10-10 『…………私だよ』


 夢中島ゆめなかしまという名を冠するこの土地は、その昔は海しかない場所だった。埋め立て地、作られた人工島だ。その名の由来を調べたことはないけれど、特に大した理由は込められていないだろう。誰もが夢中になれるような場所になりますように、みたいなそれらしき理由はつけられているかもしれない。

 だとしたら確かにコンセプトに沿った島づくりをしている。

 我が家からバスを乗り継いで一時間程度もすれば着くこの場所には様々な興行施設や商業施設が存在しており、楽しむことができる。人は楽しい時間を夢中になって過ごすものだ。

 施設の中でも特に有名なものとしては、あらゆるイベントが開催される大型展示会場、スカイピアホールが存在している。心春が大好きなアニメ、ユメガクの聖地としても一部では注目を集めた、らしい。

 らしいというのは残念ながら私は後から見た、いわゆるリアルタイム組ではないから当時の盛り上がりに関しては詳しくないからだ。

 広大な展示会場をそのまま学園にしているのだから、同じ学生としては少し羨ましくもある。移動教室が大変そうだけど。


 夢中島自体には何年か前に大型のテーマパーク、ユニオンスクエアワールドに来たことはあったけれど、このスカイピアホールには今まで来たことがなかった。

 ホビーフェアやアニマルフェスのような子供でも楽しめるイベントが開かれていることは知っていたが、わざわざ行ってみようと思うことがなかったからそのままなんとなく、知ってはいるけれど来ることはないだろうなと今日まで生きてきた。

 今後来ることになるとしたら数年後の就職活動かなと考えていたから、まさか今日やってくることになるなんて思いもよらなかった。


 ましてや、同人誌即売会・・・・・・なんて、これまで一度も縁がなかったのだから、余計にだ。


 正直、この手のイベントに関しては明るくない。まったくわからないと言っても過言ではないくらいだ。コミケというものをニュースで見たことはあるが、同じようなものなんだろうか。色々な人たちが与えられたスペースで設置準備をしているのを眺めながら、由芽ちゃんの後ろを借りてきた猫のように小さくなって歩く。

 なんだろう、凄くアウェイな気がする……いや、気のせいではなくて、実際にアウェイなんだろう。まるで知らない私でもなんとなくわかる。外にズラリと人が並んでいたけれど、本来なら私のような一般人はあちら側にいるのが正しい。

 なのに、由芽ちゃんが持っていたチケット(サークル参加者パスと書かれている)によって入ってきているのだから、はっきり言って完全に場違いだ。図々しいとすら言える。空気に負けそうだ。いや、きっと他の人達はなんとも思っていないのはわかるけれど、こう、あるでしょ。引け目みたいなやつ。

 ビクビクしていると由芽ちゃんがとある一角で立ち止まる。


「おはようございます、シノアオ先生。今日はよろしくお願いします」


 由芽ちゃんがぺこりと頭を下げるので、私も一緒に挨拶をしたほうがいいと思い、よく確認もしないまま頭を下げる。


「いやいや、こちらこそよろしくお願いしますね、ユメソラさん。お互いに頑張りましょう!」


 ユメソラさんとは由芽ちゃんのことだろうか。聞き覚えがあるような気がする。確かここのところ見ている動画配信者の名前もユメソラだったような──いや、というか、シノアオ先生という人の声も凄く聞き覚えがある。

 顔が上げられない。確証はないけれど、上げると最後だ。


「私は先生に作ったものも含めて、自分の作ったモノ・・・・・・・・・・を見に来ただけですから。まあ、もちろん売り子としてはちゃんと働かせてもらいますけれど」

「ユメソラさんは通話と変わらずクールですね──あれ、ところでどこかで会ったことあります? なにか見覚えが。いえ、声は知っていましたけどお顔は初めて見たはずなのに、なぜか見覚えが、ある、よ、う、な……。…………。……………あの、ところでその、後ろの方は? 」


 私の存在に気付いてしまったらしい。仕方なく私は顔を上げて、観念することにした。


「…………私だよ、東雲さん」


 見る見るうちに青ざめていくシノアオ先生──もとい、よく知る友人、東雲青葉だった。

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