大賢者とカカオ

「――ところがさぁ、どうしてもチョコレートのスイーツってどうやっても作れないじゃないの。板チョコって何処にも売っていないじゃない。それで良い方法ってないかしらってね」


「そもそも原料になるカカオが暑いところ作物だからそもそも手に入らないぞ。カカオ豆が手に入ってもチョコレートを作るのは難しいと思うぞ。ココアならギリギリ作れそうだが?それもドロドロした液体状で、粉状のものは無理だろうな」


 大賢者は、この聖女にまともに説明しても理解出来ない事を理解したので難しいところを全て省いて説明することにした。


 まずカカオは熱帯雨林でないと作れないので南方航路の開発が第一だ。南方航路が開発されなければカカオ自体が手に入らない。もちろん、温室みたいなものをつくって、無理矢理作る事も可能だろうが非常に高価になるから自己消費分確保するのがギリギリだろう。ここの菜園の温室なら可能だが他で作るのは恐らく難しいだろう。


 次にココア豆はココアの実と言う形で収穫される。ココアの実を割ると白い果肉につまった30-40粒のココア豆が採れる。しかし、ココア豆は、そのままで食べるものではない。ココア豆を白い果肉と一緒に取り出した後、数日間発酵させる必要がある。実はココアは発酵食品なのである。そして、発酵させた後、今度は乾燥させる必要がある。これは日持ちさせる為だ。


 ここまではどうしても労働集約型になる。とにかく人手が必要になる。少量なともかくチョコレートを大陸全土に普及させようとしたら大規模プランテーションを作らないと供給不可能だ。そうなると友好的な種族から購入する仕組みを作るか奴隷を導入するしかない。後者は、取りたくない選択肢だ。それをやるぐらいならゴーレム技術でさくさく産業革命を起こした方がマシだ。


 しかし本当の問題はここからだ。チョコレートと言うのは産業革命の恩恵がないと作れない食べ物で手作りで作れるものではないのだ。まずドロドロ状になるのはココアバターが分離できていないからだ。水分は飛ばせば良いが脂分は飛ばせない。そのためカカオマスとココアバターを綺麗に分離させる必要がある。それにココアバターはホワイトチョコレートの材料だ。飛ばすなどもったいない。


 幸いこの世界には錬金術があるので、その部分のカバーは不可能ではない。錬金術師は歩く産業プラント。大賢者の錬金術ともなれば産業機械代わりぐらいは簡単に出来る。最大の問題は、初級錬金師でも可能な錬成方法を確立する方だ。例えば、チョコレートの味わいを滑らかにするコンチングと言う作業は72時間必要になる。72時間寝ずに攪拌など、仮に出来たとしてもブラック極まりない。魔道具なり機械なりでボタン1つで終わらせられる様にする方法を確立する必要がある。錬金術師の端くれとして錬金術師が拝金主義の豚どもに搾取される未来を避けねばならぬ。しかし、その辺りの説明しないことにした。この聖女が理解出来ないと言うのもあるが、チョコレートを製造する魔道具が出来たら製造を独占したい。これらの機械のノウハウは他の菓子作り、食品にも転用できるから途轍もない利益をもたらすのが確実なのだ。流石にそのような技術をタダで教える気は全く無い。それにこの仕掛けで大きく儲けるには中産階級を先に増やす必要があるのだ。売り先が無ければ幾ら良いものを作っても売れず貴族や王族が収奪するだけで終わってしまう。


「まぁ、カカオさえ見つかれば出来るは思うけどね。これだけは冒険者を南方に派遣して発見してもらわないと難しいだろうね」


 ——と簡単に答えることにした。後にこの発言が波紋を起こすことをアルフォードはまだ知らなかった。



「有意義な時間を過ごせたわ。事業の参考にさせていただくわ。細かいことは家令に相談すれば良いのね」


 リディアが丁寧に例を言う。


「調整や実務は家令に全部丸投げしているからな」


「それより、共和国へ行きたいのだけど、この辺に港はないの?」


「ファーランドに港など無いぞ。それ以前に船も無いぞ」


「それならどうやって移動しているのかしら?」


「飛行魔法か転移魔法をつかえば良いだろ」


「やはり大賢者と言うだけあって非常識だわ。そういえば大賢者の屋敷の中に大きな穴が空いていたと言うけどあれもアルフォードがやったのかしら?」


「それは、菜園を転移させた跡だろうな……」


 ヤバイ、転移させた後のことを忘れていたとアルフォードは一瞬焦った。


「それよりそれだけの魔法使いを辞めさせるとかあの国は無能の塊かしら?あの規模の転移魔法をつかえば500人の軍勢を敵に転送できるわ。そうすれば簡単に敵に勝てそうね。攻撃魔法に偏重しすぎてそれを生かす戦術と言うものが欠落しているようね」


「無能なおかげで、お役御免になれたのだから国王陛下には感謝すべきだろうな」


「じゃあ、王国を西につっきて共和国の方に抜けることにしようかしら。それよりあの二人を大切しないさいよ。あれだけ慕ってくる子はいないでしょう」


「ああ、大切に育てるぞ。嫁に出しても恥ずかしくないぐらいには教育を施すつもりだ」


 アルフォードがそう言うとリディアはかぶりを振って言う。


「大賢者といっても人の心は分からないみたいね。まぁ良いわ。それではごきげんよう」


 そう言い残すと自称悪役令嬢城から立ち去っていった。


 一方、アルフォードは、家令にコカトリスの鶏冠を買いあさる様に念信を送るのだった。なぜならコカトリスの鶏冠からヒアルロン酸やコラーゲンが抽出可能だからだ。素材としてのコカトリスは羽や皮が珍重され、鶏冠の部分は使い道がなく廃棄処分すらしているのが実情だが。

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