2-3 『──私の家でお泊まりをしましょうっ!』


「心春って作曲、もしくは衣装作りってできたりする?」


 放課後の旧視聴覚室、心春と並んで座ってお喋りをする。フローラルな香りはなんだろう、うちの校則を考えると香水ということはないだろうし、柔軟剤かな。心春からはいつもいい匂いがしている。隣に並ぶと少しだけその匂いにフラフラと吸い寄せられてしまいそうになる……というか吸い寄せられた。

 心春の肩に私は頭を預けて、昨日ブチ当たった壁について質問をしてみることにした。

 もしかしたら実は心春はそのあたりもクリアしているんじゃないかという淡い期待を抱いて。

 ……まあ、自分から心春のサポートをすると言っておきながらそれはどうなんだろう、という若干の罪悪感も綯い交ぜだけど。


「どうでしょう……現状ではできませんとしか言えませんが、時間をかけて勉強をすればもしかするかもしれません。ただ、それでも納得のいくクオリティのものができるとは思えないですね」

「だよねぇ。私もどうにか勉強してって思ったんだけど、昨日まで全然勉強もしてこなかったことをこれからやってみたところで早々どうにかなるものじゃないってわかっただけだった」


 独学でやるにも限界があるし、忙しい先生の時間を取ってもらうわけにもいかない。専門的に音楽の知識をつけるために吹奏楽部のような音楽系の部活に入るというのも手だけど、それで心春のために使う時間が無くなるのなら本末転倒だ。

 それに衣装はどうなる。楽曲は作れても衣装が作れなければ結局スタートラインに立てていないことは変わらない。


「その、真宙さん。昨日言っていたことでしょうか?」

「まあね。心春がアイドルをやるにあたって必要なものとか調べてたんだけど、始まりに立つのすら難しいんだなって」

「ふふ、そうでしょう。簡単ではない、だから皆さん努力をするんですよ。だからこそ努力をする姿が尊く映るんです」

「なるほどね。アイドルって華やかだけじゃなくて案外スポ根みたいなところもあるってのはよくわかった──」


 と言いかけた瞬間、心春の目がギラリと光った、気がした。獲物に狙いを定めた猫のような眼光だ。


「……本当ですか? 本当にわかっていますかっ?」


 静かな語りかけだけど、声には熱を帯びている。思わず姿勢を正してしまう。すると心春は姿勢を正して離れた距離を詰めてくる。顔が近い。心春の顔が目の前にある。うわあ目がぱっちりしてる、睫毛長い。唇が艶々としていて、肌なんて毛穴ひとつ見えない。さすがはお姫様、鷺沢心春。顔が良すぎる。

 じゃない。どうしたんだろう、こんな突然迫ってきて。本当にわかっているかって……本当の意味でわかっているのかは確かにハッキリと断言できないけど。


「言葉に詰まりました。つまり真宙さんはアイドルの尊さをまだちゃんとわかっていないことをわかっている、ということです」

「わかっていないことをわかっている」


 随分と紆余曲折した言い回しで、なんだかアニメみたいだ。


「そんな真宙さんにアイドルの尊さを教えましょう。次の金曜日から土日までの間に用事がある日はありますか?」

「特になかったと思うけど」

「それならそのまま空けておいてください。──私の家でお泊まりをしましょうっ!」


 かつてない熱で迫られて、私は首を縦に振るだけだった。

 ……まあ、特に何もないし。心春と友達になって初めてのお泊まり会だと思うと楽しみっていうのもあった。

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