5-7 『さっきのは嫉妬です』


 結局動画について考えるのを諦めて、私は自分のベッドに入ることにした。掛け布団をめくると中からふわりと花の香りが鼻腔をくすぐる。自分の布団なのに嗅ぎ慣れない香りは先に中に入っている心春のものだ。今日は我が家のお風呂に入ったのでシャンプーやソープは同じはずなのに、どうしてこんなに違うのか。やっぱり心春は体臭からして花の香りなんだろう。

 布団の中では心春が目を輝かせている。さっきまで眠たそうにしていたはずなんだけど、どうやらワクワクしたことで目が冴えたみたいだ。そう言えばさっきまで観ていたユメガクにもお泊り会のお話があったし、憧れていたのかもしれない。

 しかし同級生の子と一緒の布団に入るなんていつ以来だろう。

 小学生……いや、もしかすると幼稚園かな。物心がついてしまうとどうしても考え方に固定観念がついてしまう。

 今までも友だちはいたし、人の家に泊まる機会だってなかったわけではない。でも自然にそれぞれ寝る場所は別々だと認識していたし、それが当たり前だと思っていた。

 もう小さくないから人と同じ布団で寝るのはちょっと、なんて考えが無意識に染み付いていた。


 だからまあ、逆に言えば心春が一緒に寝たいと言うのなら断る理由もなかった。そういうものだからという理由しかないのならわざわざ断る必要もない。……流されるままとも言えるけれど。


「それでは真宙さん、お話をしましょう。お泊り会ですからやはり恋バナですか?」

「そうだねぇ、確かに定番だけど心春はできるの?」

「……できませんね。真宙さんはどうですか?」

「よくわからない。今までそういうことに興味がなかったから」


 恋なんてものとは縁がなかったし、そもそも何かに熱中することもなかった。漠然と漫然と生きてきたのが私だ。

 だからしいて恋をしてるって言うなら……と思い浮かんでからこれは違うか、と二の句を継ぐことなく黙ることを選んだ。

 茶化すにはどうにも真剣味を帯びてしまう。だって今が一番、頑張ろうって思えているから。心春のために。心春の役に立つ。それが今までの人生で一番熱中していることなんだ。

 それを恋なんて言葉の括りに入れてしまうと、私は心春にとんでもなくべた惚れしていることになる。いや、心春は友達だと思っているし、それと同時に推しだと思っているけれども。

 恋という言葉はなんかこう、重みが違う。全然意味合いが変わってくる。だからおいそれと口に出せない。

 

「えっと、ところで心春なら宮園さんの動画、どうする?」


 話を逸らすついでに心春の意見を聞いてみることにした。

 正直、まだ何もしていない段階だというのに既にぐるぐる思考がループに陥りかけている。早いうちに人の意見を聞いて多角的な考え方ができるようになっておきたかった。

 まあ、心春にする話かという気もするけれどそこは話を逸らすために咄嗟に出てきたものだったから仕方ない。


 心春は少しだけ目を閉じてから、まっすぐに私の目を見てから口を開いた。


「そうですね……私ならそもそも引き受けませんからなんとも言えないです。だってこれは宮園さんの『大好き』じゃないですか。だから手伝いこそしても、基本的には宮園さんが作るものだって考えちゃいます。少し薄情かもしれませんけど──」


 そこまで言ってから、ハッとした顔になる。


「なんて、すみません。参考にならないことを言いました」

「いや、心春の言うことが正しいよ。たぶん、全面的に」


 きっと心春は私から話を聞いたときからずっとそう思っていたんだろう。宮園さんに頼まれたときに、私は心春が言うように、宮園さん本人が頑張るように誘導したほうが正しかった。


「……その、ですが、宮園さんから対価を受け取って引き受けたのなら話は別です。その場合は対等な契約ですから話は変わります。真宙さんの話を聞く限り、今回はこちらのケースですよね」

「あ、うん。確かにそうなるかも」


 だって対価として私はスキルを得られる。だから引き受けたようなところはある。


「こほん。それなら私は宮園さんの意向には極力沿うようにします。あくまでも現実的な範囲でですが。それでも難しそうだと思ったりしたときには、一度企画書通りではないとしてもある程度のイメージを作り上げてから、そのイメージを元に宮園さんと話し合いをして妥協点を探りながら完成させていきますね」


 兎にも角にも一人でどうにかしようとするのではなく、ちゃんと相手と話し合うことですよ、と心春は締める。厳しいことを言いながらも結局は求めるように答えるあたりがとても心春らしい。

 本当、何から何まで心春には敵う気がしない。やっぱり私は心春の役に立つどころか、これからも心春に助けられてばかりになるのかもしれないな、なんて苦笑いが浮かんでくる。


「……ちなみに、さっきのは嫉妬です。真宙さんが宮園さんにばかりかまうので、私はすこーしだけムッとしたりしてたんです」


 べっと舌を出してから、心春は反対の方に向いてしまう。

 ……………心春が嫉妬って、なんだそれ。

 思わず私も反対を向いて、心春と私はお互いに背中合わせになる。

 ニヤついた顔が、万が一にでも心春に見られないように。

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