8-4 『学生アイドル同好会ですっ!』


「学生アイドル同好会ですっ!」


 いつものように旧視聴覚室に集まっていた私たちは、申請用紙に記載する同好会の名称をどうするか聞いてみたけれど、心春は何の躊躇いもなくそのものズバリな名称を提言した。ユメガクで使用されていた名称が学生アイドル部だったから、その影響なのは間違いない。というか、ほとんどそのままだし。

 咲良は興味なさげに「なんでもいい」と答えるし、東雲さんに至っては「いやいや青葉は部外者ですので!」と答えることすら辞退するものだから、このままでは心春の案がそのまま採用されそうだ。

 心春自身がいいなら私としては文句を言うつもりはない、というよりはそもそも心春が望むようにしてあげたいから反対するという選択肢はないんだけれど、ただひとつだけ気になることがある。


「心春、活動目的の説明はどうするつもり?」

「もちろんっ、学生アイドル活動を行うと──あ」


 言いかけて、ハッとした表情になる。気付いたらしい。

 そう、心春の好きなアニメ、ユメガクそのままをなぞるなら活動目的も『学生アイドル活動』になってしまう。

 だけど今はまだ、アイドル活動をしていくことに対して広く周知するという心の準備ができていないかもしれない。部活動となると学園への活動内容の報告義務ができてくるから、今のようにひっそりと誰に知られることなく、ということはできなくなってしまうんだ。クラスのお姫様から学園のアイドルになる。

 慌てふためくあの時の心春を思い出すと、まだ時間をかけてじっくりとしていてもいいんじゃないだろうか。


 私が真面目な顔して悩んでいると、心春は小さく笑った。

 それからちょっとだけあらためて考える素振りをして、今度はムッとした顔になる。表情がコロコロ動いて可愛い──じゃなくて。


「えっと、心春……その、どうしたの?」


 不機嫌そうになる心春が気になって、恐る恐る聞く。


「真宙さんは、少し過保護過ぎます。優しいのは真宙さんの美徳ですけれど、優しさと甘やかすことは違うんですよ」

「う、そう言われるとぐうの音も出ない」


 言われてみれば私は少し心春に対して過保護になっていたかもしれない。

 だけど、そうだ。彼女は鷺沢心春なんだ。

 クラスのお姫様で、誰よりも優しくて、頼りになる。


「大丈夫ですよ。真宙さんと二人だけの秘密じゃなくなった時点で私はもう、ドーンと来いって気持ちでしたから。それとですね、あの時だって突然真宙さんが来たから驚いただけなんですよ? こんなところには誰も来ないと思っていましたから」


 と、心春は当時を思い出して少しだけ恥ずかしそうにする。

 こう言われるともう、苦笑いを浮かべるしかできないし、まっすぐに心春の顔を見られる気もしない。だって、私は心春のことを完全に見誤っていた。とんだ思い違いをしていたんだ。

 つまり心春がこれまで誰かに話そうとしていなかったのは、私と二人だけの秘密にしたかったからで、今はもう気にする必要はないってことで。

 それってもう、どれだけ『秘密を共有する唯一無二のお友達』を大切に想っていたかってことで。『特別みたいな』その関係を心春はすごく大事にしていてくれていたってことで。

 ってことで。ってことになって。つまり、その、つまり。

 あーもうっ。


 ぐるぐるする思考を纏めて、茹だりそうな感情を一旦放り捨てて、結論を急いで出すことにした。


「わかった。それじゃあ名前は『学生アイドル同好会』、そして活動目的は、『学生アイドルとして活動し、多くの人々に“大好き”を届け、“大好き”を応援する』にしようか!」

「はいっ、とっても素敵だと思います!」


 満面の笑顔で賛成してくれる。可愛い。推しが可愛すぎる。


 …………………。

 もとい、この笑顔を見ると活動目的にいらない打算を働かせようとしなくてよかったと安心する。

 たとえば大会に出場して好成績を残す、アイドル活動をする過程で学園の認知度を上げて貢献する。そんな耳障りのいい言葉にしたほうが申請としてきっと通りはいいのかもしれない。

 だけど、なんだかそれはしたくなかった。

 これは純粋に私のわがままだけど、心春が目指して歩いていく夢への一歩は、一切汚れのない綺麗なものであってほしい。だから正直に、心春が目指すアイドル像を活動の目的にしたほうがいいと判断した。


 ……まあ、それに先生も言っていたからね。

 よほど乱れてない限り、申請は通るって。

 わざわざ打算なんて働かせる必要はないでしょ、という考えもあったりする。

 大丈夫、大丈夫──


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