10-4 『面白くない』


 あれからしばらくして冷静さを取り戻した心春から解放された私は、現状から逃げるように由芽ちゃんを連れて旧視聴覚室から飛び出し、家へと帰って来た。道中、いくらかおやつを買わされた気がするけれどよく覚えていない。言われるままに付き合って持ってきたものに対して何を考えることもなく精算していた。

 冷静になってみると羞恥心が際限なく襲ってくる。従姉妹の前で何をしているんだ私は。美少女侍らせて抱き着かせてヤキモチ焼かせてとやりたい放題か。いや、侍らせていたわけでも抱き着かせていたわけでもないけれど。ヤキモチを焼かせたのはまあ、うん、事実かもしれない。心春可愛い。

 何かこう、言葉にすると何がどうだから恥ずかしい、というわけじゃないんだけど、うわあとなって全身が熱くなる。昔、母親の前で友達とのくだらない身内ネタの会話を聞かれたときにも似ている感覚だ。要するに格好つけたい相手の前で格好つかないところを見られたから、ということなのかもしれない。

 たぶんだけど。


「はぁ、なんかどっと疲れたな……」


 制服のまま着替えもせずにベッドへ身体を投げ出して寝転がる。ぐるんと転がって横向きになって目を瞑る。目の奥から赤く血が滲むようになっているような錯覚を覚えたけれど、窓から差し込む光がまぶた越しに瞳を焼き付けているだけだった。

 光を振り払って反対方向に身体を転がして、目を開くと今度はスマホの画面を見る。誰からも連絡は来ていない。安心して枕の横に置いてから、半分転がって仰向けになった。「バカみたいに落ち着きがないなあ」なんて自虐的に吐き出す。


 それにしても、心春が想定外の事態に対してとても弱いということがあらためてわかった日でもあった。


 心春にとっては今後の課題になるかもしれないし、私にとっても心春を支えるためにはその弱さをしっかり把握した上で以下に想定外を起こさないようマネージングできるかを考えていかなければならない。マネージングもちゃんと勉強しないとなぁ。

 他校を巻き込んでお祭り的なアイドルイベントをするなんて大それたことはできないけれど、心春もいつかはライブイベントをするようになるんだから、そのとき私が足を引っ張るわけにはいかない。心春にはパフォーマンスに集中してもらいたいから、その他の雑事は私がなんとかしないといけないんだから。


 なんてことを考えていたら不意にコンコンと扉を叩く音が聞こえてきた。


「姉さん、入っていいですか?」


 由芽ちゃんだ。「ああ、うん。大丈夫だよ」と返すと「それでは」と由芽ちゃんが入ってくる。由芽ちゃんはセーラー服からビッグシルエットのTシャツにグレーのスウェットパンツという出で立ちになっていた。着替えが早い。いや、私が着替えようともしていないだけだったっけ。


「久しぶりですが、三年前と比べて随分と本が増えましたね。昔は本棚にこんなに参考書は並んでませんでしたよね。音楽に動画編集、胡散臭いマネジメントの新書。それからこれは……へえ、なるほど」


 一直線で本棚に向かったと思うと中身に対して感想を述べてから、それらを取り出して由芽ちゃんは奥にあった漫画本を掴む。

 勝手知ったるというか、相変わらずの傍若無人だ。

 まあ昔、私が由芽ちゃんに本棚の本は好きに読んでいいよと言ったことがあるからなんだけど。

 そう言えば本棚の本に対して何か引っ掛かるような反応をしていたような気がするけれど、さっさとフローリングに自前のタオルケットを引いてから寝転がっている姿から察するに大したことではないんだろうな。


「やりたいことがあるから、そのために勉強中なんだ」

「知っていますよ。案内してくれた生徒会の方が言ってましたから。姉さん、アイドル同好会を作ろうとしているんですってね。それもかなり真剣だとか。あの何事にも無関心で興味がない、人生それなりがいいとばかり言っていた姉さんが精力的にそんなことをするなんて本当なのかと思っていましたが、どうやら事実だったみたいですね」

 

 そう言えばそんなこと言っていたっけ。もしかして由芽ちゃんを案内してくれたのは王城さんだったのかもしれない。


「本当に面白くない──面白くない冗談だと思ってましたよ」


 ……いや、そこまで言わなくても良くない!?

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