7-2 『友達のために力になりたいと、そう思うのはおかしなことじゃないでしょ』


「音楽を……って、真宙って音楽が苦手教科なの?」


 確かにそれほど得意だというわけではない。かと言って苦手でもないけれど。とは言え基本を抑えていないと曲を作るなんてことは間違いなくできないだろうから、咲良に教えてもらうことで結果としてテストの対策になりそうな気もする。実際に譜面に触れるとなるとあやふやな音楽記号の名前や意味も叩き込まれるだろうし。

 得意教科が増えてしまうかな、なんて。私の頭に教えてもらう内容がすんなりと入ってくるかもわからないうちに調子に乗るものじゃないか。取らぬ狸の皮算用ってやつ。


 そもそも咲良はまだ頷いていないし。


「あはは、確かに得意分野ではないけど、そういうわけじゃなくて、曲の作り方を教えてほしいんだ。やりたいことがあるから、自分で曲を作ることができる咲良に教えてもらいたいなって」

「ふうん。よくわからないけど、それ・・も鷺沢のため?」


 聞いてくるわりにさして興味なさげな顔をしている。それどころか、「どうせそうなんでしょ」、とでも言わんばかりだ。

 というか、心春がアイドルを目指していること、その協力を私がしたいということは咲良には一度も話したことがないのになんで『鷺沢のため』なんて言葉が出てくるんだ。


 ……いや、完全にわかっているわけではないのか。


 よくわからないけど、と言っていることから中身まで把握しているわけじゃないみたいだ。ということはただ私が心春の役に立つために動いていることだけ察されているってことか。心春本人がまだ私以外の誰かに話しているわけじゃないのに、私のせいでバレたらやっぱりよくないし……気をつけなくちゃ。


 咲良は少しだけ考えるように目を閉じると、口を開く。


「教えるだけでいいの? 私なら曲を作れる──鷺沢に送るための曲なのか、鷺沢自身が歌うための曲なのか。どちらか知らないけれど、真宙がやらなくても私を使ってくれてもいいんだよ」


 それは、思ってもみなかったありがたい提案だ。考えてもいなかった。心春のためを考えるならズブの素人である私が作るよりもよほどいいだろう。

 咲良の作曲能力は今回の動画で使用した曲を聴いてもわかる。

 専門的な知識があるわけではないから詳しいことは言えないけれど、プロが作ったものと遜色が無いように思えた。もしかすると咲良ってとても凄いんじゃないかと素人の私が聴いても思わされるほどだった。

 本当に作ってくれるというのなら、これ以上はない。


 ただ、だからこそ本当にいいのか、とも思う。


 咲良はきっと今まで頑張ってきた。それはたぶん、自分のために。咲良自身の目標や夢のために培ってきた力だ。それを利用するみたいで、なんだかモヤモヤとする。

 お願いと簡単に言ってしまって本当にいいのだろうか。


「はぁ……何を考えてるかだいたいわかる。大方、そんな、都合よく利用してもいいものか考えているんでしょ」


 咲良は呆れた表情で溜め息を吐く。完全にバカを見る顔だ。

 そして図星でもある。げっ、と私は顔を歪めてしまう。


「真宙、わかりやすいって言われたことない?」

「……心春に言われたことある」


 でもあれは心春の察知能力が高いという話であり、私自身が本当にわかりやすいわけではないはず、なんだけど。

 こうも誰彼構わず見抜かれるとなってくると私は自分が思う以上に隠し事ができないタイプの人間なのかもしれない。


「真宙、あんまり難しく考えないで。友達のために力になりたいと、そう思うのはおかしなことじゃないでしょ」


 モヤモヤとしていた私の胸に、その言葉はスッと落ちてきた。

 確かにそうだ。私が心春の力になりたいように──咲良も同じことを考えることは何もおかしなことじゃない。

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