10-11 『そんな心配そうな顔しないでください』


「た、高空さんがどうしてここにいるの!?」

「同じセリフを返したいところだけど……えっと、東雲さん──はここだとまずいのかな。シノアオ先生はどうしてここに?」

「うわあああリアル知人にハンネ握られた……」


 東雲さんが絶望のまま机に顔を打ちつけて、突っ伏したまま動かなくなった。「苦しまずに死ぬ方法……ふふっ」と呟いているのが聞こえてきたのに対して、いったいどんな反応をすればいいのかわからなくて、とりあえず頭を撫でておくことにした。子供のようにまるで傷んでいない髪質が羨ましい。

 知っている人にインターネット上で使っている名前を知られることが嫌だというのはなんとなくわからなくはないんだけれど、それにしても反応が過剰過ぎるような気もする。


「シノアオ先生は妄想を呟くのが日課ですから、そのダメージは計り知れませんね」


 まるで他人事のように言っているが、東雲さんの下へ私を連れてきたのは由芽ちゃんだ。まあ知らなかったというのは本当だとは思うけれど。実際に顔を合わせるのは初めてだとさっき東雲さんも言っていたし。

 まあ実のところ、昨日由芽ちゃんが私を迎えに来たときに見ているから初めてではなかったんだけれど。


「しかし姉さんとシノアオ先生が知り合いとは思いませんでした。世の中って狭いですね。でも姉さんとしてはやりやすいんじゃないですか。知り合いがいるほうが心強いですから」

「まあ確かに、そうだね。知らない人といるよりも東雲さんと一緒のほうが安心できるかな」


 人見知りをするわけではないけれど、よくわからない場所でよく知らない人と一緒に長時間過ごすことを考えると少し気疲れしてしまいそうだ。東雲さんには悪いけれど助かった。


「シノアオ先生、いつまでも項垂れていないでそろそろ着替えて・・・・来ないといけないんじゃないですか」


 由芽ちゃんがトランクケースをコンコンと叩くと、その音を聞いた東雲さんは重たい顔をようやく上げて、「あ、ああ、そうでしたね」と、そのまま弱ってしまった小動物のように力なく立ち上がり、由芽ちゃんからトランクケースを受け取る。

 どうやら今から着替えてくるらしい服があのトランクケースには入っていたみたいだ。ずいぶんと大荷物だと思ったけれど、東雲さんの着替えが入っていたのか。

 会場内ではちらほらとフリルのついた派手な服装や、どことなくファンタジックな可愛い制服を着た女の子を見かけた。いわゆるコスプレと呼ばれるものだろう。

 テレビやインターネットの世界でしか知らなかったから、少し芸能人を見たときのような気持ちになってしまった。

 着替えてくるということは東雲さんもコスプレをするということなんだろうけれど、きっとどんな格好でも可愛いだろうなぁ。

 小柄で童女のようだし、伸びすぎた前髪が目を覆うように隠してしまっており、ハッキリとした顔の印象が残らないせいで学校では噂されることはあまりないけれど、東雲さんは凄く可愛らしい女の子だ。

 ジャンルは違えど心春にだって見劣りしない。

 心春や皇城さんが美しさと可愛さが共存している、文字通りの美少女だとするなら、東雲さんはまさしく可愛いの一点特化。本当にアニメから飛び出してきたような造形をしている。

 東雲さんのことを特に気に入っている心春は、たまに抱っこしたりしている。その光景は仲のいい姉妹のようで微笑ましいけれど、少しだけ脳が壊れそうになる。


 そう言えば私にも着せ替え人形になってもらうと言っていたっけ、と出掛けるときに言っていた言葉を思い出してから、おやとハテナが脳裏に浮かんでくる。

 あのトランクケースは東雲さんの着替えを入れるだけだとしたら少し大きすぎる。もう何着か入っていてもまだスペースは十分に足りるだろう。誰の分が入っているんだ。

 背中に嫌な汗が流れるのを覚える。

 じんわりと浮かび上がってきて伝う。

 嫌な予感──というよりは、ほぼ確信に近い。外れていたらいいなあ、なんて希望的観測も抱くことはできない。


「姉さんもシノアオ先生と一緒に着替えてきてください。大丈夫です。姉さんのサイズはおばさんから聞いていますから、サイズが合わないということはないはずです。まあ実測したわけではないので多少の誤差はあるでしょうけれど、それほど問題にはなりませんから、そんな心配そうな顔をしないでください」

「サイズの心配をしているわけじゃないよ!?」


 予想通り──どうやら私も一緒にコスプレをさせられるらしい。

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