味はランタンの灯りだけでは判別がつかないが、おそらく栗色あたりだろうか。長い髪を明るい色のリボンでポニーテールにしており、ぱっちりとした目にそばかすが特徴的だった。女子学生らしい制服から覗くしなやかな手足といい、見るからに元気が有り余っていそうな少女だ、と思う。
「確かに、少女が倒れているのを見つけたが、君は彼女の友人だろうか」
「た、倒れていた!? どういうことですか!?」
「この奥に、有害な空気が充満している区域がある。……彼女は知らずそこに立ち入ってしまったのだろう。幸い、発見が早かったから、意識を失う程度で済んでいる。今は、安全な場所に運んで休ませているから、もう少しで目を覚ますはずだ」
一瞬声を荒げた少女が、ぽかんとした顔でこちらを見上げてくる。そういう反応には『ヤドリギ』も慣れている。……どうも『ヤドリギ』は口下手な割に言葉が多いというか、一言で全てを説明しようとしがちなのだ、と誰かが言ったことを思い出す。悪い癖だな、と自らを戒めつつ、呆然としたままの少女を促す。
「……口で言うより、見てもらった方が早いな。ついてきてくれ」
「えっ、あ」
そのまま頷くかと思われた少女は、しかしその場から動かないまま、一つ、深く呼吸をしたのちに「あの」と口を開く。
「何だ」
「あなたが見つけた彼女とは、どのような見た目をしていましたか。それを確かめるまでは、あなたについていくことはできません」
凛とした声だった。明らかに異様な出で立ちの『ヤドリギ』を前にしても臆する様子もなく、否、少なからず恐怖はあるのだろうがそれを押し殺して、冷静に自分のすべきこと、してはならないことを判断しようとしている。
なるほど、と。『ヤドリギ』はちいさく頷いて、少しだけ笑った。
「君は賢いひとだな」
素直な感想だ。そして、賢くあろうとする彼女に応えるべく、更に言葉を続けていく。
「質問に答えよう。年頃は君と同じくらい、おそらくは十四、五。君より少しばかり小柄に見える。髪はブロンドで、僅かに癖のある長髪。服装は……、あれは学生の運動服だろうか。女学生のそれには疎いので、定かではないが。また、申し訳ないが念のため持ち物は検めさせてもらった。霧払いのランタンに、小型の羅針盤にチョーク、このあたりの地上の地図とペン。それ以外に特に持ち物はなかった」
そこまでを言ったところで、少女の表情が少しだけ緩んで、それから慌てた様子で頭を下げた。頭の上の方で結われた房が、尻尾のように揺れる。
「ごめんなさい、疑うようなことを言って」
「いや、君のそれは当然の問いであるし、警戒心が強いのはいいことだ」
こと『獣のはらわた』において、警戒心は己の命を守る最大の鎧だ。むしろ、警戒心がまるで無い方が不安になる。
その上で、少女は自分の中でもう少しだけ検討を重ねたのだろう。しばしの沈黙の後に、顔を上げて、きっぱりと言ったのだった。
「わかりました。彼女のところに、連れて行ってもらえますか」
彼女の中で覚悟が決まったなら『ヤドリギ』が首を横に振る理由はない。頷きひとつでそれに応え、そういえば、と彼女の手に握られたランタンに目をやる。
「それは、そこに置いておいていい」
当然ながら「どうして」の視線が投げかけられる。『獣のはらわた』の性質を知らない者はみな同じ顔をする。それが少し面白いと感じながらも、できる限り正しく伝わるよう言葉を選ぶ。
「霧払いのランタンは、場所によるが、ほとんど使いものにならない」
「使い物にならない、ですか?」
「地上と比べて、『はらわた』は大気中の魄霧濃度が不安定で、薄いところの方が多い。霧払いの灯は魄霧を透かして照らすものだから、その程度の光しか得られない」
なるほど、という顔をしてくれるだけ、この少女は物分りがよくて助かると『ヤドリギ』は内心で嘆息する。いくら説明してもそもそもこちらの話を聞く姿勢を持たない来訪者も多いのだ。半分くらいは『ヤドリギ』の問題なのだが、本人でもいかんともしがたい部分でもあり、難しいものである。
ともあれ、『ヤドリギ』は持っていた着火式のランタンを少女に差し出す。
「代わりにこれを使うといい」
「あなたは大丈夫なんですか?」
「大丈夫だ。慣れている」
少女は『獣のはらわた』の闇を見通すことができないだろうが、『ヤドリギ』は違う。本来はランタンがなくとも、ところどころに生える発光性の苔の灯りと、周囲の植物の「感覚」さえあれば、十分『はらわた』を歩くことができる。……これも、数年ここに篭ってやっと自分のものにできた能力ではあるが。
少女が確かにランタンを握ったことを確認して、彼女を先導するために背を向ける。それから、念のため少しだけ振り返って付け加えておくことにする。
「くれぐれも足元には気をつけてくれ。このあたりは、特に荒れているから」
「はい! ……わっ!?」
明るい返事とほとんど同時に、がくん、と少女の身体が大きく傾いだ。慌てて『ヤドリギ』は手を伸ばす。何とか少女の腰の辺りを抱えることで事なきを得たが――。
「……その、言ったそばから転ぶのはやめてもらえるか」
「す、すみません」
意外とそそっかしい子なのかもしれない、と『ヤドリギ』は少女の印象をもう一段階改める。先導するよりも、横で並んで歩いていた方が安全かもしれない。そんなことを考えながら彼女を立たせていると、不意に、問いかけが耳に飛び込んできた。
「右手が悪いんですか?」
……そう、今は右手の蔦を意図して使わなかった。もし手の届かない位置だったら蔦を伸ばしていただろうが、あまり、人目に晒したくないというのが本音だった。『ヤドリギ』とて、好きでこんな身体をしているわけではないのだ。
だから、多くを語らずに頷きを返し、少女を手招く。
「あと、俺の左側に立ってもらっていいだろうか、右は目と耳も利かないんだ」
これに関してはいかんともしがたい。特に右や背後から話しかけられると『はらわた』の音の反響具合もあってまともに聞こえなくなってしまうのだ。どれもこれも、自業自得といってしまえばそれまでなのだが。
果たして、少女はそんな『ヤドリギ』をどう見たのかわからないが、神妙な顔で頷くと素直に横を歩き始めた。相変わらず足取りはおぼつかないし、時々つまずくこともあるが、何とかかんとか『ヤドリギ』についてくる。
制服のスカートの裾を揺らしながら、一歩、また一歩と慎重に歩みを進めるその姿を眺めながら、『ヤドリギ』はつい口を開いていた。
「君もその格好からすると学生のようだが、どうしてこんな場所に?」
「え、わ、わたしですか?」
「もちろん、答えたくなければそれで構わない。単なる興味からの質問だ」
そう、本当にこれはただの興味だ。詮索のつもりはない。だから答えてもらえなくても全く気にしなかったが、少女は律儀にも『ヤドリギ』の問いを真面目に検討してくれたらしい。ぽつり、ぽつりと口を開く。
「わたしたち、学園からの抜け道を探してたんです。それで、『はらわた』に通じる場所を見つけて、もしかしたら『はらわた』から学園の外に出られるんじゃないかって」
「随分と無謀な計画だな。君も首都の人間なら『はらわた』がどんな場所か知らないわけでもないだろう。事実、君の友人は偶然見つからなければ危ないところだった」
言ってから『ヤドリギ』は後悔する。それは目の前の少女が一番よくわかっていることであり、自分があえて指摘することでもなかった、と。事実、『ヤドリギ』の言葉を聞いた少女は一瞬沈んだ顔をしたが、すぐにぱっと顔を上げて、はっきりと言った。
「でも、彼女の夢のため、なんです」
――夢。
長らく忘れかけていた言葉。否、『ヤドリギ』の中には確かに存在し続けていながら、もはやかつてのそれとは、すっかりかたちが変わってしまったもの。
少女は凛と背筋を伸ばして、一言一言を噛み締めるように語るのだ。
「彼女には、ここではどうしても叶えられない夢がある。わたしは、そんな彼女を応援したいと思ったんです。……確かに危険な手段だったと思ってます、けど」
友の夢を叶えるべく、共にある。どれだけの苦難を伴おうとも、伸ばされた手を振り払わない。そして、一歩を踏み出そうとする背を押す。
そういう関係を、『ヤドリギ』はあまりにもよく知っていた。知りすぎていた、と言ってもいい。
だから、
「そうか」
という一言だけをもって、彼女たちのあり方を認める。方法論はともかくとしても、『ヤドリギ』が彼女らを否定できるはずがなかった。
きっと叱責されるとでも思ったのだろうか、少女はきょとんとした顔で『ヤドリギ』を見上げたが、おそらくこちらの表情はよく見えなかったことだろう。正直に言えば『ヤドリギ』自身、自分が今どんな顔をしているのかはわからなかった。
ただ、今のやり取りで少しばかり緊張が解けたのだろうか、歩を進めているうちに、今度は少女の方から語りかけてきた。
「あなたは、『獣のはらわた』で暮らしているんですか?」
当然の問いかけであったし、この問いかけは今までにも何度も繰り返したものだった。だから『ヤドリギ』も決まりきった応答をする。
「ああ。行くあてもなくてな。今、上はどういう状況だろうか。戦争が終わって久しいと聞くが、何か、変わったことはあっただろうか」
「変わったこと、ですか?」
「恥ずかしながら、終戦前からここで暮らしていて、世間に疎いんだ」
具体的にどれだけの時間が過ぎたのか、『ヤドリギ』は正しく思い出すことはできない。何せ霧が少ない『獣のはらわた』では昼夜の霧明かりの変化も乏しい。時折持ち込まれる、もしくは案内の対価として「持ち込んでもらう」新聞や雑誌を確認して、やっと自分がどれだけ地上から切り離されているのかを理解する、程度。
少女は『ヤドリギ』の言葉に対して、どう答えるべきか悩んだようだった。終戦はもう数年前の話で、彼女の中では過ぎ去った出来事であろうから。それでも、真摯に『ヤドリギ』の言葉への答えを探してくれたのだろう。少しの間を置いて、口を開いた。
「強いて言えば、少し、賑やかになったんじゃないかなって思います。お祭りとか、催し物とか、今までずっとできなかったことができるようになった、って聞いてます」
「それはいいことだな、誰も彼もが沈んだ顔をしているよりかは、ずっといい」
『ヤドリギ』の知る時代は、戦争に厭いた人々が、「争いの火種を摘む」とうたう過激派カルト『原書教団』に傾倒し、更なる混乱を引き起こす時代であった。
帝国との戦争では首都はほとんど戦火に晒されなかったが、教団のテロは主に首都で起こった。戦争に関わる重要人物と、その周辺に居る無辜の市民の殺害、という形を伴って。しかもテロに加担したのが「戦争の終わりを望む」ごく善良な一般人であったことが、とにかく性質の悪いところだった。
故に、「賑やかになった」という評価は素直に喜ばしいことだと思う。もう、隣人を疑う時代は過ぎ去って久しいということだから。
そして同時に、地上にはまだ大きな変化は起きていないようでほっとする。何かが起これば『ヤドリギ』にも察することくらいはできるだろうが、それでは遅いのだ。できればもう少し手がかりがほしくはあるが、地下で暮らさざるを得ない『ヤドリギ』にできることには限界がある。
「あの。あなたは、外には……、出ないんですか?」
とめどなく溢れそうになる思考を遮る、少女の声に我に返る。
外に出ないのか。もちろん出ようと思えば出られるし、実際のところ、のっぴきならない事情で自ら『はらわた』を離れることもある。とはいえ、それは本当にごく稀な出来事であって。
「ほとんど出ないと言っていい。何せ、この通り醜い姿形だからな。奇異や哀れみの目を向けられるくらいなら、ここの方がまだ居心地がよい。それに――」
それに。
つい唇から零れ落ちかけた言葉は、しかし少女があげた声に遮られた。
「アイリーン!」
少女の視線の先には、彼女の友人らしい金髪の少女の姿。話をしているうちに、『ヤドリギ』と少女は目的の場所にたどり着いていた。
「アイリーン。アイリーン、大丈夫?」
『ヤドリギ』の横を離れて倒れている友人に駆け寄る少女を確認して、『ヤドリギ』は踵を返す。ここから「出口」まではそう離れていないし、おそらくこの少女ならばここから更に奥へ行くなどという無謀なことはしないだろう、と判断して。
……『ヤドリギ』はあくまで案内人だ。それ以上の介入はするべきではない。地上の人間とは深く関わるべきではないのだ。「これから」を考えるなら、尚更。
ただ、ひとつだけ。
彼女たちが帰っていくであろう道とは別の道へと姿を隠し、息をつける場所まで移動したところで腰を下ろし、無造作に外套のポケットに突っ込んでおいたそれを広げる。
それは、金髪の少女が持っていた地図だった。人の持ち物を失敬するのは『ヤドリギ』の主義に反するが、――すぐに返すのだからよいだろう、と己に言い訳をする。
そう、彼女たちはきっと、諦めない。再び『はらわた』にやってきて、己たちの求める道を探すのをやめようとしないだろう。『ヤドリギ』自身がそういう類の人間だから、嫌というほどわかる。わかってしまう。
ならば、止めるよりもこうした方がいいと思ったのだ。
地図と同じく「借りた」ペンで、地図の上に線を引く。地上の地図と『はらわた』の地理とを重ね合わせるのはなかなか頭を使うが、彼女らが入ってきた「入り口」にして「出口」である場所がバツ印で記されていたため、あとは地図の縮尺に合わせて大まかに判断することにした。
先ほどの瘴気苔の群生地に、三つ目ネズミの棲み処。水路に分断されている場所、底すら定かではない大穴。それらの危険な区域を記した後に、最も近いであろう「出口」への最も安全であろう道筋を示す。
相変わらず左手で線を引くのは苦手だ。どうしてもミミズがのたくったような文字になってしまうのを苦々しく思いながらも、……一抹の祈りをこめて、記す。
『夢を追う勇敢な少女たちへ。君たちの未来が幸福なものであることを祈る』
それから数日後。
『ヤドリギ』が手を加えた地図を受け取った少女たちが、無事に役目を果たしたのを影から確認した『ヤドリギ』は、彼女たちが出入り口に使っていた穴を閉ざすことに決めた。
やり方はそう難しいものではない。『はらわた』の内部に生えている植物の中でも特に丈夫そうなものを集めてきて、内心で命じればいいのだ。「育て」と。
『ヤドリギ』は植物の生育を促す能力を持っている。……他の能力同様、持っているだけで「使いこなせる」わけではないから、花を咲かせるつもりが枯らしてしまうこともしょっちゅうだが、今回ばかりはそれでもよかった。穴が見えなくなるくらいに植物が根付き、育てばそれでいい。仮に枯れてしまっても、元が『はらわた』を縦横無尽に跋扈する頑丈な樹木である、十二分に「壁」として機能する。
もちろん『ヤドリギ』がこんな仕事をする義理はない。ただ、今回のような、無辜の少女が『獣のはらわた』に飲まれるような事故は二度とあってはならないし、それ以上に『はらわた』に住まう何者かがこの穴から出て行き、少女たちを害するようなことがあってはならないと思ったのだ。
時間をかけて、光一つ通さないくらいにしっかりと穴が埋まったことを確認し、改めて『ヤドリギ』は樹木の壁に触れる。強度にも問題ないだろう。そこまで判断したところで、ふと、息をつく。
「夢と、未来、か」
――君に夢はあるかい?
かつて、そう問われたことを思い出す。その時に迷わず答えたことを思い出す。
その問答を忘れたことは一度とてない。ゆえに『ヤドリギ』は今もなお生きている。
夢と未来を抱えて光に向けて駆けていった少女たちの背中を思いつつ、『ヤドリギ』は『はらわた』の闇へと歩みを進めていく。
夢のかたちこそ変わってしまったけれど。
いつか必ず、あの日約束した未来へと辿りつくために。
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