9-2 『どういうこと!?』


「え──ちょ、ちょっと待ってよ! どういうこと!?」


 瞬間的にカッとなり、思わず私も叫び返してしまう。そして勢いそのままに思わず掴みかかりそうになったけれどグッと堪えて、血が上った頭を冷まそうと深呼吸をしてみる。息を吸い込んで小さく吐き出すと少しだけ沸騰した熱が冷めていく。


「理由を教えてほしい。どうしてダメなの?」

「学生がすることじゃない。そして学園での活動としてふさわしくないからよ。アイドルなんて、部活感覚でやるものじゃない。だいたい、大好きを届けるって何なのよ。お気楽ね。そんな気楽にお遊びで踏み入れられ・・ても──恥をかくだけよ」

「多様な価値観と自由な校風を認めているはずのこの学校で、その理屈は通らないよ。……というか、よく考えたら皇城さんの一存で決めることじゃないよね?」


 冷静になったついでに、気付いた。そもそも皇城さん一人が決めることじゃない。それに、生徒会はけっして最終決定者でもないんだ。あくまでも申請用紙を預かり、生徒会役員で承認を話し合って、問題無しと判断すればあとの最終決定は学園に委ねる。

 まあ、生徒会の処理を通過すれば学園は基本的に通す方針だと先生からは聞いているから、実質的な最終決定者であるかもしれないけれど──それでも、少なくとも皇城さん一人が反対して決定するものではないはずだ。


「う、うるさいわよっ! 私が法律でルールなんだから!」

「ああもうっ、皇城さんだと話にならない!」


 いいかげん面倒だ。子供の駄々には付き合ってられない。


 私は柄にもなくイライラとし始めていた。一度冷静になれたけれど、結局は熱が再燃することになった。

 無気力だ、と言われ続けてきただけあって怒ったりする機会もそうなかったけれど今回ばかりはさすがに腹が立ってきた。相手をするのもウンザリしてくる。私のことなら別にいい。だけど心春はいつだって本気なんだ。お遊びなんかじゃない──

 ああそうだ、私はムキになっているんだ。

 心春が本気だということを、同好会で証明してやるんだって。その感情でいっぱいになって、苛立ちを隠そうともできなくなるくらいになっている。

 同好会として活動することはマストではなかった。あくまでも目的は部費だった。不純な動機であることは自覚していたし、真っ当な理由ならさっさと引き返してもよかった。


 だけど、今は事情が変わった。


 絶対に同好会は設立してやる。皇城さんにいくら反対されようとも関係ない。ろくに知りもしないで心春の目指すアイドル像をお遊びだなんて言った彼女に見せつけてやるためにも。


「悪いけど、申請用紙は返してもらうね。このままあなたが持っていると破かれそうだから」


 皇城さんから申請用紙を強引に奪い取ると、びくりと怯えたあとに、「な、なによう。私、そこまで極悪ではないわよう」と目尻にうっすらと涙を溜めていた。もう一押しすれば溢れてしまいそうだ。

 しまった、苛立ちのあまりちょっとやりすぎたかもしれない。

 冷静になると少し言い過ぎたかもしれない。本人が言うように彼女は極悪人ではない。反対こそしても破り捨てるなんてことはせずに、最終的には生徒会長に渡してくれていたはずだ。生徒会の仕事に対する責任感があるからこそ、この間のように何気ない日常の中でもしっかりと注意することができるんだ。


「ごめん、少しイライラしていて乱暴になっちゃったね。それから、言い過ぎたのも」

「……私も物言いが乱暴だったのは否めないし。つい感情的になってしまったわ。ごめんなさい。私が認めないのは変わらないけど」

「あとの判断は会長さんや王城さんと話し合ってね」

「ええ、せいぜい結果を楽しみにしてなさいな」


 どこまでも認めるつもりはないらしくて苦笑いが浮かぶ。

 どうしてそこまで反対するのか結局理由がわからないけれど、あとは他の生徒会役員の方々に公正な判断をしてもらうだけだ。


 「あとはお願いします」と会長さんへ申請用紙を手渡し、生徒会室から出るとどっと疲れが出てきた。感情的になると疲労が出る。無気力に過ごしてきた反動だろうか。負の感情で動くのはどうやら私には合っていないらしい。トキメキを感じているときはいくらでも頑張れるんだけどね、なんて笑う。


「あ──あのっ、高空さんっ!」


 背後からか細いながらも精いっぱいの声で呼びかけられる。

 出てきたばかりの生徒会室から飛び出してきたのは王城さんだ。なんだろうと少し考えてから振り返ると「ふやっ」っと驚かれる。間をあけたからもう振り返らないとでも思ったのかな。逆に言えば、生徒会室ではそれほど怒っていたように見えたというか。自分が思うよりも感情を抑えきれなかったらしい。

 しかし、窮鼠猫を嚙むとは言うけれど、王城さんの場合はそのまま食べられてしまいそうだ。


「えっと、その、あのね。美琴ちゃんも悪気があるわけじゃないの。それだけ、伝えたくて。ごめんね。私は応援してるから!」


 本当にそれだけ言うと、ピャーッと走り去ってしまう。

 ……よくわからないけど苦労してるのかな、あの子も。

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