9-3 『どちらにしたって私は二人に協力するだけだし』


 申請用紙を生徒会長へと預けた翌日、いつものように放課後に旧視聴覚室に集まっていた。話題は当然とも言うべきか、同好会に関することだった。申請が通るのか、通らないのかなんてことを想像で一喜一憂しても仕方ないのはわかるけれど、こういうときにはどうしても話題は集中するものだ。話の種ってやつ。

 それにしても、同好会を設立して皇城さんへ証明してやると決意したはいいけれど、それまでにできることが何もないのは少しだけ手持ち無沙汰な感じがする。天命に委ねると言えばそれらしいけれども。

 まあ、できることが何もないとは言ったものの、それほど心配しているわけではない。あの日も言ったことだけど、結局のところ皇城さん一人が反対しているだけなのだ。生徒会長は公平の立ち位置だとして、王城さんが応援してくれるのなら申請用紙は無事に一次承認されて上に渡り、設立まで話は進むだろう。

 設立するかどうかよりも、どうすれば皇城さんに認識をあらためさせることができるのか。そのほうが私にとって比重が重くなっていた。


「しかし、皇城さんはどうしてそんなにも反対されるんでしょうか?」


 皇城さんが反対していることはみんなにも話してある。

 となるとその疑問が出てくるのは当然だ。直接話をした私でさえ、彼女がすべて本音で話しているとは思えなかった。もっともらしい理屈は嘘に聞こえた。お気楽に、お遊びで踏み入れても恥をかくだけ──こちらはたぶん、それなりに本当に思っていたんだろうけれど。いや、踏み入れられ・・てもだったっけ。

 よくよく考えると妙な言い回しだけど、気にしすぎかな。


「別になんでもいいんじゃない。皇城と言っても・・・・・・・所詮は一人の発言なんだから、気にしたところで仕方ない」

「それは、そうかもしれませんけど……気になるんです」


 下世話な詮索をする子じゃない。気に掛けるということは、心春も皇城さんが何かを隠していると思っているんだ。


「揃いも揃って本当にお人好ししかいない。類は友を呼ぶってこの事かな」


 咲良は私と心春を交互に見てから、溜め息を吐く。

 心春はともかく私はそういう人間ではないんだけど……咲良から見るとそうではないらしい。皇城さんに関して言えば、むしろ敵対心にも似た対抗心すら抱いているんだけどなぁ。


「まあ、好きにすればいいよ。鷺沢らしく、それから真宙らしく。どちらにしたって私は二人に協力するだけだし」


 咲良は言うだけ言ってそっぽを向くと、ヘッドホンを被り自前のノートパソコンと向かい合う。カタカタキーボードを叩く姿は手慣れたものだ。どうやら曲作りの世界に入ったらしい。

 昨日まではノートパソコンなんてものを学校に持ち込んでいなかった。気にするなと自分で言っているくせに、咲良は咲良でそれなりに思うところがあるみたいだ。或いはクリエイターとしてのプライドかもしれない。自分の曲を使って、お気楽なお遊びなんて言わせてなるものか──なんて、表情には出さないくせに結構熱くなりやすい咲良なら思ってもおかしくないかな。

 心春は興味深そうにその様子を眺めている。気になる対象がいったん切り替わったようだ。「おお……」なんて感嘆を漏らしている姿はまるで童女のようで愛らしい。


 さて、となると私は一人、何をするわけでもなく手があいている。ならまあ、頑張る咲良のために飲み物でも買ってくるか。

 旧視聴覚室から出る──と、何か気配、というか一瞬何か視界に入ったようなと思い、顔を横に向けると。


「ひゃわわっ」


 小動物のように縮こまる王城さんが、今にも泣き出しそうな顔して壁に貼り付いて固まっていた。

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