この世あらざるもの

 二回目だったからなのか今回は倒れずにすんだ。倒れずに済んだだけだった。体は指先まで固まり、体中の水分は体外へと溢れ顔を滴る汗で溺れ死んでしまいそうなほど焦っていた。

(な、なんで。また?何が起きているんだ?ここには僕と結城さんしかいないはず)


少しずつ脳の霧が溶け考え事をできるようになったが、口は動かず目は声のした方向からずらせない。なにが起きているんだと頭の中は?でいっぱいだった。次第に暗闇に目が慣れてきた。その先になにがあるのか見てはいけない気持ちとみなきゃいけない気持ちがまだ相反している。だがもう見るしかないのだろう。


 その先にいたのは結城日奈美だけであった。

そのとき急に頭が痛みだした。そして


(そうか、そうだったのか。僕は聞こえなかったんじゃないのか。)


そしてまた彼女の方を向き、口を開いた。


「まずはごめんね。結城さん。」


と彼女の目をまっすぐに見据えそう告げた。急なその発言に彼女は一切顔色を変えずこちらを見つめ続けていた。対して僕も彼女の反応はあまり気にせずそのまま自身の発言を続けていった。



「聞こえなかったんじゃなかったんだね。僕が聞こえないようにしていたんだね。」


聞こえなかったわけではないのだ。僕は自分の脳で彼女の声が聞こえないと思い込んでいたのだ。

もちろん、本当に聞こえなかったわけではない。脳で思い込んでいただけでなく聞こえないふりをしていたにすぎないのだ。

だが、人間の思い込みの力とは凄まじいもので、黒だと思えば思うほど白に見えたりもする。僕の思い込みだってそうだ。この子は喋ってない、話しかけても返事が来ないと思い込んでいたのだ。そうなった理由はもちろん明白である。それは恐怖だ。

学校に着いたとき、教室に入って初めて彼女を見たときの違和感。頭が危険だと信号を送っていたのだ。脳ではわかっていたのだ彼女と僕が初めて話したとき、彼女の声を聞いて。

だから聞こえないようにした。そうすることで自身を守ったのだ。

彼女からすれば大変失礼な奴に見えたであろう。


だが、おかしいのだ。僕はあのとき瞬間消えた美女子を見て、感じて幽霊の類いなのではないのかと推測をした。人であれば驚かしただけでその場に彼女はいたであろう。だけれども誰もいなかった。それなのに彼女は学校に、同じ教室に、隣の席にいたのだ。

あれを体験してしまった人間だったら皆恐怖するだろう。だが、彼女はそんなことがなかったかのように、その場所に馴染んでいた。しっかりと生きている人間のように。

だから尚、恐ろしかったのだ。この世のものではないものなのに、自然とその場にいるというのが。本当は生きていてこの世に存在しているかもしれないが、それではあのときのことは説明できない。

彼女は一体、何者なんだ。

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