7-1 『私は優しくないから』
「色々あったけど、無事に完成して今日を迎えられたね」
「うん。あとは動画を『LANE TUBE』にアップするだけ。本当にお疲れ様、真宙」
「お互いにね。お疲れ様、咲良」
苦労を分かち合いながらも動画は完成した──時間が吹き飛んだように感じられるほどに忙しく、鬼気迫りとしていた。お互いにそうじゃないこうしたほうが良いと言い合う場面も少なくなかったためだろうか、気が付けば名前呼びになっていた。
最初のうち、咲良、真宙と呼び合う私たちの姿を見て心春がムッとしていたのが可愛かった。心春が意外とヤキモチ焼きで独占欲が強いというのも可愛いけれど、その独占欲が自分に向けられているというのは嬉しい。心春は推しだからね。
道程は順調だったとは言い難いし、正直何度も困ったけれど、そのたびに心春や周囲の人たちに助けられて、PR動画はなんとか無事に完成まで辿り着くことができた。特に心春が紹介してくれた映像研究部の同級生、
部室の機材を貸してくれたり、映像編集について教えてくれたりと、彼女の助けがなければ妥協に次ぐ妥協によってクオリティは大きく下がり、今の形で動画完成することはなかったかもしれない。
少し内気でハムスターのような印象を抱かせる、大きなリボンがとても似合う可愛い女の子だったなぁ。なんて、こんなことを言っていると本当に軽薄だと思われてしまうだろうか。素直な感想なんだけど、根が軽薄ということかもしれない。
短いながらもそれなりに生きてきたつもりだけど、最近になって軽薄だと言われる機会が増えたから気になる。
出来上がった動画は完全にとは言わなくてもかなりイメージ通りになったと思う。まあ、実際の撮影ではもたついたり、転んで中身が見えるハプニングもあったんだけど編集とは偉大なもので失敗はすべて無かったことにできる。
編集で使わなかった素材も一応保存してはいるけど、今後これが世に出ることはないんだろう。そう考えると少しもったいない気もするけれど、仕方ないのかな。
まあ、色々とあったけど──撮影、編集、そのあたりは心春のアイドルサクセスストーリーとは大きく関わらない。
まあ、私の成長譚のひとつにはなったかもしれないけれども。
おかげで心春が歌う姿を撮影、編集する技術は手に入れた。アイドルと言えばミュージックビデオだもんね。ついでに映像機材の扱いも覚えたから、今後は配信だって選択肢に入れられるようになった。
──そして、
「咲良、完成してすぐにこんなことを言うのも水を差すみたいなんだけど、今度は私からお願いしたいことがあるんだ」
私は優しくないから──打算で動く。巡ってきたチャンスは利用させてもらう。
「別にいいよ、私にできることなら。それに真宙には今回、とても助けられたから、水を差すなんて水臭いこと言わないで。……で、お願いってなに?」
期待していた通りの言葉が出てきてホッとする反面、少し複雑だ。別に悪いことをするわけじゃないから胸が痛むということはないけれども、人の善意に付け込むというのは気持ちが良いことじゃない。
だけど、これは私が
「ありがとう。えっとね──私に音楽を教えてほしいんだ」
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