3-4 『推しってたぶんこういうことなんだろうな。』
そう言えばお昼休みにあの女の子が言っていたSNSで有名な黒猫のぬいぐるみを作ってくれた人ってどんな人なんだろうと、ベッドに寝転がっているときに気になって調べてみることにした。
あのぬいぐるみは売り物と勘違いするほどに良く出来ていたし、きっと裁縫が凄く出来る人なんだろう。このままだと何の技術もない私が心春の衣装を作ることになるかもしれない。そうなると心春の魅力を十分に伝えきれなくなってしまう。
あわよくば教えてもらうことができたら──まあそうは上手くいかないだろうけど、せめてどうやって上手になったのか、参考になるお話を聞くことができればと思った。
しかしまあ、そう簡単には見つからないよね。三十分ほどSNSを探してみたけど、まるで見つかりそうにない。というか衣装やぬいぐるみをハンドメイドしてる人って結構いるんだと驚かされた。何人もの人が自分で作ったものをアップしている。
クオリティは個々様々で、プロのようだと思うものもあればどこか味のあるものもあるけれど、共通しているのはどれも自作をネット上に上げるときは楽しそうだってこと。制作過程では苦しんでいる呟きもしているけど、最後には必ず楽しかったことが伝わってくるものになっている。
生みの苦しみとも言うけれど最後には自分が作ったモノへの愛着が生まれるということなんだろうか。なんだか見ているとやる気が出てくる。そう簡単じゃない──だけど挑む前に諦めていたら、それこそ何もできはしないってことだ。
──と、そんなことを考えていたら着信音が鳴った。ディスプレイに表示された名前は心春だ。
どうしたんだろう。考えながら電話を取る。
「もしもし、心春? どうしたの、こんな時間に」
『夜遅くにすみません。真宙さん、今は大丈夫ですか?』
「うん、大丈夫。心春からの電話ならいつでも構わないよ」
『も、もう、また真宙さんはそういうことを軽々しく……あまり調子が良いと軽薄な人だと思われますよ?』
軽薄に思われるなんて人生で初めて言われたかもしれない。心春らしいと言えば心春らしい、のかな。
「でも、いつでも心春とお話したいって気持ちは本音だからさ」
『そういうところですっ。まったくもう……お友達になるまでは真宙さんがこんなに人誑しだとは思っていませんでした』
「それだけアイドル、鷺沢心春に惹かれたってことだよ。心春のこと、大好きになっちゃったから」
これも本音。実際、私は思っている以上に心春のことを気に入っている。アイドルとして振る舞う鷺沢心春を最初に見たあの日から、ずっとこの子のことを応援しようって思っているくらい。
その後の照れ隠しも今となっては可愛い思い出だ。というか壁ドンされただけだからむしろいい体験とすら言えるかも。
それにしても心春が黙っちゃった。喋り出さない。さすがに少し調子に乗りすぎたかな、まあ全部本音を言ってるんだけどね。
『…………その、嬉しいものですね。まだ何にもしていないのに、こんなことで喜ぶなんておかしいとは思いますけど──誰かにアイドルと思っていただけること、そしてアイドルとして好きになってもらえるということは。
ああっ、もちろん私はまだ何にもしていないですし、アイドルにすらなっていないのは理解していますがそれはそれとして真宙さんに好きだと言ってもらえることが嬉しい──ってこれでは意味合いが変わって聞こえてしまうでもそういうことでつまりそのえっと、あの、ですね!』
と思ったら一気に捲したててきた。正直早口過ぎていくつかちゃんと聞き取れていないかもしれない。
『……………その、ありがとうございます、真宙さん』
電話越しでもぎりぎり聞こえるか聞こえないくらいのか細いその声は、心春が伝えたい気持ちとしては十分過ぎるほどで。
嬉しいことに、私はさらに心春のことを気に入ってしまった。
推しってたぶんこういうことなんだろうな。
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